2022年11月から12月にかけてカタールで開催されたFIFAワールドカップは、日本が決勝トーナメントに進出し、普段サッカーに関心がなくとも、その行方に注目した人が多かったのではないでしょうか。日本での男子サッカーワールドカップの放送は、これまで民放連とNHKがジャパンコンソーシアム(JC)を組んで対応していましたが、カタール大会ではABEMAが全64試合をライブ配信する一方、地上波での生中継はNHK、テレビ朝日、フジテレビで計41試合を放送するなど、転換期を迎えています。
同様に、スポーツ中継は世界規模で変化が起こっているようです。本稿は、BBC3の初代チャンネルエグゼクティブを務めたキャサリン・パーソンズ氏に民放連研究所が依頼して執筆していただいた論考("Live Sports Broadcasting - How UK Rights Are Negotiated")を、筆者(佐野泰裕)が翻訳し、必要な情報を補ったものです。英国でのスポーツ放映権(ここでは、ラジオ・テレビのライブ中継だけでなく、インターネットでの配信、ハイライトや選手紹介などの関連番組を含みます)にまつわる制度や環境変化について紹介したいと思います。
英国では放送法・通信法・競争法が
権利交渉を規制
スポーツイベントの放映に関する権利は、一般的にそのイベントの組織委員会や競技連盟が有している。英国の主なスポーツの競技連盟には次の表のようなものがある。
<主な競技と放映権に関する付記>
これらの競技連盟はどの放送局・配信事業者に放映権をいくらで売るか、という権利も持っている。とはいえ、なんの制約もなく、彼らの自由に販売できるかというと、英国ではそうではない。
放送法(Broadcasting Act 1996)と通信法(Communications Act 2003)、競争法(Competition Law)によって、実際の権利交渉はある種の規制を受けることになる。放送法と通信法は文化・メディア・スポーツ省(DCMS)とOfcom(放送通信庁)が、競争法は商務貿易省が管轄している。これらの法律に対しては、スポーツ番組の放映環境に大きな変化が生じ、アスリート市場のグローバル化が進展する昨今、規定が追い付いていないという指摘がある。
法律で主要なスポーツイベントをリストアップ
前述の放送法・通信法の規定により、文化・メディア・スポーツ大臣は、主要なスポーツイベントを2つのグループにリストアップする役割を担う。
グループAは、決められた基準を満たすFTA(free-to-air、無料放送)サービスがライブ中継を行うもので、現在の規定ではオリンピック、パラリンピック、FIFAワールドカップ決勝トーナメント、競馬のダービー、ウィンブルドン決勝、ラグビーワールドカップ決勝などが含まれる。
グループBは、有料チャンネルでのライブ中継の可能性があるものの、ハイライトや録画放送の放映権は、決められた基準を満たすFTAサービスで放送されるものである。グループBには、イングランドで開催されるクリケットの国際試合、ウィンブルドン選手権の決勝以外の試合、ラグビーのシックスネイションズ、ゴルフの全英オープンなどが該当する。
<リストアップされた主要なスポーツイベント>
ライブ中継権かハイライトや録画放送権かの違いはあれ、グループAもBも条件を満たすFTAサービスが何らかの放送をすることとなる。このFTAサービスにどういった事業者が含まれるかも、放送法に規定がある。FTAの選定基準を満たし、英国人口の95%が受信できるものは「ファーストカテゴリ」と呼ばれている。現在、ファーストカテゴリに定められている事業者は、BBC One/Two/Three/Four、CBBC/CBeebies、BBC News/BBC Parliament、Channel3ネットワーク(ITV、STV)、ITV2/ITV3/ITV4、Channel4/Film4/More4、Channel5、となっている。
また、有料テレビチャンネルや有料サブスクリプションサービスなどのFTAの選定基準を満たさない事業者は、セカンドカテゴリと呼ばれる。グループBにリストアップされているスポーツイベントは、ファーストカテゴリ事業者がハイライトや録画放送する配慮をしていれば、セカンドカテゴリの事業者に独占的なライブ中継権が与えられる場合もある。
文化・メディア・スポーツ大臣は、Ofcom、当該スポーツの権利者、BBCなどと協議して、どのスポーツイベントをリストに入れるかを決めていく。政府が制度の中で具体的に関わる唯一の場面だが、もちろんこの制度自体を法律で変更する権限を有するのは政府や議会となる。
いずれのグループのスポーツイベント放映権も、該当するFTAサービスが公平で適正な条件となるオークションで獲得できるよう提示されなければならない。ただし、必ずFTAサービスが放映権を獲得しなくてはならない、ということではない。そのため、グループAのスポーツイベントは結果的にライブ中継されない可能性があるが、制度ができて以降のおよそ30年間、そうした事態は発生していない。制度によって、FTAサービスが入札可能な権料に落ち着いていることに加え、これらのスポーツはそもそも英国国民の関心が高いため、放送事業者も権利を購入したほうが得策と考えているようだ。
権利はどのように分けられるのか
競争法にも放映権の販売をコントロールする規定が存在する。スポーツ放映権の市場は競争が激化し、民間、公共ともに放送局の財政が圧迫される事態になっている。収益を上げるためには、創造的なパートナーシップが求められていると言われている。ひとつの解決策として「共同独占」(co-exclusivity)という手法が登場し、法律上の規制要件を満たすだけでなく、放映権収入を増やすという権利者側の希望にも応えている。
Ofcomはリストに記載されているスポーツイベントの放映について、制度に基づいて規制を行っているが、Ofcom(や政府)はこれらのスポーツイベントの権利交渉に介入するわけではない。この制度は誰がどのような権利を取得するかという点に影響を与えるが、Ofcomなどが権利交渉の過程に関与することは一切ない。
この制度では、英国の放送局は「要件を満たす」放送局(=ファーストカテゴリ)と「満たさない」放送局に分けられる。実際には要件を満たす放送局はすべてPSB(Public Service Broadcasters)となっている。これら要件を満たす放送局に対して、リストアップされたスポーツイベントの放映権は、公正で合理的な条件で提示されなければならない。ただし、前述したように提示された後に、必ずこれらの放送局が権利を取得しないといけないわけではない。いずれの放送局が権利を取得した場合でも、その放送局は、そのスポーツを放送する許可をOfcomに申請することとなる。Ofcomは申請を受けて、この放送局が制度で定められた方法に則って権利を獲得したかどうかを確認する。「要件を満たさない」放送局であっても、きちんと制度に則って権利を獲得したのであれば、放送する許可を得ることができる。
具体的な例として、サッカーの権利について確認する。グループAに含まれるFIFAワールドカップの決勝トーナメントは、「要件を満たす」放送局に対して、ライブ中継の権利を提示しなければいけないため、権利者であるFIFAがどのようなパッケージで権利を販売するかに一定の影響を及ぼす。ただし、実際の取引では、ハイライトの権利なども含めて、より包括的なパッケージとして提示されることが一般的になっている。こうしたパッケージの内容は、権利者自身が決定している。BBCとITVがワールドカップの放映権を共有することがあるが、どの試合をどちらが放送するかは両局とFIFAで決めている。
このように放映権をパッケージ化することは、販売機会を特定の放送局に偏らせたり、市場への参入障壁を高めたりする可能性もある。そのため、ヨーロッパにおいては、欧州委員会が公開入札手続きを用いて、より小さいパッケージで、サッカーのリーグ戦の放映権を販売するよう方針を取っている。これによって、英国のほとんどの放送局が入札可能となるようなパッケージ化が行われ、複数の放送局に権利が売却される可能性が生じる。こういった対応が不十分で競争が阻害されていると判断されれば、政府が一つの放送局が取得できる権利の量を制限するといった手段をとる可能性も高まる。
プレミアリーグは、世界で最も裕福なリーグとしての地位を維持し、加盟するクラブの要望を満たすために、さらなる放映権料の増額を目指すと表明している。そのため、配信事業者など新しいサービスに対しても入札の門戸を開いているとアピールを強化している。従来に比べて多様なパッケージを用意してより多くの試合を提供することで、こうした新しい事業者がこれまで権利を取得してきたSkyやBT(British Telecom)に食い込んでいく余地が生まれる。特に、AmazonやFacebook、Googleのように、ユーザーの好みに合わせたコンテンツを提供してビジネスを拡大しているプラットフォームにとっては、2つの試合を同時にライブ中継できるような放映権は魅力的なものとなっている。こうしたパッケージの開発は、Sky Go(Skyのインターネット配信サービス)のような放送局のアプリにも効果があると言われている。
前編は、放映権の権利交渉に関わる制度の内容を中心にお伝えしました。後編は、配信事業者が台頭し、アスリート市場のグローバル化が進む中で、どのような変化が生じているのかを見ていきたいと思います。
(執筆:Katherine Parsons, 翻訳・監修:佐野泰裕)