2023年冬クール(1~3月)のテレビドラマは、ファンタジーやSFのアイデアを用いて日常を描く作品に光るものが多かった。
バカリズムドラマの総決算『ブラッシュアップライフ』
その筆頭が、お笑い芸人のバカリズムが脚本を担当した『ブラッシュアップライフ』だ。
日本テレビ系で日曜22時30分から放送されていた本作は、33歳で命を落とした近藤麻美(安藤サクラ)ことあーちんが、来世で人間に生まれ変わるための徳を積むために同じ人生を何度もやり直すという物語で、SFで言うところの"タイムリープ"を題材にしたドラマだ。タイムリープというアイデア自体は日本のフィクションに定着して久しく、決して目新しいものではないが、本作の独自性は、主人公のあーちんが常に冷静で、淡々としているところ。
また、主人公の目的が「徳を積む」ためだからか、作品自体のトーンも妙に倫理的で、タイムリープモノにありがちなギャンブルで一攫千金を狙うといった私欲を追求する行動をしないのも珍しい。
あーちんはタイトルの通り人生を"ブラッシュアップ"していき、初めは地元の市役所職員だったが、二度目の人生では薬剤師、三度目の人生ではテレビドラマのプロデューサーといった感じで、職業がどんどん変わっていく。
友達のお父さんの不倫を阻止したり、元担任の教師が痴漢冤罪に巻き込まれるのを防ぐといった善行を積むことで、人間に生まれ変わろうと奮闘するのだが、やがて彼女の他にもタイムリープを繰り返している人間がいることが次第にわかってくる。
タイムリープというSF的アイデアを用いることで、先が読めない謎に満ちた物語となっているのが本作の面白さだが、同時に散りばめられているのが、懐かしの"あるあるネタ"。プリクラ、ポケベル、シール交換といった1990~2023年にかけて流行したモノやその時代のヒット曲、テレビ番組が劇中には多数登場する。
中でも力が入っているのがテレビドラマにまつわる描写。『ポケベルが鳴らなくて』(日本テレビ系)や『家政婦のミタ』(同)の主題歌がエンドロールで流れるかと思いきや、三度目の人生であーちんが日本テレビのAP(アシスタント・プロデューサー)になると『Woman』や『家売るオンナ』といったドラマに関わるようになり、ついにはあーちんが初めてプロデュースするドラマ「ブラッシュアップライフ」まで、作られることに。物語も楽しいが、懐かしの"あるあるネタ"やテレビドラマネタを追っているだけでも、充分楽しめる。
お笑い芸人として活躍する傍ら、バカリズムはテレビドラマや映画の脚本も多数手がけており、『架空OL日記』(日本テレビ系)で2017年度の向田邦子賞を受賞している。彼のドラマは大きく分けると『素敵な選TAXI』(フジテレビ系)のような時間を題材にしたSF的アイデアを駆使した作品と、『架空OL日記』のような、必要以上に声を張らないおしゃべりを延々と見せていくリアルな会話劇の面白さを追求した作品に分かれるのだが、『ブラッシュアップライフ』では両者の要素が有機的に融合しており、これまでバカリズムが書いてきたドラマの要素が集まった総決算と言える作品となっていた。
また、『ブラッシュアップライフ』に先駆けて、バカリズムが各話の案内人を務めるオムニバスドラマの第三弾となる『ノンレムの窓 2023・新春』(日本テレビ系)も放送された。
バカリズムは原案と、第一話「匿う男」の脚本を務めている。印象としてはコメディ色の強い『世にも奇妙な物語』(フジテレビ系)といった趣で、今後、バカリズムの新たな代表作となっていくのではないかと思う。
見応えのあるSF作品も
SFドラマという意味では深夜ドラマ『City Lives』(フジテレビ系)が鮮烈だった。
本作は針谷大吾と小林洋介が原作・脚本・監督を務めた作品で、都市に擬態する世界一大きな生物〈街〉を観測する二人の保護官を取材する姿を描いたドラマだ。
映像表現としても本作はユニークで、テレビクルーが保護官を取材する映像を通して展開されるモキュメンタリー(疑似ドキュメンタリー)となっている。そのため、淡々と話が進んでいくのだが、舞台が、巨大生物が擬態した都市なので、街中の風景はどこかちぐはぐで異物感のある物語となっている。全3話と短い話数の中できれいにまとまっており、90年代にフジテレビで放送されていた不穏な手触りのある深夜ドラマを思い出させる作品だった。
一方、NHKのドラマ10(火曜22時枠)で放送された森下佳子脚本の『大奥』は男女の社会的立場が反転した架空の江戸時代を描いたSF時代劇。
よしながふみの同名漫画(白泉社)を原作とする本作は、赤面疱瘡(あかづらほうそう)と呼ばれる伝染病が流行したことで若い男の数が激減した江戸時代を舞台にした歴史ドラマだ。
社会の労働のほとんどは女が担うようになり、徳川家の将軍も代々女が受け持つようになるのだが、本作が面白いのは、歴史上の人物の性別が逆転した形で登場すること以外は史実を忠実になぞっていることで、物語は家光(堀田真由)、綱吉(仲里依紗)、吉宗(冨永愛)といった徳川家の歴代将軍を主人公にしたドラマがリレー形式で進んでいく。
次々と時代と登場人物が入れ変わっていく中、260年近くある架空の江戸時代を描くことが本作最大の魅力で、"超"大河ドラマとでも言うような壮大なスケールの物語となっている。また、赤面疱瘡という伝染病が社会そのものを変えてしまう展開も、新型コロナウイルスの世界的流行を体験した我々にとっては身に覚えのあることが多く、パンデミックドラマとしても見応えのあるものとなっている。今クールで描かれたのは吉宗の時代までで、10月からシーズン2となる「医療・幕末編」の放送が予定されている。大河ドラマで培ったノウハウが生かされた豪華絢爛なSF時代劇で、今の時代にふさわしい物語だったと言える。
見守ってくれる存在として描かれた幽霊
一方、幽霊譚というファンタジーを組み込んだのが『100万回 言えばよかった』(TBS系、以下『100万回』)と『6秒間の軌跡~花火師・望月星太郎の憂鬱』(テレビ朝日系、以下『6秒間』)だ。
金曜ドラマ(TBS系、金曜22時枠)で放送された『100万回』は、幽霊となった鳥野直木(佐藤健)が、恋人の相馬悠依(井上真央)を見守る姿を描いた安達奈緒子脚本の恋愛ドラマだ。
直木は自分の存在を知覚することができる刑事・魚住譲(松山ケンイチ)に仲介してもらうことで、悠依とコミュニケーションを取ろうとする。一方、魚住はマンションで起きた強盗殺人事件を追っており、直木もその事件に関わっていたことが次第に明らかになっていく。悠依と直木の間に入り通訳のような役割を果たす魚住のやりとりが楽しく、井上真央、佐藤健、松山ケンイチの芝居の応酬は毎話見応えがあった。一方、魚住が追う殺人事件の背後で蠢く犯罪組織の描き方はとてもシリアスで、安達が脚本を担当した特殊詐欺を題材にした刑事ドラマ『サギデカ』(NHK)を彷彿とさせる展開となっていた。
直木を中心とした幽霊の描写がユーモラスで温かいものとして描かれているのに対し、犯罪関連の描写は重々しく、本当に恐ろしいのは生きている人間なのだと実感させられた。
一方、橋部敦子が脚本を手掛ける『6秒間』は、山梨の花火店を舞台にしたホームドラマで、花火師の望月星太郎(高橋一生)と、突然弟子入りしてきた水森ひかり(本田翼)、そして星太郎を見守る幽霊の父・航(橋爪功)の三人の物語。幽霊の父は星太郎にしか見えない存在で、星太郎がひかりと話していると口を挟んでくる姿をコミカルに描いていた。
どちらの作品も幽霊に対するアプローチは、伝言ゲーム的なコミュニケーションの面白さを描くためのアイデアといった印象で、「呪い」や「怨念」といったホラー的な要素は薄く、姿こそ見えないが、いつも見守ってくれている存在として描かれていたのが興味深かった。
不安定に揺れ動く現実をリアルなタッチで描写
SFやファンタジーのテイストがテレビドラマの中に入ってきているのは、コロナ禍に入り、私たちを取り巻く現実が、いつ何が起きてもおかしくない不安定なものへと変わり、生と死の境界が曖昧になってきているからではないかと思う。そんな私たちの不安定に揺れ動く現実を、ファンタジーではなくリアルなタッチで描いたのが、テレビ東京系のドラマ24で放送されていた『今夜すきやきだよ』だ。
本作は内装デザイナーの太田あいこ(蓮佛美沙子)と絵本作家の浅野ともこ(トリンドル玲奈)が共同生活を送る様子を描いた物語だ。
毎話、おいしい料理を食べる場面が登場するグルメドラマの中に、仕事や恋愛にまつわる現代の女性が直面しているさまざまな悩みがリアルなタッチで描かれていた。一見、緩い作りに見えて、価値観が大きく変容していく現代の空気が強く反映されたドラマである。