プラットフォームに対して、ニュースメディアはどう向き合うのか――。
フェイクニュースが氾濫する情報環境で、グローバルな課題となっているのが、そのインフラを握るプラットフォームと、正確な情報発信の役割を担うニュースメディアの関係だ。
ニュースをコンテンツとして掲載するプラットフォームは、その配信元であるニュースメディアに適正な使用料を支払っているか。その算定根拠に透明性はあるか。優越的地位を濫用してはいないか。
公正取引委員会が9月21日に公表した「ニュースコンテンツ配信分野に関する実態調査報告書」は、これらの問題点について、プラットフォームとニュースメディアの交渉力の格差をめぐる調査データを示し、解決に向けた対応を促した。
公取委は、ニュースメディア自身が抱える課題についても指摘している。プラットフォームへの依存度の高さだ。
その依存度は、プラットフォームが支配する生成AIの広がりによって、さらに深刻化が予想される。
持続可能で自律するニュースメディアのあり方が、改めて問われている。
1,000PVあたり平均124円
「2021年度についてみると、平均値は約124円であり、また、最大値は約251円である一方、最小値は約49円と、最大値の約5分の1となっている」
公取委の報告書は、ニュースポータルを運営するヤフー、グーグル、マイクロソフト、LINE、スマートニュース、グノシー、NTTドコモのプラットフォーム7社からの調査で、1,000ページビュー(PV)当たりのニュース使用料(許諾料)の単価について、そんなデータを明らかにした。
取引実態を示すこのような基本的なデータが、これまでは公開されてこなかった。
この使用料について、ニュースメディアの62.9%は「不満」と回答。その理由は、使用料の低さ(86.4%)と算定基準の不明確さ(70.1%)に集中する(※いずれも各ニュースメディアへの使用料支払い額上位3社に関する回答に占める割合)。
「許諾料の水準の根拠となるデータを可能な限り開示することが望ましい」と公取委は促す。
プラットフォームの中で、最も存在感を示すのがヤフーだ。
ヤフーニュースは、各ニュースメディアへの使用料支払い額トップに占める割合で58.7%、上位3社に占める割合で89.8%と突出している。上位3社の割合では、スマートニュース(60.7%)、LINEニュース(51.5%)がこれに続く。ヤフーとLINEは、10月1日付でLINEヤフーに統合されている。
「ヤフーは、取引先であるニュースメディア事業者との関係で優越的地位にある可能性がある。また、事業規模の比較的小さなニュースメディア事業者に対しては、優越的地位にある可能性が相対的に高いと考えられる」と公取委は述べる。
さらに、プラットフォームにこうクギを刺している。
「一方的に契約内容を変更するなどして、著しく低い許諾料を設定することにより、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与える場合は、独占禁止法上問題(優越的地位の濫用)となる」
拡大するプラットフォーム依存
ニュースメディアの6割以上が不満を持っているのに取引を続ける背景には、プラットフォームへの高い依存度がある。
「ニュースプラットフォーム事業者に直接的又は間接的に依存する売上げの割合(許諾料収入及びデジタル広告収入の割合)を見ると、新聞は81.3%、雑誌は85.0%であり、インターネットを介したニュースコンテンツの流通においてニュースプラットフォーム事業者に依存する程度が高い」
しかも、その依存度は拡大傾向にある、と公取委は指摘する。
「(ニュースメディアのデジタル分野の)全体の売上げが増加する中、その内訳として消費者向け販売収入の割合は減少傾向にある一方で、許諾料収入の割合は増加傾向にあり、デジタル広告収入の割合は横ばい傾向にある」
ニュースメディアのデジタル収入は2017年度を1とすると、2021年度は1.42。このうちニュース使用料の割合は16.7%から22.2%へと拡大、自社サイトでのデジタル広告収入は56.1%から56.2%とほぼ変わらないのに対し、デジタル有料購読などの消費者向け販売収入は27.2%から21.6%へと減少している。
ニュースメディアがプラットフォーム依存を低下させる手立ての一つは、デジタル有料購読者の獲得だ。購読料収入の高さは、ニュースメディアの自律性を支える。だが、その獲得が頭打ちになっている現状を、公取委のデータは示す。
ニュースメディアは、ヤフーなどのプラットフォームと比べて、インターネット対応が立ち遅れたわけではなかった。
日本新聞協会のデータによると、1996年4月のヤフーニュース立ち上げまでに、すでに全国紙、地方紙、通信社が25の公式サイトを開設していた。
だがその後の四半世紀の間、ニュースメディア各社はデジタル展開を主力事業としては取り組んでこなかった。
今や、情報空間の"制空権"を握るのはプラットフォームだ。
「民主主義に不可欠」
ニュース使用料をめぐっては、欧州連合(EU)が「デジタル単一市場における著作権指令」(2019年)でニュースメディアに請求権を認めたり、オーストラリアが「ニュースメディア・デジタルプラットフォーム契約義務化法」(2021年)でプラットフォームに対してニュースメディアとの契約を義務付けたりする法整備が相次いだ。
その最新の事例が、今年6月に成立したカナダの「オンラインニュース法」だ。9月1日には施行規則案も公開された。
これらの法整備の背景にあるのは、フェイクニュースの氾濫が民主主義社会を脅かすことへの危機感だ。健全な情報空間の確保には、正確な情報発信を担うニュースメディアが持続可能であることが必要、との共通認識がある。
公取委も今回の報告書の中で、「ニュースコンテンツが国民に適切に提供されることは、民主主義の発展において必要不可欠」と述べている。
公取委は、2021年2月に公表した「デジタル・プラットフォーマーの取引慣行等に関する実態調査報告書―デジタル広告分野の取引実態に関する最終報告書」でも、ニュース使用料について「算定に関する基準や根拠等について明確にされることが望ましい」と指摘している。
だが、「(その後の)改善が見られない」として、2022年11月に今回の調査に踏み切った。
その間の同年6月には、ニュースメディアがプラットフォームに対して共同でデータ開示などを求めることが、「独禁法上問題となるものではない」との見解も示している。
※参照:巨大プラットフォームとメディア 公取委がニュース使用料をめぐる「共同要請」を認めた背景とは?(「民放online」2022/07/25)
「ニュースを見に来ていない」
ヤフーは公取委の報告書公開から4日後の9月25日、早くもニュースメディアとの契約内容の見直しを表明している。
日本新聞協会も10月5日、「ネット上の健全な言論空間を守るため、PF(プラットフォーム)は報道機関と真摯(しんし)に協議するよう求める」との見解を公表した。
ニュース使用料の算定基準の透明化や適正化は、迅速に進めるべきだ。
ただ、ニュースメディアにとって、過度のプラットフォーム依存は持続可能なモデルではない。
ニュース使用料をめぐる法制化が広がる一方で、規制を嫌うプラットフォームは、ニュースコンテンツを排除する動きも見せている。
カナダの「オンラインニュース法」成立を受けて、メタは8月1日から、フェイスブックとインスタグラムでカナダメディアのニュース配信の停止を実施した。
グーグルも同様に、同法施行後にはカナダメディアのニュースのリンクを削除し、同国ではニュース専用タブ「グーグルニュースショーケース」を終了する方針を公表している。
「グーグルニュースショーケース」は、使用料の支払いを求めるニュースメディアへの懐柔策として2020年に立ち上げ、日本を含む22カ国、2,300を超すメディアが契約を結ぶ。カナダでは150を超すメディアと契約しているという。
メタも2019年から、同様のニュース専用タブ「フェイスブックニュース」への配信対価として米国、英国、ドイツ、フランス、オーストラリアでニュース使用料を支払ってきた。
だが、2022年7月には米国で契約終了を各社に通知。今年9月5日には英国、ドイツ、フランスでも年内にこの専用タブを廃止すると発表した。
同社は「人々はニュースや政治的なコンテンツを求めてフェイスブックを利用しているのではない」とし、ユーザーが見るコンテンツのうち、ニュースの占める割合は3%未満だとしている。
情報空間の"制空権"
プラットフォームが握る情報空間の"制空権"は、生成AI時代にさらに拡大の様相を示す。
「ニュースへのAIの導入は、ニュース業界のコントロール権をさらにプラットフォーム企業に譲り渡し、依存度を高める危険性がある」
オックスフォード大学の研究者、フェリックス・サイモン氏は2022年5月の論文で、そう指摘している。
生成AIの開発や実装をリードするのは、マイクロソフト、グーグル、メタ、アマゾンなど、これまでも"制空権"を握ってきた巨大プラットフォームだ。
ニュースメディアによる生成AIの活用は、ニュース制作・配信の多様化など、さまざまな可能性が期待できる。その一方で、これらのプラットフォームが提供するAIを導入することで、ますますその影響下に置かれることになる。
急速なAIの広がりに対し、世界ニュース発行者協会(WAN-IFRA)や米国のニュース/メディア連合、日本新聞協会など各国の報道・メディア26団体は9月6日、「世界AI原則」を発表。知的財産や透明性を担保した責任あるAI開発を求めている。
「生成AIを始めとするAIの急速な普及に代表されるデジタル技術の進展により、ニュースプラットフォーム事業者及びニュースメディア事業者を取り巻く競争環境が更に変化していくことが見込まれる」
公取委は報告書の中でそう指摘し、「生成AI等が競争に与える影響について注視していく」と述べている。
ニュースメディアは、「フレネミー(友であり敵)」としてのプラットフォームと向き合いながら、ニュースを持続可能にする取り組みを迫られている。