【コロナ禍を振り返る②】日本テレビ 報道の現場から 「世の中を良くしたい」「役に立ちたい」

小林 景一
【コロナ禍を振り返る②】日本テレビ 報道の現場から 「世の中を良くしたい」「役に立ちたい」

2019年12月初旬、中国・武漢市で新型コロナウイルスの感染者が報告され、翌年3月にWHOがパンデミックを宣言するに至った。感染症対策として「マスク」「リモート」「アクリル板」などが日常的なものとなり、放送の現場でも対応を余儀なくされた。そして、2023年5月8日、新型コロナウイルス感染症は感染症法上の「5類」に移行された。

民放onlineでは、コロナ禍の放送を連続企画で振り返る。今回は日本テレビの小林景一氏に「報道の現場」から当時の苦労や工夫を執筆いただいた。

連続企画「コロナ禍を振り返る」の記事一覧はこちらから。


新型コロナウイルス対策が感染症法上の位置付けが5類に移行してから間もなく1カ月がたちます。コロナ禍の3年余り、まず何よりも大事だったことは当然ですがスタッフ・出演者らの安全と健康を守ること。その上で私が報道現場に繰り返し伝えたことは「放送を絶対に止めない」「いつもと同じことができなくてもいい」という2点でした。

完全2班体制にシフト

特に当社の平日の編成は、朝4時台『Oha!4 NEWS LIVE』のスタートから夜7時に『news every.』が終わるまで、ほぼ生放送の番組が続きます。それぞれの番組で新型コロナウイルス感染のクラスターが発生したり、濃厚接触者が急増したりした場合、人員不足に陥り生放送が維持できなくなるかもしれないという不安が常に付きまといました。

なんといっても社内に衝撃が走ったのは当社の人気番組『天才!志村どうぶつ園』の志村けんさんが2020年3月29日に新型コロナウイルスによる肺炎で急逝されたことでした。新型コロナウイルスによる死。親族の方々が最期まで面会さえできないという状況。あまりにも悲しすぎる現実に直面し、取材・ロケやスタジオの感染対策を一層強化したのは言うまでもありません。

取材・放送を維持するために大事なことは人的接触を減らし感染リスクを下げることの徹底です。仮に感染者が出て、それに伴う濃厚接触者が出ても番組や技術のスタッフが全滅しないように完全2班体制にシフト。2班体制は作業スペースも完全に分けて基本的に接触しないようにすることが重要でした。

スタジオに入るレギュラー出演者の人数を減らし、スタジオに入るスタッフの人数も限界まで減らしました。スタジオ以外の場所にもリモート出演できる場所を作り、出演者同士の接触も極力避けるようにしました。同じ番組を担当しながら長い期間リアルで会うことがない人たちがいるという不自然な状況が続きました。

技術スタッフも同様にギリギリの厳しい条件の中で耐えてくれました。音声担当の方々は出演者にマイクを付ける際には接触するので安全のためにマスクの上にフェースガード、手には手袋をはめて作業をすることで相手も自分も守ることに努めてくれました。

リモートツールが必需品に

人的接触を避けるために会議や取材で活用が飛躍的に進んだのがリモートツールです。当社ではMicrosoft Teamsを中心に活用が進みました。実はこのTeamsは1年ほど前から「働き方改革」の目的で導入されていたものでした。しかしながら導入当初は会議や打ち合わせは対面でやるものという感覚で、また相手がいないことにはお試しもできず、なかなか普及しませんでした。そのTeamsがコロナ禍で番組制作の救世主になりました。

2020年1月―5月のTeams会議とチャット通話の平日1日の平均利用数が日本テレビ内で公表されました。1月は1日平均5件の利用だったのに、5月には1日1,156件と231倍に急増したことがわかりました。そして、Teams、あるいはZoomなどのリモートツールは、会議だけでなく取材対象者との接触を避けて取材する手段としても必需品となりました。

コロナ禍では重要な取材が可能になっても人数を絞られるため全てを1人で完結することが求められるケースもありました。2020年10月、新型コロナウイルス流行後、初の菅義偉首相(当時)の外国訪問に同行した政治部の佐藤正樹記者は、感染防止のために海外支局員との接触も禁止される中で、当社としての取材・撮影・伝送をこなし、三脚を取り付けたスマートフォン1つで、クオリティの高い中継をたった1人で行いました。コロナ禍でも中継を諦めない姿は頼もしくありました。

ntv-shusei.jpg

<ベトナムで1人中継に臨む政治部・佐藤正樹記者

送り続けた励ましのメッセージ

報道のうえでコロナ関連の内容の取捨選択はそれほど悩むことはありませんでしたが、いわゆる"自粛警察"の人々の印象強い言動は、不透明な不安や閉塞感がまん延する中でどのような影響があるのかは気になりました。当社の報道およびニュース番組に携わるほとんどのスタッフは、極めて真面目に愚直に「世の中を良くしたい」「世の中の役に立ちたい」という思いで日々の取材・放送に臨んでいます。そうした皆の思いを背負ってそれぞれキャスターの皆さんは、励ましの言葉を発信し続けてくれました。これは大変大きな影響力があったと思っています。

初めての緊急事態宣言が出た2020年4月7日。3つのハッシュタグ「#家にいよう #落ち着こう #医療従事者へのエールを」を掲げた『news zero』の緊急特番の最後に有働由美子キャスターはこうメッセージを発しました。

「いままで経験したことがない緊急事態宣言。私たちが闘っているのは『人』ではなくて『ウイルス』です。感染してしまった方を、決して差別しないでください。そして、私たちの命や生活を支えるために頑張っているすべてのみなさんに感謝します。皆さん、ありがとうございます。私たちは、私たちの行動で希望ある未来に変えられます」

同様に『news every.』では藤井貴彦キャスターが、連日励ましの言葉を発信しました。

「2週間後の未来を変えられるように今日もご協力をお願いします。命よりも大切な食事会やパーティーはありません。どうぞよろしくお願いします」(4月14日)
「不用意に生活エリアを越えた移動をしないこと。これが誰かのふるさとを守ることにつながります」(4月20日)
「今日の努力は2週間後にしか結果は出ませんが、逆に言えば、2週間後の数値はまだゼロです。新型コロナウイルスをコントロールするのは私たちです」(4月22日)

緊急事態宣言期間中に藤井キャスターは「~しないでください」という禁止表現を一切使わずに励ましのメッセージを送り続けました。そして、最初の緊急事態宣言が全国で解除される5月25日を次のようなメッセージで締めました。「みなさんの積み重ねが大きな実を結びました。まずはお疲れさまでした」

有働キャスターの「私たちの行動で希望ある未来に変えられます」という強いエール。藤井キャスターの「2週間後の未来」という具体的なメッセージ。ともに緊急事態宣言中の先の見えない不安を抱えた多くの人々の心の支えになったことと思います。

ntv-main.jpg

<『news every.』藤井貴彦キャスター

正確な情報を届けるために

新型コロナウイルスの最新情報やmRNAワクチンの正確な情報をなるべく多くの人に届けるために当社ではデジタル展開にも注力しました。パンデミック当初の関心が高まる中、「感染者数グラフ」「コロナ特設サイト」を作れたことは意義がありました。mRNAワクチンについては、若い人にも正しい情報を届けるために医師の協力を得てTikTokでの展開なども行いました。

ntv-uchida.jpg

<TikTokでデマを解説するハーバード大医学部・内田舞准教授

コロナ禍を振り返ると、良かったことはリモート技術を駆使した制作。リモート取材、リモート出演の知見が大いに蓄積されたことです。生放送においても在宅でできる業務の幅が広がりました。一方、人的接触を極力減らしたことで、特に若いスタッフの中には、食事を誰かと一緒に取る機会もなく、人と話す機会も少なく、コミュニケーションがとりづらくなり孤独感を感じてしまったケースもあったようです。この3年の間に新たに報道に来てくれた若手スタッフもコロナ禍の報道を必死で支えてくれた大事な仲間です。これからは先輩・後輩のコミュニケーションを思いっきり「密」にしていきたいと思います。

連続企画「コロナ禍を振り返る」の記事一覧はこちらから。

最新記事