民放連研究所では、民放事業者による主にインターネットや新しいテクノロジーを活用したデジタル関連の新規事業領域開拓の可能性やビジネスモデルの探索を行い、民放連会員社の検討に資することを目的として、「民放のネット・デジタル関連ビジネス研究プロジェクト」を2011年度から設置している。
本プロジェクトには、座長に中村伊知哉・iU(情報経営イノベーション専門職大学)学長、座長代理に菊池尚人・慶應義塾大学大学院特任教授を迎え、有識者委員と民放連会員社の委員が参画し、活動を行っている。
このほど、本プロジェクトの2023年度の報告書がまとまったので、その一端を紹介したい。
2023年度報告書の概要~委員の寄稿を中心に
中村座長の巻頭言では、2023年度をAIが席巻した1年と振り返っている。AIの活用への期待がある一方、警戒論・慎重論も渦巻いている。コンテンツ制作に対するAIの最大のインパクトはコンテンツの生産量が爆発的・無限に増えることにあり、将来を見据えてコンテンツやビジネスのあり方を考える時期に来ていると指摘。通信/放送、民間/公共、キー局/ローカル局といった二元論を超えて、民放事業者が自ら「融合」した市場を取りに行く構えが重要と結んでいる。
それに続く菊池座長代理による総論は、「視聴者、スポンサー、そしてAI ~for the rest of Us~」とのタイトルで、現在の社会環境と放送メディアの役割を考察している。2023年度は生成AIに関するニュースが飛び交い、技術的な進化が著しい一方、一般の生活者のAIの認識や利用が進んでいるとは言えないと指摘。1980年代にAppleがMacintoshを発売した時のフレーズ"Computer for the rest of us"になぞらえ、"AI for the rest of us"、つまり「残された我々のためのAI」こそが、今後の世界に必要となるのではないか。そして"the rest of us"に対する橋渡し、すなわち「残された我々」に向けて、確かな情報やコンテンツを提供できるメディアこそが放送ではないかと分析している。AIの活用により、放送が再び魅力的なコンテンツを社会に提供できるチャンスが生まれると期待を寄せている。
各論では、各委員が本プロジェクトでのテーマに関連する内容を寄稿している。概要は以下のとおり。
■海外とわが国のネット映像配信事業の概観 2023年(青山学院大学・内山隆氏)
本稿は、欧米の放送事業者等のインターネット分野での映像配信事業に関連した「民間の動向」と「政策動向」が丹念に整理されている。放送/動画配信事業をめぐる産業の動きや政策動向が俯瞰的に分析されており、また、データやリファレンスも豊富に盛り込まれている。
■地域・世代を超える取り組みとローカルアプローチの再評価(札幌テレビ放送・山本 典弘氏)
地域や世代のボーダーを超えることはローカル局の課題の一つである。本稿では、札幌テレビ放送の具体的な取り組みとして、▽ニュースの「タテ型動画」の自動作成による省力化・効率化、▽スポーツ中継におけるスマートプロダクションシステムによる大幅な省力化と高品質化の両立、▽広域での情報発信と同時アクセス数増加に耐えうるストリーミング配信ビジネスに向けた開発と実証実験――を紹介している。地域情報を絞り込んで発信することがローカル局のアイデンティティを強固にし、その価値が有機的にデジタルと連携することで結果としてボーダーを超え、さらに再び地域に還元されるのではないかと分析している。
■TBSテレビ再放送同意業務のDX化 ~デジタル新技術を活用したシステム内製・投資コスト抑制の最新事例~(TBSテレビ・高澤宏昌氏)
収益改善の検討に際しては、売上向上施策や新規事業創出といったわかりやすい取り組みだけでなく、一見地味である「既存業務のコスト削減・効率化」や「将来の投資コストの抑制」などを有機的に組み合わせることが効果的であると指摘。具体的事例として、TBSテレビの再放送同意業務のDX化の取り組みを紹介している。レガシーシステムが抱える課題や改善すべき点を洗い出し、新システムの開発を進めていく過程が丁寧に解説されている。
■文化放送デジタル事業の取り組み(文化放送・三ツ谷建志氏)
本稿では文化放送のデジタル分野の最近の施策として、▽自社ウェブサイトの運営とウェブメディア事業、▽ポッドキャストやYouTubeなどの外部プラットフォームへの配信施策、▽ラジオ局としてのキャスティングのノウハウを活用したキャスティング事業「Qcasting」、▽番組制作のノウハウを活用した課金サブスク型のプラットフォーム事業――を紹介している。技術畑出身の筆者は、コンテンツや企画内容こそが事業の核であり、技術やシステムはツールである点を特に意識していると強調している。
■「ARM」=ネット・デジタル新時代の地上波広告セールス確立を目指して(日本テレビ放送網・手柴英斗氏)
日本テレビ放送網は2023年11月、放送とネットを広告セールスの領域で融合し、地上波でもネット広告と同様にリアルタイムなプログラマティック取引を実現する、旧来の視聴率にプラスしてインプレッションの指標化をする――などを基本理念に掲げ、ARMプラットフォームの立ち上げ構想を公表した。本稿では、新プラットフォームの根底にある理念から、システム構成、具体的な運用イメージまで現時点の構想が詳細に紹介されている。
■テレビ朝日における「ChatGPT」の活用について(テレビ朝日・林麻里代氏)
生成AIが急速に広がる一方、インターネット上の偽画像や偽動画による問題が表面化しており、民放事業者としてもリスクを認識しつつ上手に向き合っていく必要がある。本稿では、テレビ朝日が生成AIを活用して開発している、記者会見やニュース番組などの生放送・生配信で音声に合わせたテロップをリアルアイムで自動的に作成するシステムを紹介している。革新的な技術を取り込みながら、日々の業務の中で自らも進化していくことがテレビの現場を新しい世界に導くことになると結んでいる。
■フジテレビ、冷凍食品はじめました。~テクノロジーと共創によるコンテンツ事業戦略~(フジテレビジョン・清水俊宏氏)
放送局の仕事は「コンテンツの力で驚きや感動を創り出すこと」であり、必要なのはAIにはない「熱意」であると指摘。民放事業者が持つアセットと、新しいテクノロジーや他社の持つ強みを掛け合わせた具体的事例として、▽ニュース番組『FNN LIVE NEWS α』とYouTube活用の掛け合わせによる展開、▽アニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』とNFTを活用したプロジェクト、▽フジテレビジョン社員が前面に立ち冷凍食品の開発と販売を行う「わたしのための、BIDISH。」プロジェクト――を紹介。テクノロジーや異業種と共創を進め、新時代の伝え方や文化を創ろうと呼びかけている。
■「VRで拡がれ!NARUTO‐ナルト‐の世界」(テレビ東京・高林庸介氏)
VRも活用が期待される新しいテクノロジーの一つである。本稿では、テレビ東京が同社の人気アニメ『NARUTO‐ナルト‐』の新しい展開を模索する「NARUTO×BORUTO VR Mission ZERO」を紹介している。VR技術により、プレーヤーは仮想空間上でナルトの世界に入って人気キャラクターとともに楽しむことが可能である。VRの活用によるさまざまな展開によりコンテンツIPの可能性を拡げることが期待できる。
■放送局としてのロイヤルカスタマー戦略~J-WAVE LISTEN+(リッスンプラス)について~(J-WAVE・村川卓朗氏)
J-WAVEのロイヤルリスナーに対するエンゲージメント施策として、「J-WAVE LISTEN+」を紹介している。J-WAVEのアプリやウェブサイト上で記録できる聴取時間が一定時間を超えるとデジタルステッカーを獲得することができ、それを集めることで番組やイベントと連動した特別な体験にアクセスできる。将来的にはJ-WAVEとリスナーだけの関係性にとどまらず外部に拡げることも検討の視野に入るとしている。
■ローカルコンテンツバンクの取り組み(東京メトロポリタンテレビジョン・大槻貴志氏)
一般社団法人放送サービス高度化推進協会(A-PAB)の実証事業としてスタートした「ローカルコンテンツバンク」プロジェクトでは、新たに構築するバンクシステムにローカル局のコンテンツを集め、メタ情報をもとに生成された1つのプレイリスト(1本のストリーム)が配信プラットフォーム等に提供される。ローカル局が多く抱えている、当該エリアの情報が凝縮されながらも単体で放送することが難しい「路地裏コンテンツ」を活用できる点、コンテンツ制作という本業に集中できる環境を構築できる点で、ローカル局にとって期待できるプロジェクトであると結んでいる。
■公式WEBサイトも"脱『地上波仕様』"(中京テレビ放送・大島健治氏)
世の中に流通するコンテンツが拡大するなか、民放事業者のコンテンツが視聴されるためには、その存在をユーザーに「知ってもらう」ことが前提となる。中京テレビ放送では、地上波放送での視聴を前提に設計していた公式ウェブサイトを「ユーザーファースト」の視点で見直し、全面的にリニューアルを行っており、本稿では経緯やポイントなどを詳細に解説している。生活者との接点の1つであるウェブサイトを有効かつ戦略的に活用して、より多くの生活者に自社のコンテンツに接してもらえる機会・きっかけの創出を目指すとしている。
■『ココすご!』『しごとドーガ』事業(関西テレビ放送・川原悠氏)
関西テレビ放送では、新しい取り組みに挑戦する組織風土の醸成と社員の事業創造力の向上を目的に、「新規事業創出プロジェクト カンテレイノベーションチャレンジ(KIC)」の募集を2021年に開始しており、本稿では、第1回プロジェクトとして採択された2つの事業を紹介。関西地盤の中小企業の魅力を引き出して伝える採用メディア『ココすご!』、企業紹介動画やインタビューVTRを活用し制作したオリジナル番組で、社風や仕事内容などを的確に伝える『しごとドーガ』、いずれも関西に根付くテレビ局ならではの取材力と信頼性の高い情報発信力を活用した取り組みである。
■九州朝日放送の取り組み~マネタイズへの道のり(続編)~(九州朝日放送・水口剛氏)
民放各社においてデジタル分野での新規収益源獲得に向けた模索が続いているが、本稿では、▽自社アプリでの人流データの取得、▽自社アプリでのEC機能強化、▽インバウンド向けのYouTubeチャンネル開設、▽SNSを活用した高校生との接点づくり――といった九州朝日放送における最近の取り組みを紹介している。デジタルの先にはアナログな人の存在があり、ローカル局が生き残るには、視聴者&リスナーと向き合い、一人ひとりと近い存在であり続けることが必要だと筆者は強調している。
結びに代えて
「民放のネット・デジタル関連ビジネス研究プロジェクト」は2011年にスタートした。当時は、地上波テレビがデジタル放送に完全移行し、民放事業者がインターネットの活用やデジタル分野の取り組みに本腰を入れ始めた時期でもあった。
そこから10年以上が経過し、ネット配信やSNS活用は当たり前の時代に入った。本報告書の各委員の寄稿にも、AIの活用、VRの活用、NFT、DXによる既存業務の革新、広告セールスプラットフォームの開発といった多種多様な取り組みが紹介されている。確かな取材力に裏打ちされた情報の信頼性・正確性、地域社会を支え、地域住民の生活を豊かにするという民放事業者が培ってきた価値に加え、新しいテクノロジーを取り込み、社会に新しい価値を提供しようとする各社の試行錯誤が鮮明に描かれている。
本報告書が、民放各社のネット・デジタル関連ビジネスに関する取り組みや議論の一助となれば幸いである。