地震や台風だけでなく線状降水帯による大雨など、新たな災害が日本列島を襲うようになった。災害の混乱に乗じた生成AIによる偽情報や影響工作もソーシャルメディアでは拡散しており、人々の情報環境は複雑さを増している。テレビ受信機を持たない世代も増えている中で、テレビ局には情報を届ける力が求められている。
状況の曖昧さが不確実情報を拡大する
災害時には不確実な情報が広がりやすい。心理学者のオルポートとポストマンは、流言の量は問題の重要性と状況の曖昧さの積に比例するという有名な「噂の公式」を示している。災害は大規模になればなるほど情報が混乱して状況をつかむことが難しく、人の生死にかかわることから重要性が高いため不確実な情報が広がりやすくなる。
災害情報学の第一人者である廣井脩は、災害などの緊急事態時に見知らぬ人を通して急速に伝播して収束するのも早い「噴出流言」と日常でゆっくりと伝播して収束するのが遅い「浸透流言」に分類している。場所を問わないソーシャルメディアでは「噴出流言」が爆発的に増加する。
筆者が2016年の熊本地震時に「熊本 地震」を含むツイートを収集して分析した際のデータでは、発災後に急速にツイートが増加し、1週間ほどで減少した。システムによる分析ではツイート元のエリアは関東が約半分もあった。具体的な救助要請ツイートにおいても首都圏在住者とみられるアカウントがコピーして投稿したものがあった。不安だけではなく、家族や知人を心配したり、被災地に情報を提供しようと善意で投稿したりすることで、さまざまな情報がソーシャルメディアに流れ込み混乱は増大していく。
さらに、線状降水帯による豪雨のように予測が難しく、複数のエリアで同時に長期間続くような災害が起きると状況は曖昧さを増し、不確実な情報がさらに拡大することになる。
不安定で複雑すぎるネット情報
ソーシャルメディアは2011年の東日本大震をきっかけにTwitter(現X)の利用が注目されたこともあり、災害時の情報インフラとして位置づけられてきた。新聞やテレビに比べてリアルタイムであること、地域の細やかな情報が手に入ることが特徴だ。東日本大震災では給水所、食料配布、お風呂提供などはマスメディアではカバーし切れない情報で、人々の被災生活を支えるよりどころとなった。電車の遅延など身近なトラブルが起きるとⅩを見るという人も多いだろう。
2022年に起業家のイーロン・マスクがTwitterを買収し、上場が廃止されたことにより、Xには名称が変わるだけでなく、運営方針や機能変更が相次ぎ、混乱が生じている。岩手県花巻市や埼玉県草加市など複数の自治体の運営するアカウントが凍結されたが、凍結の理由や解除の方法は説明されることはない。何より、人々に情報を届けるアルゴリズムが不透明で、どのように届くのかが分からない。これでは情報インフラとして信頼を置くことができない。
ソーシャルメディアだけでなく、ネットでは災害に関する情報提供は手厚くなっている。天気では気象庁だけでなく、ヤフーやウェザーニュースといったアプリがあり、予報だけでなく雨雲の動きも見ることができるようになった。国土交通省の防災情報サイトには、洪水予測、川の水位、河川の様子を配信するカメラ、ダム放流通知などが紹介されている。
細やかな情報が提供されて便利になり、高いリテラシーを持つ人には有益だろう。しかし、命の危険が迫るような状況で、さまざまなサイトから情報を収集し、分析し、的確な判断を下すことができるのだろうか。人々の情報環境は不安定さと複雑さを増し、高度な判断が求められるようになっている。
むしろ、多くの人々に同時に正確な情報を届けることができるテレビ放送は良い面がある。
役割が大きいテレビの危機
2022年に行われたミドリ安全.comの調査によると、地震や火事などの緊急災害発生時に情報を得ることが多いのは、テレビが57.2%、ヤフーニュースなどのポータルサイトが42.9%、Xが32.6%となっている。興味深いのは18-27歳ではXがテレビを上回り、YouTubeが3位に入っていることだ。58-76歳ではラジオが3位に入っている(1)。
実際の災害ではどうか。2018年に西日本などで大きな被害を出した西日本豪雨に対する広島市の調査では、避難情報を入手したのはテレビの割合が全年齢で高い。次に緊急速報メールや市防災情報メールとなっている。インターネットやソーシャルメディアは全年齢で非常に低かった(2)。
テレビ放送の役割は依然として大きいが、問題はテレビ放送を見ることが難しくなりつつあることだ。29歳以下男性単身世帯では7割程度しかテレビ受信機を持っておらず、テレビ受信機離れが進んでいるとの指摘がある(3)。携帯電話向けのワンセグも、いまは対応機種が一部に限られている。民放各局が見逃し配信サイトTVerを運営しており、リアルタイム配信も始まっているが、NetflixやAmazonプライム・ビデオと同様のオンデマンドサービスとして、災害時に見るべきサイトとは位置づけられていない。
YouTubeへの展開、ヤフーなどポータルサイトへの配信も強化している。しかしながら他企業が運営するプラットフォームを利用しているにすぎず、人々への情報伝達はコントロール不可能であり、災害時には膨大な玉石混交のコンテンツに飲み込まれてしまう。
NHKは防災アプリを提供することで、これらの問題を解決しようとしているが、民放各局は自ら、情報を求める人々から遠ざかっているようにみえる。この危機的な状況を深刻に受け止める必要がある。
リスクが高いソーシャルメディア取材
災害時に正確な情報を提供するのもテレビ局の重要な役割であるが、取材は難しくなっている。ソーシャルメディアの投稿により、被災現場は見慣れた光景となっているが、投稿は玉石混交である上に、混乱状態で事実確認が難しいため誤報が繰り返されている。
熊本地震では「イオンモール熊本で火災」という誤情報を放送し、西日本豪雨では岡山県総社市のアルミ工場の爆発映像として中国での爆発事故の映像を放送した。このようにテレビがフェイクニュースの「拡声器」になる問題についてはすでに指摘した(4)。
さらに生成AIの登場により真偽の見極めがさらに困難になっている。2022年の台風15号により静岡県内で水害が起きた際には、生成AIで作られた偽画像がXに投稿されて拡散した。投稿者は画像を転載した利用者に対し「ネットリテラシーのなさが露呈しましたね」などと挑発的な謝罪を行った。
このような愉快犯の投稿に、前述した不安や善意が掛け合わされ混乱は拡大していく。アテンション・エコノミーに駆動された広告収入を得ようとインフルエンサーなどが不確実な情報を発信する場合もあるし、外国による影響工作が行われる可能性もある。
特に影響工作については、福島第一原発からの処理水の海洋放出に対し、中国のソーシャルメディアで偽情報が拡大している状況を深刻に捉える必要がある。既に台湾では選挙や災害時などニュースに対する関心が高まる際に、ソーシャルメディアに不確実情報が投稿することで混乱を拡大させようとする動きがあり、ファクトチェック団体などが警戒を高めている(5)。
ソーシャルメディアの投稿の取材リスクをテレビ局の現場が理解しているのかというと甚だ不安ではある。ただ、ソーシャルメディアの投稿を災害報道に使うことを禁止することは現実的ではない。誤報への対策や影響工作へのリスクを理解した取材プロセスを構築すべきではないだろうか。
連携した災害時の取材プロセスの構築を
まず、テレビ局が取り組むべきは、ソーシャルメディアやインターネットのプラットフォームに頼らずに、人々に直接情報を届けることができる仕組みを構築することである。災害時「何かあればここを見ておけばよい」と人々が思える媒体になる必要がある。
現状の情報環境を考えればプラットフォームを無視することは難しい。アテンション・エコノミーに駆動されたインフルエンサーの不確実な投稿や「こたつ記事」のような取材や検証が不十分な記事を配信するネットメディアや一部スポーツ紙の発信する投稿と、取材や検証を行ったニュースを読者・視聴者が簡単に見分けることができる表示が必要だ。緊急時に人々に玉石混交の情報を見分けるという負担を軽減しなければならない。
もうひとつは、系列を超えて災害時のソーシャルメディア対応チームをつくることだ。中京地区では民放4局が災害時にヘリコプター取材を分担する運用を行っている。ソーシャルメディアも広大な取材現場だと考えれば、系列を超えて協力しなければ的確な取材は難しいはずだ。影響工作などの知見を共有する専門的な記者の育成も行わなければならない。
正確なニュースこそが災害時の命綱であり、偽・誤情報の対策となり得る。テレビ局にはもう一歩踏み込んだ取り組みが必要となっている。
(1)~災害時の情報収集方法を世代別に調査~災害時の情報取得メディア、全世代ではテレビが最多 57.2% Z世代ではTwitterが最多の55.6%
(2)平成30年7月豪雨災害における 避難対策等の検証とその充実に向けた提言
(3)なぜテレビを持たないのか?part1~「データが語る放送のはなし」③
(4)フェイクニュースの生態系に呑み込まれるテレビ
(5)ニュースと影響工作の関係については、『ネット世論操作とデジタル影響工作―「見えざる手」を可視化する』「第4章 日本のニュース生態系と影響工作」を参考のこと。