2022年夏クールドラマ総括 個人の鬱屈やいらだちと向き合う誠実な作品多く

成馬 零一
2022年夏クールドラマ総括 個人の鬱屈やいらだちと向き合う誠実な作品多く

今年の夏は、7月8日の参議院選挙期間中に起きた山上徹也容疑者による安倍晋三元首相射殺事件の影響によって、大きく浮上した宗教の問題や国葬の話題が日本中を席巻した。その影響は現在も続いており、どこか殺伐とした空気が漂っている。そのため、夏クールのドラマも、追い詰められた個人の鬱屈やいらだちと向き合う誠実な作品が多かったように感じた。

その筆頭が、土10(日本テレビ系土曜22時枠)で放送された坂元裕二脚本の『初恋の悪魔』だ。古くは1991年に大ヒットした恋愛ドラマ『東京ラブストーリー』(フジテレビ系)、近作では『大豆田とわ子と三人の元夫』(関西テレビ・フジテレビ系)などの脚本で知られる坂元裕二は、名言が飛び交う軽妙な会話劇と、先が全く読めないストーリー運び、そして貧困や性差別といった社会問題に切り込むテーマ性の深さが高く評価されている、日本のテレビドラマを代表する脚本家だ。

今回の『初恋の悪魔』は『Mother』『Woman』『anone』といった日本テレビ系の坂元裕二ドラマを手掛けた水田伸生(チーフ演出)と次屋尚(プロデューサー)との最新作だ。上記の三作が水曜ドラマ(日本テレビ系水曜22時枠)で放送された、女性を主人公にした重厚なヒューマンドラマだったのに対し、今回は一話完結の刑事ドラマだったことが意外だったが、坂元裕二らしい一筋縄ではいかない作品となっていた。

主人公は捜査権を持たない馬淵悠日(仲野太賀)、鹿浜鈴之介(林遣都)、小鳥琉夏(柄本佑)、摘木星砂(松岡茉優)たち4人の警察関係者。彼らが鹿浜の家で「自宅捜査会議」をおこない、毎話起こる事件について"考察"する姿が毎話描かれるのだが、推理ではなく"考察"と言っているのが重要なポイントだ。

近年のテレビドラマで盛り上がりを見せる『あなたの番です』(日本テレビ系)などのミステリードラマは、劇中で提示された事件の謎や犯人探しを視聴者がリアルタイムで楽しむ「考察ドラマ」として人気を博している。関係者の証言と、監視カメラ等の映像だけを根拠に、4人が事件の真相に迫っていく様子は、まさに"考察"そのもので、「考察ドラマ」に熱狂する視聴者の姿を、鏡で観ているような不思議な感覚があった。その意味で「考察ドラマ批評として作られた刑事ドラマ」というのが最初の印象だ。

事件をとおして描かれるのは、誰もが抱えこんでしまう先入観の罠だ。どれだけ客観的に状況を分析しているつもりでも、人は自分が信じたい物語を事件の中に読み込んでしまう。だからこそ鹿浜たちは、被害者にも加害者にも感情移入せずに考察しようとするのだが、どんなに気をつけても、先入観の罠に絡め取られてしまう。そんな辛辣な現実を、本作は突きつけてくる。

物語は一話完結の事件を見せていく一方、馬淵の兄で刑事だった朝陽(毎熊克哉)の殉職事件や、実は多重人格だった摘木星砂の目的といった複数の謎が散りばめられていき、やがてすべての事件の背後でうごめく連続少年刺殺事件へとたどり着く。こう書くと、いかにも考察ドラマらしいミステリアスな展開だが、刑事ドラマとしての盛り上がりから本作はできるだけ距離を取り、事件の謎解きよりも、鹿浜たち登場人物の日常を丁寧に描こうとしていた。この距離感は実に坂元裕二らしく、話数を重ねるにつれて魅力的な人間関係を軸にした会話劇という側面が強まっていった。

さまざまな要素が散りばめられた難解な作品だったが、一番印象に残ったのは、自宅捜査会議の仲間と出会ったことで変わっていく、鹿浜鈴之介の成長物語だ。幼少期から人と関わるのが苦手で孤独感を抱えていた鹿浜が、偶然知り合った老女から「世の中を恨む悪魔になってはダメ」と忠告される場面が本作にはあるのだが、孤独な人間が世の中を恨んで悪魔にならずに生きていくには、どうすればいいのか? と問いかける鹿浜の物語が大きくなっていったのは、坂元裕二たち作り手の意識の中に、山上容疑者の事件のことがあったからかもしれない。

山上容疑者の事件は、さまざまな観点から語られているが、大きな論点として浮上しているのが社会や家族から孤立して失うものが何もない人間が犯罪行為を選択してしまう「無敵の人」問題だ。それは『初恋の悪魔』風に言うのなら「孤独な青年が悪魔(無敵の人)にならずに生きていくにはどうすればいいのか?」ということだが、同じテーマを別の角度から描いていたのが、テレビ東京系で放送された深夜ドラマ『雪女と蟹を食う』だ。

本作は痴漢のえん罪によって仕事も恋人も失い自殺を決意した青年・北(重岡大毅)が、情報番組で見た蟹料理を死ぬ前に食べようと決意する物語。北は強盗で押し入った雪枝彩女(入山法子)から好意を持たれ、彼女の車で北海道へと向かうことになるのだが、実は彼女もある事情から死のうと考えていたことが判明する。

本作は、ロードムービーで青年と彩女がドライブで北へと向いながら、各地方の名物料理を食べ、夜はホテルに泊まり一夜を共にする。テレ東が得意とするグルメドラマにお色気要素を足したような娯楽作品風でありながら、物語は暗鬱としたもので、ATG(日本アート・シアター・ギルド)の暗黒青春映画を見ているようだ。絶望に取り憑かれた男女の逃避行は、先行きが見えない2022年の夏にふさわしい物語だった。

対して、今クールで一番の話題作となったドラマが『六本木クラス』(テレビ朝日系)だ。本作は日本ではネットフリックスで2020年に配信され話題となった韓国ドラマ『梨泰院クラス』のリメイク作。父親が殺されたことをきっかけに、刑務所行きとなった宮部新(竹内涼真)が居酒屋を経営することで、父を死に追いやった長屋龍河(早乙女太一)の父親で長屋ホールディングスの会長・長屋茂(香川照之)にビジネスの世界で戦いを挑む復讐譚だ。

新が父の仇に復讐し「土下座」を求めるという展開が『半沢直樹』(TBS系)を彷彿とさせるためか、敵役の長屋会長を香川照之が演じている。『梨泰院クラス』と比べると映像面で見劣りする場面も多かったが、新を演じた竹内涼真や、麻宮葵を演じた平手友梨奈たち俳優陣の演技は奮闘していた。復讐にとらわれていた新が、自分と同じように社会から阻害された仲間たちと出会い事業を立ち上げたことで、最終的に幸せを勝ち取る結末には、希望が感じられた。本作もまた、"悪魔にならない方法"を模索した作品だったと言える。

金曜ドラマ(TBS系金曜22時枠)で放送された『石子と羽男―そんなコトで訴えます?』は、法律を用いて弱者に寄り添う、優しいドラマだった。本作は弁護士の羽男こと羽根岡佳男(中村倫也)と、パラリーガルの石子こと石田硝子(有村架純)が主人公のリーガルドラマ。『アンナチュラル』や『最愛』といったTBSドラマの話題作を次々と生み出している塚原あゆ子(チーフ演出)と新井順子(プロデューサー)が、『妖怪人間ベム』(日本テレビ系)などの脚本で知られる西田征史を招いて制作した本作は「カフェで充電したら訴えられた」「小学生がゲームで29万円課金」「映画違法アップロードで逮捕」といった身近な出来事を入り口に、法律にまつわる様々な事件を見せる一話完結のドラマとなっていた。

塚原と新井がこれまで手がけてきたドラマ同様、ポップな楽しさと社会性のあるテーマが両立された作品で、法律は人々を守るものであり、「弁護士は弱者の味方なのだ」という強い確信が、本作最大の魅力となっていた。

フジテレビ系では土ドラ(土曜2340分枠)で放送された東海テレビ制作のドラマ『僕の大好きな妻!』が印象に残った。本作は発達障害を抱える妻・北山知花(百田夏菜子)と漫画家アシスタントの夫・悟(落合トモキ)が主人公のラブストーリー。発達障害という難しい題材を扱いながらも夫婦の恋愛ドラマとして楽しく観られる作品に仕上がっており、辛い夏を過ごす上での一服の清涼剤だった。

NHKのドラマでは「夜ドラ」で放送された『あなたのブツが、ここに』が素晴らしかった。2020年から始まる本作は、新型コロナウイルスの影響でキャバ嬢を辞めたシングルマザーの山崎亜子(仁村紗和)が、運送会社で働く姿を描いたヒューマンドラマだ。

「夜ドラ」は、月曜から木曜の夜に毎話15分放送されている朝ドラ(連続テレビ小説)形式のドラマ枠だったが、本作はまさに「夜の朝ドラ」と呼ぶのにふさわしい作品で、コロナ禍の大阪を舞台に、運送会社で働く人々の困難を正面から描く重厚な作品に仕上がっていた。

本作のような庶民の日常を丁寧かつ重厚に描くドラマはもう、NHKでしか作れないのかもしれない。放送されたこと自体に大きな意義を感じる作品である。

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