2025年夏クール(7~9月)のテレビドラマは、令和ならではのユニークな切り口の学園ドラマが印象に残った。
令和の若者たちに真正面から向き合う
『僕達はまだその星の校則を知らない』(関西テレビ・フジテレビ系、以下『ぼくほし』)はスクールロイヤーを主人公にした学園ドラマ。
濱ソラリス高校に派遣された弁護士・白鳥健治(磯村勇斗)は、スクールロイヤーとして、いじめや盗撮といったトラブルに立ち向かっていくのだが、学校内で起きた生徒や教師のトラブルを法律で裁くことができるのか? という問いかけが劇中では繰り返される。同時に描かれるのが、天文部の顧問となった健治と生徒たちとの交流で、こちらは抒情性溢れる学園ドラマとなっていて、映像も素晴らしかった。
脚本を担当する大森美香は90年代末から活躍するベテラン脚本家で、00年代に『カバチタレ!』(フジテレビ系)、『不機嫌なジーン』(同)、『きみはペット』(TBS系)といった連続ドラマを手掛けて大きく注目された。近年は、連続テレビ小説『あさが来た』(NHK、2015年)や大河ドラマ『青天を衝け』(同、2021年)といった時代モノの印象が強いが、彼女の本領は現代日本を舞台に社会問題に切り込んだときにこそ発揮される。
同じ大森美香の作品で『ぼくほし』と同クールにNHKで放送された『ひとりでしにたい』は、終活という現代的なテーマを扱った連続ドラマで、シリアスな社会問題をコメディとして見せていく語り口が実に見事だった。9月末には、認知症を患った老刑事が過去に因縁のあった犯罪者を自分が殺したのではないか? と苦悩する姿を描いた単発ドラマ『憶えのない殺人』がNHK BSで再放送された。これら3作とも見事な仕上がりとなっており、この夏は大森美香一色だった。中でも『ぼくほし』のクオリティは突出しており、令和の子どもたちの抱える問題と真正面から向き合った学園ドラマを若者たちに届けたいという志の高さを感じた。
『ちはやふる―めぐり―』(日本テレビ系)も、ユニークな学園ドラマだった。本作は競技かるたの世界を描いた末次由紀の青春漫画『ちはやふる』(講談社)が原作だが、物語は映画版『ちはやふる』三部作のその後を描いたものとなっており、映画で監督を務めた小泉徳宏が複数の脚本家を統括するショーランナーとしてクレジットされている。
主人公の藍沢めぐる(當真あみ)は、放課後はアルバイトと塾通いで、バイトの隙間時間にスマホで積立投資をするタイパ重視の高校生。中学受験に失敗したことで青春を楽しむことは贅沢だと考え、FIRE(経済的自立による早期退職を目指すライフスタイル)することが目標だったが、古文非常勤講師で競技かるた部顧問の大江奏(上白石萌音)に導かれ、競技かるたの魅力を知ることになる。最終的に映画と同じように競技かるた対決を魅力的に描く熱血ドラマに変わっていくのだが、主人公のめぐるは青春を楽しむこと自体を贅沢品と考えており、なかなか競技かるたの世界に飛び込もうとしない。そのため序盤は彼女の姿にモヤモヤするのだが、この簡単に飛び込めない姿こそ令和のリアルだと感じた。
コロナ禍の影響もあってか、令和の学園ドラマは静かで淡々としたものが多く、平成なら主人公にはならなかったタイプの若者の内面を掘り下げたものが多い。深夜ドラマ『量産型ルカ‐プラモ部員の青き逆襲‐』(テレビ東京系)もそういう作品だった。
本作はプラモ部に入った女子高生2人を主人公にした学園ドラマ。高嶺瑠夏(賀喜遥香)と瀬戸流歌(筒井あやめ)の2人は幼馴染で、いつも一緒にいるためルカルカと呼ばれている。高校3年まで帰宅部だった2人だが、顧問の"よもさん"こと蓬田篤宏(岡田義徳)に勧められて、プラモ部に入部することになる。
主演の2人は乃木坂46のアイドルで、本作は元乃木坂46の与田祐希主演で作られた『量産型リコ』シリーズの後継作となっている。
アイドルがプラモを作る姿を魅力的に撮るというコンセプトは同じだが、『量産型リコ』が20代の女性を主人公にしたお仕事モノ&ホームドラマだったのに対し、『量産型ルカ』は学園ドラマとなっている。タイトルにある「量産型」とは、何でも器用にこなすが突出した個性も目標もない量産型女子という意味で『量産型リコ』では使われていたが、本作では顧問のよもさんが高校生活を「量産型時代」だと言い、他の生徒と同じような姿にまずは育ち、少しずつ自分というものが出来上がっていく――と学生時代について語っている。そんなよもさんの言葉のとおり、ルカルカはプラモ作りを通じて、将来について考えるようになっていく。
深夜ドラマゆえに『ぼくほし』や『ちはやふる―めぐり―』と比べると、コンパクトな作りだったが、このサイズ感が「量産型」というテーマとマッチしていた。『量産型リコ』と同じようにシリーズ化してほしい。
楽しめた大人のドラマ
一方、大人のドラマだったのが大石静脚本の『しあわせな結婚』(テレビ朝日系)。
本作は50歳の弁護士でテレビ番組のコメンテーターとしても活躍する原田幸太郎(阿部サダヲ)が45歳の非常勤美術教師・鈴木ネルラ(松たか子)と結婚したことによって起こる騒動を描いたマリッジ・サスペンス。ネルラは、自身の恋人である芸術家を殺害した犯人ではないかと警察に疑われており、物語は事件の謎を少しずつ開示していく考察系ミステリーの要素と、謎めいた女・ネルラと幸太郎がどう関わっていくのか? という夫婦の物語が同時展開されていく。
主演の阿部サダヲと松たか子は何度も共演しているが、テレビドラマでは本作と同じテレビ朝日で放送された坂元裕二脚本のSPドラマ『スイッチ』が印象深かった。『しあわせな結婚』は『スイッチ』はもちろんのこと、『カルテット』(TBS系)、『大豆田とわ子と三人の元夫』(関西テレビ・フジテレビ系)といった松たか子主演の坂元裕二脚本のドラマの雰囲気を積極的に取り入れており、他にも阿部サダヲ主演で宮藤官九郎脚本のドラマ『不適切にもほどがある!』(TBS系)の影響も伺える。つまり、近年の話題作の本歌取りと言えるドラマなのだが、そうでありながら、大石静ならではの夫婦のドラマに仕上がっていたのが見事である。
2024年の大河ドラマ『光る君へ』(NHK)は大石の集大成と言える作品だったが、本作は新境地であり、脚本家としてまだまだ現役であることを証明する仕上がりだったと言えるだろう。
注目したい意欲作も
また、意欲作だと感じたのが『DOPE 麻薬取締部特捜課』(TBS系)。本作は新型ドラッグ「DOPE」が蔓延する日本を舞台に麻薬取締部特殊捜査課(特捜課)の刑事たちの活躍を描いたドラマだが、実は「DOPE」には、まれに服用した者を異能力者に覚醒させる副作用があり、特捜課の刑事たちもまた、腕力や聴覚が異常発達した者や、未来が見える者といった、人知を超えた異能力を持つ者たちのチームだった。
『DOPE』は、漫画やアニメで人気コンテンツとなっている異能力バトルと麻薬を取り締まる刑事ドラマの要素を組み合わせたユニークな作品である。『SPEC〜警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿〜』(TBS系)や『全領域異常解決室』(フジテレビ系)など、異能力バトルの要素を連続ドラマに取り入れる試みは、これまで何度か行われてきたが、漫画やアニメと比べるとまだまだ試行錯誤の段階だ。
『DOPE』もドラッグと異能力を絡めた設定や刑事ドラマとして見せるアイデアは悪くなかったが、ドラマならではの映像文体を確立できたかというと、もの足りない部分も多かった。だが、この志は買いたい。本作での経験を活かし、いつか連続ドラマならではの異能力バトルモノの傑作を生み出してほしい。
若い脚本家の活躍も
最後に触れておきたいのが、現在、NHKの夜ドラで放送されている『いつか、無重力の宙(そら)で』。
本作は、月~木に放送されている帯ドラマで、1話あたり15分と短いが、密度の濃い話が毎話展開されている。物語は元天文部の30代の女性4人が超小型人工衛星を作ることで宇宙を目指す大人の青春ドラマで、広告代理店勤務の望月飛鳥(木竜麻生)の職場の描写を筆頭に今の30代が置かれている環境を淡々と描く筆致が実に見事だ。一方、高校時代の天文部の4人の回想は青春ドラマとして眩しく、現在パートと過去パートの2本のドラマが同時進行しているような面白さがある。
脚本の武田雄樹は2024年、NHKで書いた単発ドラマ『高速を降りたら』で注目された新人で、オリジナルの連続ドラマを書くのは本作が初めて。
『silent』(フジテレビ系)で新人脚本家の生方美久が成功して以降、各テレビ局では若い脚本家にオリジナルの連続ドラマを書かせようという機運が高まっている。そんな流れの中で本作も登場したのだが、テレビドラマにとっては実に良い流れが生まれていると感じた。