2023年秋クールのドラマは大ヒット作こそなかったが、作家性の強い独創的な作品が多かった。
中でも突出していたのが『いちばんすきな花』で、作品のテーマ、脚本の構成、演技や演出といった映像表現も独創的で、テレビドラマでこんなことができるのかと毎週驚かされた。
木曜劇場(フジテレビ系木曜22時枠)で放送された本作は「二人組を作る」ことが苦手な男女4人の物語。塾講師で34歳の潮ゆくえ(多部未華子)、出版社勤務で36歳の春木椿(松下洸平)、美容師で26歳の深雪夜々(今田美桜)、アルバイトをしながらイラストレーターになる夢を追いかけている27歳の佐藤紅葉(神尾楓珠)の4人は椿の家の前で偶然出会い、椿の家に集まるようになっていく。劇中ではゆくえたち4人の対人関係における悩みが丁寧に語られる。この悩みに共感できる人は「わかるわかる」とハマっていたが、描き方があまりにも繊細すぎたため「そんなことで悩むのか?」と困惑する視聴者も少なくなかった。
脚本を担当した生方美久は、2021年にフジテレビヤングシナリオ大賞を受賞し、2022年にオリジナルの連続ドラマ『silent』(フジテレビ系)を執筆して注目された若手新鋭脚本家のホープ。
障害者と健常者の恋愛ドラマという枠組みがはっきりとしていた『silent』に対し本作は、一言で内容を説明するのが難しい。事前の宣伝では「男女の友情は成立するのか?」というキャッチーなテーマが打ち出されていたが、恋愛と友情の間で悩む男女の葛藤を前面に打ち出しているわけではなく、むしろ既存のドラマなら盛り上がる展開を作品自体が拒絶していたように感じた。
物語は各人の悩みを描いた後、4人の共通の知人である志木美鳥(田中麗奈)が登場し、彼女と4人が出会った時の出来事が描かれる。この構成が実に見事で、美しい数式を見ているような気持ちになった。落ち着いた静かなトーンで淡々と対話する4人のやりとりは、その声の小ささ自体が強いメッセージとなっており、メディアのニュースやSNSに蔓延している単純化された極端な主張が怒声のように飛び交う状況に対する静かな抵抗に思えた。
賛否はあるだろうが、本作のような作家性の強い先鋭的な作品が民放のプライムタイムで放送できたこと自体がテレビドラマの持つ豊かさを体現していたと言えるだろう。
火曜ドラマ(TBS系火曜22時枠)で放送された『マイ・セカンド・アオハル』もオリジナルドラマで、脚本は『ゆるキャン△』(テレビ東京系)やリメイク版『東京ラブストーリー』(FOD)などの原作モノのドラマが高く評価されている北川亜矢子が担当した。本作は非正規の仕事を転々としていた白玉佐弥子(広瀬アリス)が30歳から大学の建築学部に入り直す物語。基本的には火曜ドラマらしい、視聴者をキュンキュンさせるラブコメなのだが、人生に何もないまま30歳になってしまった佐弥子の切羽詰まった心情を筆頭に、各登場人物の将来に対する考えが丁寧に描写されており、地に足のついた大人の青春ドラマに仕上がっていた。
一方、『セクシー田中さん』(日本テレビ系)は芦原妃名子の同名漫画(小学館)をドラマ化したもので、こちらも大人の青春ドラマと言える内容だった。物語は派遣OLの倉橋朱里(生見愛瑠)と経理部の40歳・独身OLの田中京子(木南晴夏)がベリーダンスを通じて親友になっていく姿を描いており、朱里と田中を取り巻く人々の姿を通して男女の生きづらさが丁寧に描かれていた。ユニークだったのは、田中と朱里の関係。朱里はベリーダンスを踊る田中をアイドルを見るような視線で見つめ夢中になっていくのだが、一方の田中は普段は引っ込み思案で社内で孤立しており、まともなコミュニケーションができない。そんな田中の相談に朱里が乗っているうちに二人の関係が次第に変わっていくのだが、かつてなら男女の恋愛として描かれていた関係が女同士の友情として描かれるところに、時代の変化を感じた。
『ゆりあ先生の赤い糸』(テレビ朝日系)は、入江喜和の同名漫画(講談社)をドラマ化したもので、『僕の生きる道』(フジテレビ系)等で知られる橋部敦子が脚本を担当した。物語は、刺繍教室の先生として働く伊沢ゆりあ(菅野美穂)が、夫の吾良(田中哲司)がホテルで倒れて意識不明になったことをきっかけに、吾良と隠れて付き合っていた彼氏の箭内稟久(鈴鹿央士)と、吾良をパパと呼ぶ二人の娘がいる小山田みちる(松岡茉優)と共に介護を行う異色のホームドラマ。ゆりあは夫の浮気相手を家族として受け入れる一方、彼女もまた家の改装のために訪れた判優弥(木戸大聖)と恋愛関係になるという、複雑な人間関係が劇中では描かれていく。一つ一つの人間関係はドロドロの愛憎劇という感じだが、ゆりあたちは介護を中心とした生活という目的のために擬似家族として協力していく。その支え合う姿こそが本作の魅力であり、家族という概念の本質をつかんでいるように感じた。
違う角度から新しい家族像を描いていたのが『きのう何食べた? Season2』(テレビ東京系)だろう。本作は弁護士のシロさん(西島秀俊)と美容師のケンジ(内野聖陽)というアラフィフの同性愛者カップルの同棲生活を食事を通して描いたドラマで、原作は2007年から続くよしながふみの同名漫画(講談社)。2019年にSeason1が放送され、21年に映画化された人気シリーズの続編で、脚本は連続テレビ小説『おかえりモネ』(NHK)などで知られる安達奈緒子が担当している。
今回のSeason2では「老い」がテーマとして前面に打ち出されており、職場における責任が大きくなったり、両親の死後の相続の問題などが淡々としたトーンで描かれた。特に踏み込んでいると思ったのが、日本では同性婚ができないため、何かあったときのために、シロさんがケンジと養子縁組を結ぼうとする場面。ここでケンジは養子縁組してしまうと将来結婚できなくなると言って断るのだが、本作がシリーズを重ねていく中で、いつか世の中の方が変わって同性婚制度が実現し、二人が結婚できる未来が来ればいいのになぁと思った。
ユニークな試みだと思ったのが、12月26〜28日にかけてNHKで放送された『あれからどうした』。本作は第1話では会社員、第2話では家族、第3話では警察官のグループが食事をしながら「あれからどうした?」と聞かれた各メンバーが数時間前の出来事について話し始めるのだが、ユニークなのは各自の証言と回想で流れる映像が食い違っていること。
作・演出・編集は佐藤雅彦、関友太郎、平瀬謙太朗の3人で構成された監督集団「5月」が担当。クリエイティブディレクターとしてさまざまなCMや『ピタゴラスイッチ』(NHK Eテレ)などの実験的な教育番組を手掛けてきた佐藤雅彦が参加していることもあってか、コンセプチュアルな映像作品という印象で、ドラマとしての踏み込みが浅く感じたが、おそらくうそを語っている時に漂う気まずい気分そのものを映像にしたかったのだろう。本作のような知的な実験作はNHKでないと作れないので、今後も「5月」による新作を作り続けてほしい。
配信ドラマでは、12月14日からNetflixで配信された『幽☆遊☆白書』が素晴らしかった。1990〜94年にかけて「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載された冨樫義博の人気少年漫画を映像化した本作は、人間と妖怪の戦いを描いたオカルトテイストのドラマ。最大の見どころはVFXを駆使した妖怪と人間のバトルだが、月川翔監督による実写ドラマパートと、アクション監督の大内貴仁によるジャッキー・チェンのカンフー映画を彷彿とさせるアクションシーンのクオリティが高いため、ドラマとして見応えがある。少年漫画の実写化は、アニメと比べて見劣りがするものが多かったが、本作は間違いなく少年漫画の実写映像化の現時点における到達点と言えるだろう。
最後に、2023年11月29日に脚本家の山田太一が亡くなった。
『男たちの旅路』(NHK)、『岸辺のアルバム』(TBS系)、『想い出づくり。』(同)、『ふぞろいの林檎たち』(同)、『早春スケッチブック』(フジテレビ系)などの作品で知られる山田は、日本のドラマ脚本家の偉大なレジェンドだが、最大の功績はドラマ脚本家の地位を大きく向上させたことだろう。
日本のテレビドラマは脚本家の名前を主語として語られる機会が多く、作家性の強い作品に注目が集まる傾向が強いが、これは山田太一、倉本聰、向田邦子といったレジェンド脚本家の功績が大きい。偉大な巨匠を失ったことに喪失感を抱いた一方、これまで山田たちが切り拓いてきたドラマ脚本家の道が、現在の生方美久まではっきりとつながっていることをあらためて実感させられた2023年だった。