2022年秋クールドラマ総括 テレビドラマ自体に若返りの勢い 先鋭的テーマをリッチな映像で見せる

成馬 零一
2022年秋クールドラマ総括 テレビドラマ自体に若返りの勢い 先鋭的テーマをリッチな映像で見せる

2022年の秋クール(1012月)のドラマは意欲作が話題となった。

一番の話題作は、やはり『silent』(フジテレビ系)だろう。聴覚障害を題材にした恋愛ドラマで、物語は青羽紬(川口春奈)が高校の時に恋人で、現在は「若年発症型両側性感音難聴」を患っている佐倉想(目黒蓮)と再会する場面から始まる。本作は、健常者の紬と聴覚障害者の想の物語を軸に、想の友人で紬の恋人の戸川湊斗(鈴鹿央士)や、手話教室の講師・春尾正輝(風間俊介)、春尾の大学時代の知り合いで想に思いを寄せる聴覚障害者の女性・桃野奈々(夏帆)といった、さまざまな登場人物の視点が描かれる群像劇となっている。男女の恋愛はもちろんのこと、紬や想のことを心配して優しく寄り添う家族の姿を丁寧に描いており、話が進むにつれて、恋愛という枠を超えた愛と善意の連鎖を描いた優しい物語へと変わっていった。

想と紬がコミュニケーションする際には、スマホを用いた音声の文字起こし、手話、筆談といった会話以外のコミュニケーション手段が多数登場する。タイトルの「silent」とは静かや無声という意味で、耳が聞こえない聴覚障害者の想を取り巻く世界を表している。だが、それ以上に強く感じたのは、音声以外にもコミュニケーションの手段は無限にあるということで、人と人の繋がり方の豊かさを描けたことが、本作がヒットした最大の要因だったのではないかと思う。

若手脚本家起用による温故知新な作り方

脚本を担当した生方美久は、2021年にフジテレビヤングシナリオ大賞を受賞した29歳の若手脚本家で、連続ドラマは『silent』が初めて。若手の新人脚本家がオリジナルの連続ドラマを全話執筆してヒット作となったことも、テレビドラマにとって明るいニュースとなった。ヤングシナリオ大賞はトレンディドラマブームが盛り上がっていた1987年に、若手脚本家を発掘するためにフジテレビが創設した賞で、古くは坂元裕二や野島伸司、近年では安達奈緒子や野木亜紀子といったテレビドラマの最前線で活躍する脚本家の登竜門となっている。

近年のテレビドラマは原作モノが多く、若い脚本家が一人で1クールのドラマを全話執筆するという冒険は許されなくなっている。それはフジテレビも同様だった。どれだけヤングシナリオ大賞から将来有望な若手脚本家がデビューしても、その受け皿となる企画が年々減っていたことが、2010年代以降のテレビドラマが抱える最大の問題だった。その意味で生方美久を起用した『silent』の作り方は、テレビドラマにおいては温故知新だったと言える。

一方、チーフ演出を務めた風間太樹も31歳の新鋭。2020年に話題となり、後に映画化もされたBL(ボーイズラブ)を題材にした深夜ドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(テレビ東京系、以下『チェリまほ』)でチーフ演出を務めた。『silent』で話題となった「繊細で優しい物語」や「人と人のコミュニケーション」をじっくりときれいな映像で撮るという見せ方は『チェリまほ』の時点で確立されていた演出手法だが、深夜ドラマの先鋭的な手法がプライムタイムの恋愛ドラマに援用されたことも画期的だった。

プロデューサーの村瀬健は2016年に作られた坂元裕二脚本の恋愛ドラマ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(フジテレビ系、以下『いつ恋』)を手がけており『silent』に演出として参加している、髙野舞も『いつ恋』に参加していた。

生方美久はヤングシナリオ大賞受賞の際に「坂元裕二さんみたいに、唯一無二といわれる脚本家になりたい」と影響を受けたことを公言しているが、『silent』を観ていると『いつ恋』の時に村瀬たちが種をまいた試みが開花したようにも感じる。『silent』の成功は、今後のテレビドラマに大きな影響を与えるだろうが、若い脚本家に1クールのオリジナルドラマを一人で書かせるという試みが増えていくことを期待している。

身を斬るような切実さ漂う『エルピス』

一方、『silent』とは真逆に硬派な社会派ドラマとして話題になっていたのが『エルピス-希望、あるいは災い-』(カンテレ・フジテレビ系)だ。プロデューサーは『カルテット』(TBSテレビ系)や『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ・フジテレビ系)で知られる佐野亜裕美。脚本は映画『ジョゼと虎と魚たち』や連続テレビ小説『カーネーション』(NHK)で知られる渡辺あや。そして、チーフ演出はドラマ『モテキ』(テレビ東京系)や映画『SCOOP!』などで知られる大根仁が担当した。

『エルピス』は佐野が2016年頃にTBSテレビ在籍時代に渡辺と共に立ち上げた企画だったが、実現できず宙に浮いていた。しかし、佐野がカンテレ(関西テレビ)に中途入社した際に改めて企画を提出したことで実現されることとなった。紆余曲折の末についにドラマ化された『エルピス』は、企画の経緯自体がドラマチックだが、このドラマの企画を通そうとした佐野たちの悪戦苦闘が、そのまま『エルピス』の物語とシンクロしているのが、隠れたみどころだ。

スキャンダルでバラエティ番組に飛ばされた女子アナウンサーの浅川恵那(長澤まさみ)と若手ディレクターの岸本拓朗(眞栄田郷敦)は、死刑間近の殺人犯の冤罪疑惑について取材し検証番組を作ろうとするが、やがてこのえん罪が大物政治家と警察によってねつ造されたものだったことに気づく。事件の真相をなんとかテレビで告発しようとする二人。しかし、政権に忖度するテレビ局はなかなか、告発番組を放送させてくれない。

劇中ではさまざまな形で圧力をかけてくる権力者サイドと浅川たちマスコミの攻防が描かれるのだが、その権力のあり方は鵺(ぬえ)のようにとらえどころがない不気味なものとなっている。えん罪疑惑を追う中で真相が明らかになっていくミステリードラマとしての面白さはもちろんだが、何より目が離せなかったのが、えん罪を通じて描かれる日本の政治に対する批判的視点だ。批判は政治家や警察だけでなくテレビ局を中心とするマスコミにも向けられており、だからこそ他人事ではない身を斬るような切実さが漂っていた。

新たな意欲作が並ぶ

silent』と『エルピス』を筆頭に、秋クールのドラマには新しい試みに挑戦した作品が多かった。

『ジャパニーズスタイル』(テレビ朝日系)は、観客を入れてステージで各話一発撮りを原則に長回ししたものを放送するシットコム。脚本は『コントが始まる』(日本テレビ系)などで知られる金子茂樹。福井県にある温泉宿に社長の息子・柿岡哲郎(仲野太賀)が帰ってくるところから物語は始まる。全てがうまく行ったとは言い難いが、YouTubeでミュージシャンが一発撮りで曲を披露する"ファースト・テイク"をドラマでおこなうというアイデアは画期的だったので、今後も続けてほしい。

構成の面白さに驚かされたのが、二作に分けて放送された『城塚翡翠』(日本テレビ系)シリーズだ。『霊媒探偵・城塚翡翠』としてスタートした本作は推理作家の香月史郎(瀬戸康史)と死者の声を聞く霊能力で事件を推理する探偵・城塚翡翠(清原果耶)が「透明な悪魔」と呼ばれる連続殺人犯を追いかけるバディもののミステリードラマとして始まったのだが、第五話で突然、最終回となる。そして、実は香月こそが「透明な悪魔」で、翡翠は香月が犯人である証拠を探していたことが明らかとなる。

香月が逮捕され、城塚の正体が毒舌の名探偵だと判明したところで物語は終わり、次週からは『invert 城塚翡翠 倒叙集』という新シリーズがはじまる。それ以降は、犯行場面が描かれた後、翡翠が犯人を追い詰める様子を描く倒叙型のミステリードラマが展開されたのだが、途中でタイトルと構成が大胆に変わる構成には驚かされた。

中年男性を主人公にしたビジネスドラマ枠というイメージが定着して久しい日曜劇場(TBSテレビ系日曜夜9時枠)は、『アトムの童』(TBSテレビ系)は山﨑賢人という28歳の若手俳優を主演に抜擢することで、おじさん向けドラマというイメージが強い日曜劇場の若返りを果たそうとした。舞台がゲーム業界で、老舗玩具会社がインディゲームに参入するために、謎のプログラマー「ジョン・ドゥ」を雇ってゲーム制作をおこなうという物語も新しかった。香川照之が降板したことで、主人公のライバルとなるゲーム会社の社長を演じたオダギリジョーの不気味な存在感もハマっており、日曜劇場が一気に若返ったように感じた。

大河ドラマも『鎌倉殿の13人』(NHK)で大きく若返った。本作は鎌倉幕府を執権として支えた北条義時(小栗旬)の半生を描いた物語。脚本は三谷幸喜。『新選組!』、『真田丸』に続く三度目の大河ドラマとなった本作は、北条義時というあまり知られていない人物を主人公に血で血を洗う権力闘争が毎週繰り広げるダークな作品となっていた。

武士の世を守るために、仲間を次々と手にかけていく義時の哀しい勝利を積み上げていく政治劇の見せ方は毎話完成度が高く、三谷幸喜にとっては集大成であると同時に新境地と言える作品だった。何より小栗旬を筆頭とする俳優陣のポテンシャルを極限まで引き出しており、役者陣の見せ方としても、大河ドラマの新境地となっていた。

近年のテレビドラマは視聴者も作り手も高齢化が進み、若々しさが失われつつあった。しかし、日曜劇場や大河ドラマといった老舗のドラマ枠は新しい題材に挑み、『silent』の脚本家・生方美久や『エルピス』のプロデューサー・佐野亜裕美といった新しい作り手が次々と頭角を現した。何より、どの作品も、社会性のある先鋭的なテーマをリッチな映像で見せるという高い志が感じられ、テレビドラマ自体が若返ったように感じた2022年の秋クールだった。この勢いが今年も続くことを祈っている。

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