英ロンドンの中心部シティにあるBayes Business School(ロンドン大学を構成するCity St George'sのビジネススクール)で、同スクールが主催する"Creative Industries Finance Forum"と題するフォーラムが2025年7月4日に開催された。映画、ドラマ、アニメ、ゲームなどのコンテンツ制作における資金調達と収益の拡大策などについて議論するもので、同スクールを中心とする経営、事業、金融分野の研究者と英国とEU圏のメディア・コンテンツ産業関係者、投資家、金融業界関係者が講演、対談やパネルセッションを通じて、もっぱら実務的な議論を展開した。筆者は主催者の招待により同フォーラムに参加する機会を得たので、その模様を紹介する。
Creative Industriesへの投資規模を10年で2倍に!
英国におけるCreative Industriesとは、映画・テレビ、音楽・演劇・ビジュアルアート、出版・新聞、ゲーム、広告・マーケティング等とされる。英国の経産省に当たるDepartment for Business and Tradeは2025年6月下旬、英国の産業界への投資を増やし、持続的な成長を実現するための10年計画を検討するポリシー・ペーパー"THE UK'S MODERN INDUSTRIAL STRATEGY"を発行したが、そのセクター別報告書にあたる"Creative Industries Sector Plan"(外部サイトに遷移します)にはCreative Industriesの現状と国際比較、課題と成長促進のための対策が盛り込まれており、2035年までの10年間で当該産業への年間事業投資規模を現在の170億ポンドから310億ポンドへと約2倍にするとの数値目標などが掲げられている。
このペーパーが、Creative Industriesの成長促進要因として重視しているのが、コンテンツ制作に対する直接出資(direct funding)である。このフォーラムは政府のこうした動きも受けて、ペーパー公表直後の本年7月初めに企画された。
本フォーラムでは、上記ペーパーでも高い潜在成長力を持つ"four frontier industries"とされた映画・テレビ、音楽・演劇・ビジュアルアート、ゲーム、広告・マーケティングの4分野が重点的に議論された。
メディア事業者と投資家がディスカッション
登壇者は、研究者や関連分野のジャーナリスト、広告会社、メディア・コンテンツ事業者と金融関係者だが、人数として最も多かったのは、投資ファンド関係者と投資コンサルタントであった。参加者も研究者、リサーチャーやメディア関係者中心というわけではなく、投資ファンド関係者も多かったようだ。この分野に対する投資家の関心の高さが垣間見られる。
<パネルセッションの模様 (筆者撮影)>
独立プロデューサーと資金調達
英国では、特にドラマや映画を中心に、番組・コンテンツ制作では"独立プロダクション"(Independent Production Companies)と呼ばれる大手メディアに属しない制作会社が主要な担い手になっている。その多くは実績のある独立プロデューサー(Independent Producer)が自ら主催する制作会社だが、もっぱら大手メディアからの委託制作を請け負っている。彼らが、メディアからの制作委託費だけでなく、ファンドや投資家からの直接出資を受けて制作すれば、オンデマンド収入やマルチウィンドウ展開による継続的なIP関連収入などにおける収益配分を増やせる期待がある。独立制作者の存在とネット上のコンテンツビジネスの拡大による収益機会の拡大も直接出資の必要性を増大させている。
フォーラムでは、リスクが大きく、またそのリスクを事前に推定・評価することが困難なこの産業への投資の可否を投資家はどう判断すれば良いのか? 投資のリターンを確保する際にはIP(知財)の効率的な管理や帰属、収益配分の方法等がキーファクターになること、などが特にクローズアップされていた。
グローバル・プラットフォームと競争するための資金調達という側面も
この産業セクターのイノベーションは、コンテンツ、テクノロジー、ディストリビューションの3分野で同時に発生しており、その全てを把握し対策を講じていく必要があることも強調された。近年はディストリビューション分野の進展と競争が特に激しくなっているが、この分野では米国の巨大プラットフォームの力が大きく、それに英国のクリエイティブ産業が対抗するのは容易ではないことが繰り返し指摘されていた。英国製コンテンツの魅力を高め、世界に展開するためには、一層の投資の呼び込みも不可欠になっている。
競争の進展と瀬戸際の公共放送事業者(PSBs)
コンテンツ制作を投資の対象とし、金融機関やファンドからの直接出資によって資金調達を行うことは、日本ではあまり馴染みがないが、英国ではますます有望な資金調達法として期待されているようだ。そこには投資対象としてのコンテンツという視点以外にも、英国のコンテンツ産業振興という視点もある。
このフォーラムの(事実上の)基調講演は、元ITV会長であり、自らも独立プロデューサーとして活動していたこともあるPeter Bazalgette氏による対話セッションであったが(画像参照)、同氏はCreative Industriesに関する官民協議会UK Creative Industries Taskforceの共同議長でもあり、前出の‟Creative Industries Sector Plan"のとりまとめに当たって中心的な役割を果たした。同レポートでは前述のように、映画・ドラマのコンテンツは、音楽・演劇やゲームなどと並んで、Creative Industriesのなかでも特に成長が期待される分野のひとつに挙げられている。同氏の問題意識は、ネット配信の進展と海外プラットフォームによる浸食で英国における公共放送のプラットフォームであるPSBs(公共放送事業者:BBC、ITV/STV、チャンネル4、チャンネル5、S4C)は存続自体が危ぶまれる瀬戸際に立っているというものであり、その文脈でも、国内だけでなく海外展開を見越した映画・ドラマコンテンツ制作への直接出資を通じた資金供給は、公共放送の役割維持と競争力確保の観点から重要な意味を持っている。
<対話セッションでのPeter Bazalgette氏㊧とフォーラムの主催者代表で前シティ・オブ・ロンドンのロード・メイヤー(ロンドン市長)でもあるMichael Mainelli教授㊨(筆者撮影)>
日本でもこれから広がる?
英国の映画・テレビコンテンツの歴史は、言語を同じくする米国製コンテンツとの熾烈な競争の歴史でもある。英国でも多くのドラマやショーで、最初から海外展開と配信を見越した制作やフォーマット開発が行われる。リニアの広告収入が継続的に減少している状況下で、グローバルな規模でビジネスを展開し、潤沢な制作費を投入できる巨大プラットフォームとの競争を行うには、より多くの制作資金を外部から調達する必要がある。
一方、日本の放送事業者の場合、放送コンテンツではそうした多額の資金調達のニーズ自体がこれまではあまりなく、映画制作では従来からあった製作委員会方式が取られることが多かったが、日本でも、海外展開やさまざまなライツ展開が前提となっているアニメ制作の分野では、コンテンツ・ファンドと金融機関の共同による継続的なファンド形成の枠組みも現れている(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000017.000115274.html、外部サイトに遷移します)。今後、こうした金融機関や個人投資家を巻き込んだ継続的な資金調達の枠組みが、アニメだけでなく実写ドラマ・映画にも拡大される可能性は考えられる。その意味で日本のコンテンツ制作にとって参考になる知見も得られたフォーラムであった。