2025年の春、放送業界に新たに仲間入りする新放送人に向けて、経営者や先輩たちからのメッセージなどを連続企画でお届けします。第4回は、テレビ朝日・取締役コンプライアンス統括室長の新堀仁子さんに、放送業界で働く魅力や業界の変化などを語っていただきました。(編集広報部)
はじめに
新入社員の皆さん、ご入社おめでとうございます。期待と不安でいっぱいの春を迎えられていることと思います。皆さんお一人おひとりが唯一無二の存在、放送業界全体の大切な財産です。新しい空気、新しいアイデアを放送業界にたくさん注ぎ込んでください。一緒に仕事ができることを楽しみにしています。
自分が制作に関わったコンテンツが放送を通して多くの人に視聴していただける、時には歴史に残る瞬間に立ち会える、そして何より、本当に多様な人たちとの出会いがある、こんなにエキサイティングな仕事は他にはないと、30年以上働いてきて自負しています。私は報道現場から離れてもう10年以上が過ぎましたが、ドキドキ、ワクワクする毎日は、今も新入社員の時と全く変わりません。放送局には、放送やコンテンツそのものに直接関係なくとも、私が担当しているコンプライアンス部門などもそうですが、人と関わる仕事だったり、営業やビジネスだったり、技術やIT部門等々、実にさまざまな仕事があります。無限の可能性が広がっています。皆さんそれぞれのスタイル、ご自分のペースでいいですから、思い切って漕ぎ出してみてください。時には予期せず荒波が押し寄せてくることもありますが、私が多くの先輩たちに導かれてここまで来られたように、皆さんにも頼もしい先輩たちがついています。ちょっと波がきつい、と思ったら、一人で頑張り過ぎないで、必ず誰かに相談して、一つ一つ乗り越えていってください。
入社してから変わったこと
入社して30年以上たっても、少しも変わらないこともありますが、もちろん大きく変わったこともあります。一番大きい変化はテクノロジーです。私が入社した時、まだ会社にはパソコンもなく、携帯電話もないので、放送する原稿は紙に手書きでしたし、ポケベルで呼び出される日々でした。先輩が取材してきた映像素材を徹夜して手で書き起こしていたなんて、今では本当に考えられないことです。スマホ1つあれば何でも簡単に調べられるようになり、さらにコロナ禍を経て、オンラインで、会議や地球の反対側に住んでいる専門家にインタビューするのも全く普通のことになりました。AIも急速に発達し、書き起こしの仕事は格段に効率化しました。こうして私が入社した頃のように「24時間戦う」必要もだいぶ減ってきました。
SNSの発達も大きな変化をもたらしました。全世界的にフェイクを見分けることが難しい時代になり、あらためて放送法に基づいた日本の放送局の「公平・公正」な情報やコンテンツが、高い価値を持つようになったと強く思います。米国がフェアネス・ドクトリン(公平原則)を放棄してしまった結果が、現在の「分断」の状況です。人は、自分の聞きたいことと見たいものにしか触れなくなると、視野が狭くなり、自分と同じような考え方や行動ができない人を認めない、寛容ではない社会へと突き進みます。時々「地上波テレビはつまらない」「エッジが効いてない」などと指摘されることもありますが、私たち放送局は、誰もが安心して視聴できるコンテンツ、信頼できる情報を放送していると常に胸を張って言えるように、むしろネット時代になった今こそ、これまで以上に緊張感をもって臨まなければ、と思います。
もう1つ大きく変わったのがコンプライアンス意識です。1991年、最初の配属先の広報部(番組宣伝担当)では、まだバブルの名残があり、新入社員は上司の指示で、記者さんたちと3次会まで行くのが当たり前、セクハラ・パワハラという言葉も一般的でない時代でした。現在はコンプライアンス研修で、上司の人たちに「ダメです!」とキッパリお伝えしていますので、本当に変わったと思います。
古いエピソードを2つ紹介します。2000年の米大統領選挙の時、忘れられない経験があります。テレビ朝日はCNNと当時独占契約があり、アトランタのCNN本社内に支局があったため一緒に準備をしていました。大統領選挙特番の責任者にあたるプロデューサーは女性でした。10月31日、ハロウィーンの日16時に、約1週間後に迫った特番の打ち合わせが設定されていましたが、彼女は「今日は子どもとトリック・オア・トリートをするから」と打ち合わせが始まる直前に帰宅しました。職場の誰一人として違和感も異論もなく「楽しんできて!」と送り出していました。私には衝撃でした。「特番の責任者が打ち合わせに出ないで帰るの?」と。今でこそ、報道現場でも子育て中の女性に配慮し、記者も家族を大事にするのが当たり前の時代になりましたが、あの頃すでにCNNでは、それがごく普通のことだったのです。
<アトランタ支局時代、スティーブ・マーコポート氏(CNNの親会社ターナー・ブロードキャスティング・システムのアジア太平洋担当社長)との会談。左からテレビ朝日・広瀬道貞社長、筆者、右から2人目が早河洋取締役 ※役職はいずれも当時>
全く対照的な思い出もあります。2010年にワシントン支局長として赴任する前に、某新聞社の先輩男性記者から「時差もあってキツイ仕事だから、女性には無理だ」と言われました。その言葉に、「絶対に4年間務めあげる」と思いましたし、その後、女性の支局長が他社にも複数来て、私たちが女性だからできないということはないと、きちんと証明できたと思っています。あれから15年たち、今このようなことを言う人はもちろんいませんし、当社には私以外にも女性の取締役が2人います。少し時間はかかりましたが、会社としても、また放送業界全体としても、人を大切にし、人権は最も重要だと宣言する時代になりました。
<ワシントン支局時代、ポトマック湖畔から『報道ステーション』の桜中継>
<国際ビジネス開発部長時代、コンテンツ見本市「MIPCOM」(フランス・カンヌ)にテレビ朝日ブースを出展>
最後に~新入社員の皆さんへの期待を込めて
放送の仕事、コンテンツビジネスに関わって、いつも思うことは「本物は時空を超える」ということです。ベートーベンやショパン、ビートルズやテイラー・スウィフトの音楽は時代も国境も超えています。ダビンチやボッティチェリの絵画も、今もって世界中の人をひきつけてやみません。皆さんにもぜひ、そうした「時空を超える」コンテンツ制作に携わる人になっていただきたいと思います。陰ながら、いつもエールを送っています!