【2022年度(第77回)文化庁芸術祭賞受賞のことば ラジオ部門大賞】中国放送 『生涯野球監督 迫田穆成~終わりなき情熱~』 大事なのは「どこにスポットライトをあてるか」

坂上 俊次
【2022年度(第77回)文化庁芸術祭賞受賞のことば ラジオ部門大賞】中国放送 『生涯野球監督 迫田穆成~終わりなき情熱~』 大事なのは「どこにスポットライトをあてるか」

その言葉から「哲学」を感じさせてくれる取材対象には、滅多にお目にかかれるものではない。「グラウンドで死にたい」「90歳までに甲子園に行く」「YouTubeを始めました」

83歳の現役高校野球監督・迫田穆成(さこだ・よしあき)。1939年、戦前の広島に生まれ、被爆もしている。戦後は広島で野球に興じ、57年には、広島商業高の選手として甲子園で全国制覇を成し遂げている。そこから73年春には、母校の監督としてあらゆる作戦を駆使し、怪物・江川卓(作新学院)を攻略。同年夏には、監督として日本一を成し遂げた。

迫田の歩みは、戦後の広島の歩みそのものだった。スポーツが地域の希望の光となり、全国を舞台に地方都市が伍していけることを証明した。バント、待球、奇想天外な作戦。パワーで劣っても、「工夫」と「執念」で日本一になる。このストーリーは実に爽快であり、地方都市の生きる道を示すものだった。

さらに、そこからである。迫田は、79歳にして広島県立竹原高校の野球部監督に就任。チームを甲子園に導こうと奮起している。今度は、5倍も年齢が離れた高校生との日々である。「コミュニケーションはメールを駆使」「YouTubeで野球論は全てオープンにする」「あえて小さな声で挨拶する」――昭和を駆け抜けた名監督が、完全に「令和」のアプローチでチームを作っている。かつての成功体験にとらわれず挑戦する姿は、またもや、今の地方都市に求められる姿と符合する。

野球実況アナウンサーとして、迫田とは20年前に出合った。野球論のみならず、ものの考え方が面白かった。それゆえに、迫田のもとへ頻繁に通った。ここ2年は、その頻度も高め、80歳代になった声を記録していた。日頃のニュースなどでリポートはしていたが、竹原高は強豪ではない。なかなか大きな扱いにならなかった。

迫田氏収録写真.JPG

<迫田監督㊨と筆者

そんな私の取材活動に目をつけてくれたのが、中国放送(RCC)ラジオ制作部のプロデューサー、増井威司だった。そして誕生したのが、『生涯野球監督 迫田穆成~終わりなき情熱~』である。制作で要求されたハードルは高かった。教え子である達川光男(元・広島東洋カープ監督)の声が欲しい。迫田の兄弟や長女の話が聞きたい。外部ジャーナリストの評論が欲しい。ハードルを越えるたびに、番組は立体的になった。そして、私個人の「迫田論」が普遍化されていった。不思議なことに、彼の人生の歩みが、戦前から現代にかけての広島とマッチしていった。

むしろ、増井は、そこを見越していた感がある。昨年、開局70年を迎えたRCCの音声素材と迫田のインタビュー。ふたつの年表が、ことごとくリンクしていくのである。RCC社内の豊富な音声素材にも驚いた。1957年の広島商業高・迫田キャプテンの街頭挨拶の音源は、番組にリアリティを与えてくれた。優勝戦実況や優勝パレードの中継など、先人アナウンサーの過不足ない実況描写力にも頭が下がった。気がつけば、迫田監督の年表に、戦後広島の歴史が重なり、さらには、開局70年の自社の歴史が重なった。

「50年前の甲子園優勝監督がYouTubeを始めた」――これが、ここ2年、迫田の取材を再加速させた契機だった。しかし、そこで終わらせてはならない。あらゆる声を集めることで、いくつもの歴史の年表が重なり合う。そこから、われわれの進む道が見えてくる。「番組を聴いて、元気をもらった」――最高の誉め言葉である。額面どおり受け取るならば、複数の年表が重なり合ったところから見える「光」が、その源であったに違いない。

あらためて、大事なのは、「どこにスポットライトをあてるか」だと痛感する。制作者は現場を歩いて魅力的な人に出合うこと。プロデューサーは、その取材活動そのものにスポットライトをあてること。それを偶然に任せてはいけない気がする。

この度、令和4年度文化庁芸術祭賞大賞の栄誉は、その全ての取り組みに、これ以上ないスポットライトをあてていただいたように思う。これからも、懸命に現場を歩きたい。人の話に、耳を傾けたい。丹念にマイクを向ければ向けるほど、それらは立体的に輝きを放つことを知った。

今回は、取材・ナレーション・構成で番組制作に関わった。最も緊張したのが、1973年・江川攻略の「架空実況」だった。先人の丹念な実況と声が並ぶと考えれば、架空とはいえ、言い訳はできない。塁間の所要時間や間合いを、文献も見ながら丁寧に再現を試みた。繰り返し収録する中で、50年前の光景が脳裏に浮かぶようになった。誠心誠意に描写する。その原点を「架空実況」から学べたことも収穫である。丁寧に。丹念に。立体的に。あらためて、その尊さを学ばせてくれた番組制作だった。「文化庁芸術祭賞大賞」。この栄誉を励みに、ますます、その方向性を貫いていきたいと確信する。

迫田・坂上写真.jpg


(※ 編集広報部追記)
この番組は2月15日(水)―28日(火)の期間限定で、RCCのアプリ「IRAW」で配信します。

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