民放onlineは、シリーズ企画「制作ノートから」を2024年2月から掲載しています。第12回はテレビ熊本の高津孝幸さんに、1993年から制作・放送し、2025年1月の放送で第32作となったドキュメンタリードラマ『郷土の偉人シリーズ』ついて執筆いただきました。企画は熊本県内の自治体が行い、制作・放送をテレビ熊本が行っています。作り手の思いに触れ、番組の魅力を違った角度から楽しむ一助にしていただければ何よりです。(編集広報部)
テレビ熊本は、熊本県ゆかりの偉人を発掘し、その功績を後世に伝えることを目的として、1993年から毎年ドキュメンタリードラマ形式の『郷土の偉人シリーズ』を制作し、フジテレビ系列の九州7局ネットで放送してきました。
私自身とこの『郷土の偉人シリーズ』との出合いは、入社当時、営業部に所属していた頃にさかのぼります。当時は番組をセールスする立場として、「ローカル局でもドラマ制作ができるんです!」と熱く提案していましたが、実際の制作の大変さについては全く知識がありませんでした。その後、2016年に制作部へ異動し、本格的にこのドラマ作りに携わることになり、初めてその難しさや責任の重さを実感しました。
1作品ごとの積み重ねが原動力に
制作部での9年間で、ドラマ制作のやりがいを日々感じていますが、一方でその大変さも痛感しています。ローカル局でドラマを制作するということは、脚本や衣装など一部の工程を東京のスタッフにお願いするものの、ほとんどの作業を熊本のスタッフで行います。スタッフは普段、地元の情報番組などに携わっているため、限られた時間とリソースで最大限のクオリティを目指さなければなりません。それでも、ローカル局ならではの強みである地元密着の視点を活かし、素晴らしい役者の方々との出会いをとおして、テレビマンとして大きく成長できる貴重な経験を積ませてもらっています。
また、「郷土の偉人シリーズ」は制作チーム全員が同じゴールを目指して一丸となって取り組むことで、現場には特有の一体感が生まれます。この連帯感は、制作側だけでなく、出演してくださる役者の皆さまにも伝わるようで、シリーズに参加された役者の方々から、「またこのシリーズに出演したい」というありがたいお声をいただくことも少なくありません。とりわけ、ローカル局でのドラマ制作という独特の環境での仕事が、役者の方々にとって新鮮であり、プロフェッショナルな挑戦として楽しまれている様子を感じることができ、制作側としても大変励みになっています。
<第32作『夏目漱石~吾輩が愛した肥後の国より~』に出演した加藤シゲアキさん、長谷川純さん(中央)と制作スタッフ>
以前は、夏の暑い時期に撮影を行い、11月3日の文化の日に合わせて放送するのが恒例でしたが、近年では猛暑や台風といった影響も考慮し、11月に撮影を行い、翌年の1月に放送しています。こうした柔軟な対応も、長く続いてきたシリーズを守る上で必要な工夫だと感じています。
毎年の撮影期間は、約1週間と限られたもので、終盤になってようやく撮影が軌道に乗った頃に全てが終了してしまうこともしばしばです。しかし、この短い期間の中で培われる経験が積み重なり、それが32年というシリーズの長い歴史を支えてきたのだと思います。この積み重ねこそが、新たな挑戦を可能にしている原動力でもあります。
総合演出として
私も長年このシリーズに携わってきましたが、31作目からは、総合演出を務めています。シリーズの31作目『日本細菌学の父 北里柴三郎~終始一貫 未来を紡いで~』(2024年)では、近代日本医学の父とされ、新紙幣の肖像にも採用された熊本県阿蘇郡小国町出身の「北里柴三郎」を取り上げました。
北里の多岐にわたる功績を魅力的に描くためには、ドラマ部分を効果的に演出し、ドキュメンタリー部分とのバランスを工夫する必要がありました。また、北里の「筋の通らないことを許さない」といった厳格な性格や義理人情に厚い人柄を、ライバルとの対決構図をとおして表現しました。
<『日本細菌学の父 北里柴三郎~終始一貫 未来を紡いで~』に出演したキャスト(上から左回りに、塚地武雅さん、山崎銀之丞さん、小田井涼平さん、戸塚祥太さん、宅麻伸さん)>
最新作となるシリーズ32作目『夏目漱石~吾輩が愛した肥後の国より~』(=冒頭画像、2025年)では、文豪・夏目漱石の熊本時代に焦点を当てました。漱石が旧制第五高等学校(現・熊本大学)の英語教師として熊本で過ごした4年3カ月間が、その後の名作誕生に少なからず影響を与えたのではないかという視点でドラマを構成。劇中劇の手法や、ストーリーテラーとしてネコを登場させるという新しい演出にも挑戦しました。コミカルに描いたことで視聴者の方々には、少し柔らかく、親しみやすい作風として楽しんでいただけたのではないかと思います。
シリーズを継承していくために
この「郷土の偉人シリーズ」の魅力は、視聴者の皆さんに偉人への関心を持っていただき、その足跡をたどるきっかけになり、さらに地域の活性化にもつながるという意義を持っています。そしてシリーズを継承していくためには、過去の知見を共有するだけでなく、変化や挑戦を恐れず、常に新しい視点を取り入れていく姿勢が求められます。
特に近年では、視聴者の皆さまにとって一層興味深いものにするため、演出の幅を広げる試みにも力を入れています。たとえば、ドラマ部分では感情表現をより豊かに描き、偉人の人間味や葛藤を通じて、親近感を持っていただけるよう工夫しています。また、映像の美しさや音楽の演出にもこだわり、心に残る作品作りを目指しています。
<『夏目漱石~吾輩が愛した肥後の国より~』で夏目漱石を演じた加藤シゲアキさん>
さらに、「郷土の偉人シリーズ」で得られる経験や制作現場でのエネルギーは、スタッフや役者の方々だけでなく、作品をご覧になる視聴者の皆さまへも力強いメッセージとして伝わるよう感じています。こうした関わりを通じて、作品そのものが新たな絆や歴史をつないでいく存在になれればと願っています。
次回作もすでに動き始めていますが、すでに高い壁が立ちはだかっています。それでも、チーム一丸となり、皆さんに喜んでいただける作品をお届けできるよう、果敢にチャレンジしていきたいと思っています。出演者の皆さんとスタッフが一体となって紡ぐこのシリーズが、これからも新たな歴史を刻んでいくことを信じています。