朝日放送テレビ(ABCテレビ)と吉本興業主催の漫才コンテスト『M-1グランプリ』の第18回大会の決勝戦が2022年12月18日に放送された。2001年から始まった同大会。10年に一度終了したが15年に再開し、以降は毎年12月に決勝戦を開催している。着実に成長を続け、ファンを増やしている同大会・番組のチーフプロデューサーを務める桒山哲治さん(=写真㊦)に制作のこだわりや工夫などをうかがった。
――2022年大会の手応えは。
視聴率は毎年史上最高を目指していますが、2022年は個人全体の視聴占拠率(視聴全体を100として各局が占める割合)が関西地区で歴代1位(ビデオリサーチ調べ)で、関西の人は本当に漫才を愛していると思いました。
――出場者のエントリー数が7,000組を超えましたね。
大会の盛り上がりがエントリー数につながっています。参加組数の半分以上はアマチュア漫才師の皆さんで、おそらく頂点を目指すのではなく、「漫才をやってみたい」「友達・親子でやってみよう」という動機だと思います。漫才が芸人さんだけのものでなくなり、学校や家族など、日常に溶け込んでいると感じます。また、ナイスアマチュア賞(予選1回戦で印象に残ったアマチュア漫才師1組を選定する)を2016年から始めました。その中からプロになる人も出てくるなど、アマチュアの盛り上がりが今につながっていると言えます。
賞レースのトップランナーとして
――YouTubeなどでの多角的な展開の狙いは。
「テレビだけじゃない時代」に合わせるのが狙いです。また、技術・美術スタッフと「M-1をいろんな分野の総合芸術にしたい」とよく話しています。例えば、バーチャルが発展してきたり、TikTokが出てきたりした時には、M-1と組み合わせて何か展開できないか考えます。まだ漫才のファンじゃない人にもっと触れてもらうため、さまざまな担務の人間が議論します。「こんなことをやってみたい」という声は会議でよく出てくるし、「面白そうだからとりあえずやってみよう」という雰囲気を大切にしています。
今回のオープニングで流した総合演出肝いりのドローンショーもそのひとつです。きれいに見えすぎて、視聴者にはCGと思われていたようですが......。「中継」の文字や協力会社の名前を入れたり、地上からドローンが上がるところを映したりする必要があったと反省しています。今後も、最新技術とはコラボしていきたいです。
<ドローンショーをオープニングで実施>
――最新技術とコラボする理由は。
スタッフとしては賞レースのトップランナーという自負があるので、ほかがやっていないことをやりたいと思っています。その技術を一番初めに使ったのが「M-1」だ、と後世に語り継ぎたいですね。ドローンも六本木で飛ばすのは無理と言われていましたが、演出チームが粘りを見せ、調整を重ねてなんとか飛ばしました。毎年、あらゆる面で前回大会を超えようとスタッフ全員が心がけているので、最新技術は分かりやすく超えられる要素だと思うので積極的に取り入れていきたいです。
裏側に密着
――『M-1グランプリ アナザーストーリー』(2022年は12月26日放送)の手応えは。
『アナザーストーリー』として定期的に放送し始めたのは2018年からで、"M-1の裏側"もコンテンツになると考えました。ABCテレビは『熱闘甲子園』を制作しているので、大会にかける人たちの密着ドラマを描くのが得意です。だから、M-1の決勝の日の裏側に密着しようと始めました。今では恒例になってきましたし、ウエストランドさんがネタでいじるぐらいになったので、これから変革が必要だと考えています。
――ABCラジオでラジオドラマ(2022年11月12日、19日)を放送されましたね。
過去M-1に携わり、今はドラマ班にいるスタッフから「アマチュア漫才師にスポットライトを当ててドラマを作れないか」と提案がありました。アマチュア漫才師がM-1に挑んだ理由などを深掘りし、ラジオドラマで描きました。今回はテスト版として2回オンエアし評判もよく、次回はさらなる展開をしていきたいですね。これまでスポットライトを当ててなかった部分を取り上げられて手応えを感じました。
「ガチンコ」というブランディング
――敗者復活や「ワイルドカード」(GYAO!の再生数で準決勝進出者を1人決める)などの狙いを教えてください。
予選の部分をオープンにして、きちんと面白い人が評価されるようにすることで、「ガチンコ」というブランディングができると考えています。テレビショー的な盛り上げとのはざまに揺れますが、ガチンコを優先して「芸人ファースト」を念頭に置けば、大会の本質はブレません。コンセプトを残したうえでもっと盛り上げるにはどうするかを考えていくのがわれわれの仕事です。
――このほか、変えてないコンセプトは。
4分というネタ時間制限と「とにかくおもしろい漫才」という審査基準は、ずっと変えていないです。これらは黄金の不文律だと思います。審査基準も大会を重ねると肉づけしたくなるところだと思いますが、「とにかくおもしろい漫才」のままブレずに維持する点に、「おもしろければ勝つ」というガチンコ賞レースとしてのメッセージが入っています。不遇の人・実績がない人でも「おもしろい漫才」を作れば一躍スターになれるという可能性があるのは熱いですよね。
「出場者のメリット」を心がける
――逆に変えたところは。2017年からネタ前の紹介VTRが長くなった印象ですが。
2つ要因があり、1つは2017年から「笑神籖(えみくじ、ネタを披露する出番順を直前に決めるもの)」を導入したこと。ネタ順が当日に決まるので、芸人さんがネタを披露するまでに少し時間が必要でした。もう1つは、例えば2016年のカミナリさんの漫才を受けて反省点があったからです。2人が幼なじみだという前提がないと、頭を強く叩くことに違和感が出るおそれがあると思いました。どういうコンビなのか、年齢や出身地、関係性など最低限の情報を出さないとネタに影響が出るかもしれないと反省しました。この2つをクリアするために紹介ⅤTRを設けました。ただ、本人がしゃべる感情的・主観的なものではなく、データや事実という客観的なものを紹介しフラットにしています。
――M-1復活後、大会がさらに盛り上がったと感じたのはいつですか。
あらためて「M-1」の盛り上がりを感じたのは、2018年からだと思います。霜降り明星さんという最年少コンビが優勝し、その後スターになり彼らが「第7世代」というワードも生み出しました。実力ある若手がきちんと評価され、「おもしろければ勝てる、スターになれる」という大会コンセプトを体現してくれたようなものです。
<2018年最終決戦で霜降り明星が4票獲得し優勝>
――その次の2019年も盛り上がりましたね。
決勝経験者もいながら、無名のミルクボーイさん、「人を傷つけない笑い」というワードを生んだぺこぱさんなど、初出場組が多い年でもありました。以来、ファイナリストに初出場組が多くても、スタッフが不安がらないようになった気がします。
――大会を盛り上げるうえで心がけることは。
▷大会に出ることをメリットに感じる出場者▷大会をコンテンツに仕上げる制作者▷番組を楽しむ視聴者――、3者の思惑がうまく合致しているかが大切です。制作者と視聴者の思惑ばかりをメインにすると、想定を超えない予定調和なコンテンツに寄りすぎるし、出場者側のメリットばかりを考えてもうまくいきません。また、賞レースである以上、大会としては「出場者ファースト」が不可欠です。コンテスト形式のコンテンツを始めるにあたり、出場者が大会に出るメリットがあるかどうか、常に意識せねばならないと考えています。
M-1のようなコンテンツは一朝一夕では絶対作れないです。少なくとも数年かけないと同じような"うねり"のある大会はできないと思います。
――今後の展望は。
次々回の第20回では、エントリー数が1万組を超えることがひそかな野望です。漫才師が2万人いるというとインパクトもあるし、国民的行事・国技みたいに盛り上がってくれればと願っています。
(2023年1月26日、朝日放送テレビ東京オフィスにて
/取材・構成=「民放online」編集担当・梅本樹)
桒山 哲治
朝日放送テレビ・コンテンツプロデュース局東京制作部
1982年生まれ。2005年朝日放送(現朝日放送テレビ)入社。スポーツ部でスポーツ中継や『熱闘甲子園』のディレクターを経て2008年より制作部へ異動。『今ちゃんの実は...』や『松本家の休日』のプロデューサーを歴任し、現在は『M-1グランプリ』『ポツンと一軒家』などの全国ネット番組のプロデューサーを担当。