担当者に聞くFIFAワールドカップ中継(フジテレビ編) 心動かすエンターテインメントを届けることがテレビ局のミッション

植村 敦
担当者に聞くFIFAワールドカップ中継(フジテレビ編) 心動かすエンターテインメントを届けることがテレビ局のミッション

FIFAワールドカップ・カタール大会が20221120―1218日に開かれた。テレビ朝日とフジテレビ、NHKが中継、ABEMAが生配信を行った。日韓大会からロシア大会まではオリンピックと同様に民放とNHKで組織するJC(ジャパン・コンソーシアム)が放送権を獲得していたが、カタール大会は個別の契約となった。このほど、テレビ朝日とフジテレビの担当者に中継番組の制作について振り返ってもらった。(編集広報部)


日本代表の活躍で世間を大いに沸かせたFIFAワールドカップ・カタール大会は、この先も忘れることのできないとても印象深い、歴史に刻まれる大会となった。

日韓大会からロシア大会まではJC(ジャパン・コンソーシアム)として放送権を獲得しての座組みであったが、今回から初めて個別のセールスとなった。当社が権利を獲得し、放送することが確定したのは21年の年末だったので、開幕まで1年を切る短いスパンでの準備作業が始まった。

一番の争点でもある中継カード選択では、当社が日本戦グループステージ(GS)1試合とベスト16進出時に日本戦の可能性がある試合を獲得できたことは、日本代表の活躍もあり、とても大きなインパクトをもたらす結果となった。

いかに費用抑え、効率よく中継できるか

JCやJBA(民放共通業務を行うチーム)がないため、HBS(国際映像の制作機関)・FIFA(国際サッカー連盟)関連の情報収集や各局との調整は、電通を介しつつ、自らが主体的に調整しなくてはならないので、当然ながらユニ(各局個別の活動)の負担は増えた。

各ライツホルダーや電通との合同ミーティングは春ごろから始まり、アクレディ(通行証)の枚数、放送上のさまざまなルールやFIFA関連の細かい大会ルールなどの情報共有、HBSアイテム(FIFA-MAXなど)のブッキング希望の調整など、検討事項は多岐にわたった。特に日本戦を異なる社が放送と同時に配信するケースは今までなかったので、数に限りのある現地スタジアムのファシリティ(顔出しポジション等)は、ユニ制作のクリエイティブを大きく左右するアイテムでもあり、その調整はとても難航した。また、IBC(国際放送センター)での作業部屋や現地からの中継・伝送回線、HBSアイテム、ミックスゾーンでのインタビュー素材、現地での日本代表選手取材など、各社で共通・共有すべき部分においては、急激な円安の状況もあり、当たり前のことではあるが、"いかに費用を抑えて効率よく実現できるか"を念頭に検討を重ねた。その過程において、前回大会などでJBAを経験された他局の方のアドバイスを聞くことでとてもスムーズに進められたと思う。

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<ピッチサイドでの顔出し風景

各ライツホルダーが互いに最大限協力して、今大会を一緒に盛り上げていく、という基本スタンスで向きあったつもりであり、全局共通のプロモーション展開なども今回は具体化できなかったが、次回以降は実現を目指し前向きに検討すべきではないかと感じた(フジテレビ、テレビ朝日、ABEMA3社による、開幕100日前PRイベントは22年8月13日に実施)。

クロアチア戦は中継車なしで対応

今大会はカタールという小国での開催であったため、8カ所全てのスタジアムが車で1時間強以内に移動できる範囲にあり、各国のライツホルダーの多くはGSの3試合を同じ大型中継車を使用していた。日本がGSを突破するか不確定という状況もあり、事前の段階ではGS1試合しか日本戦が確定していないわれわれにとっては厳しい中継車の手配交渉であったが、なんとか中型中継車を用意してカタールに乗り込んだ。スペイン戦で使用したその車は、他国のライツホルダーの大型中継車の半分以下のサイズであったが、ユニカメラ6台、8つのポジションを4人のカメラマンで対応するなど、技術スタッフの尽力もあり、結果的に中継車のサイズなど忘れてしまうほどの中継制作を行うことができたと思える。事前の下馬評を覆しGSを1位通過した代表チームに対する日本での盛り上がりぶりは、ドイツ戦勝利後から番組の入中対応の要望が急激に増えたことからもヒシヒシと伝わってきた。

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<スペイン戦中継車内レイアウト

カタール国内の中継車不足もあり、各国とも隣国からの持ち込みのため費用は非常に高い金額で契約していたが、予算の都合もあり、ベスト16は中継車を使用しない技術プランを最終的に選択した。世紀の一戦となったクロアチア戦は、中3日での短期間の準備作業となったため、現場・本社スタッフともに相当なプレッシャーがあった。ワールドカップは各スタジアムでHBSから提供されるさまざまなアイテムをブッキングし、それらを組み合わせて各国独自のユニプログラムを制作するスタイルである。ただHBSシステムで開幕当初からトラブルが起こっていた。われわれも十分な事前チェックを行い臨んだが、本番中にインカムのトラブルが発生し、その間はスイッチャーからの指示は通話アプリで対応した。あるカメラマンはガムテープでスマホを耳に貼り付けて対応したとの話も後日聞かれた。幸いなことに致命的な放送事故にはつながらなかったが、HBSには今後の改善を促したいところだ。

一方、HBSと直接向き合うことになり、確かに調整事項は増えたが、結果的にこちらの多くの(煩雑な)リクエストに対して親身に対応してくれた印象である。特にクロアチア戦に関しては中継車を使用しない前例のない中継だったので、ブッキングに関してかなり細かくやり取りを重ねたが、その点はJCおよびJBA体制ではできなかったことであり、この経験は今後にも活かされるのではないだろうか。

今大会は日本代表の活躍もあり、「ドーハの歓喜&奇跡」で大いに盛り上がったワールドカップだった。ドイツ、スペインを撃破した歴史に残る戦いでもあり、クロアチア戦であらためて世界の壁を感じさせられた大会でもあったが、日本代表の国民・視聴者への影響力は想像以上であり、いまさらだがこのような心動かすエンターテインメントを視聴者に届けていくことこそが、われわれテレビ局の重要なミッションであるとあらためて感じた。今回は地上波3局と、全試合を配信するABEMAが加わるという前例のない座組となったが、全体として各社のご協力のもと、大きな問題なく終えることができた。関わっていただいた全ての皆さまにこの場を借りて感謝を申しあげたい。

日々テレビを取り巻く環境が変わっていく時代の流れの中で、このような世界的なスポーツイベントに際し、ますます配信のニーズは増えていくと思われるが、われわれ放送局自身が配信のスキームとどう向き合っていくべきなのか、地上波テレビ局の優位性・存在意義も含め、その答えをあらためて問われていると強く感じたことを最後に記させていただく。

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