2023年民放連賞 テレビ準グランプリ受賞のことば 朝日放送テレビ 『こどもホスピス ~いのち輝く"第2のおうち"~』

長谷川 健
2023年民放連賞 テレビ準グランプリ受賞のことば 朝日放送テレビ 『こどもホスピス ~いのち輝く"第2のおうち"~』

やわらかい春の陽を浴びながら、色鮮やかなグリーンの芝生にカラフルなシートを広げ、この日は家族みんなでピクニック。
きょうだいでバドミントンをしたり、原っぱを追いかけっこしたり。
お父さんは芝生の上でちょっとお昼寝。お母さんはスタッフみんなと紅茶を飲みながら、ほっと一息ついておしゃべりを楽しむ――。

「TSURUMIこどもホスピス」(大阪市鶴見区)に充ち満ちているのは、家族のかけがえのないやさしい時間であり、ぬくもりである。この"なんでもない時間"をここにいる家族が持てるようになるまで、どんなつらさや苦しみ、痛みがあったのだろうか。いまも笑顔の裏には底知れぬ不安があるのかもしれない。それでもここで、みんなが笑い、家族が家族らしい時間を過ごせていることに、こどもホスピスケアの持つ大きな力を感じさせられた。

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<TSURUMIこどもホスピス>

『こどもホスピス ~いのち輝く"第2のおうち"~』は、そんなケアの尊さや温かさを描きたいと思い、2021年の春先から少しずつ撮影を進めてきた作品だ。ときに撮影そっちのけで子どもたちと遊び、一緒に笑って、一緒に泣いた。かけがえのない家族の時間が、私たちが「介入」することで、いつもと違う時間にならないよう心を砕いた。カメラを持たない時間をつくり、関係をしっかり築くことがいかに大切であるか、身にしみて感じた。

2年以上の月日をかけて続けてきた取材。それはときに、エピソードがぎっしり詰まった家族の島からまた別の家族の島へと、長い航海に出ているようなものだった。「この景色を見るために、この旅を続けてきたんだ」。そう思えた瞬間が長い取材の中では幾度もあった。

ドイツのこどもホスピスで愛息・夕青(ゆうせい)くんを看取った石田千尋さん。日本に帰国してもなお、ドイツのスタッフとの交流を通じて励まされ、前を向く姿に、こどもホスピスの真骨頂を見た思いがした。彼女ほど熱意を持って郷里でのホスピス立ち上げを目指している人を、私はほかに知らない。

5歳の時から難治性の神経芽腫と闘っている、小学6年生の土井大地くん。病院と家との往復が続く日々の中にあっても、家族との思い出を懸命に残そうとしている。治療と治療の間には必ずこどもホスピスをみんなで訪れ、思い思いの時間を過ごすことが、入院生活に必要なエネルギーにつながっていた。

こうした家族という島から島へ、ゆっくりと、ときには航路を大きく離れながらも、溺れぬように乗組員みんなが力を合わせてたどり着いた先が、今回の栄えある受賞だと考えている。ただ、それはもちろん最終地点ではない。まだまだ私たちに見えていない景色はたくさんあると思っている。寄港すべき未開拓の島もまだたくさんあるだろう。この先も続く航海の果てに何が待ち受けているか、不安もいっぱい、楽しみもいっぱいだ。

こどもホスピスを全国に普及させようという機運もかつてなく高まっている。各地で子を亡くした親や、小児医療の現場にいる医療関係者らが組織を作り、ホスピス立ち上げを目指す動きが始まっている。こども家庭庁も、行政としてどのような支援ができるのか、全国的な調査に乗り出しているという。これからの社会に一つ、また一つとこどもホスピスが増えていくのは間違いないだろう。こうした動きをこれからも追い続けていきたい。

最後に私事について。この取材を始めた当時の私の肩書きは「新聞記者」。テレビ局で研修する身であったときに出合ったのがこのテーマだった。ドキュメンタリーをつくることの難しさや怖さを嫌というほど思い知らされた。しかし、この世界の奥深さにいつしか魅了されてしまっていた。「こうしたテーマを描き続けることが自分の使命ではないか」。そんなふうに思うようにもなった。

いま、新聞社を辞し、テレビ局の報道局記者として取材現場に立っている。日々の仕事の合間に、またドキュメンタリーを撮り続けている。こどもホスピスというテーマに出合うことがなければこんな人生もなかった。いま一度、こんな大きなテーマに出合わせてくれたすべての方々に感謝したい。

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