英BBCのデイビー会長 テレビ放送の配信への移行を呼びかける 経営的には依然赤字トレンド

編集広報部
英BBCのデイビー会長 テレビ放送の配信への移行を呼びかける 経営的には依然赤字トレンド

BBCのティム・デイビー会長(=冒頭画像/BBCのサイトから)は5月14日、同協会の制作拠点があるマンチェスターのメディアシティUKで講演し、「英国成人の80%以上が毎週、また94%が毎月、BBCを利用している。オンライン時代においては驚くべき数字だ」とBBCの人気をアピールし、英国社会の信頼性向上に役立っていることを強調した。そのうえで、将来の放送サービスのありかたに言及し、地上デジタルテレビ放送(DTT)などの"放送"をネット配信に切り替える、いわゆる「IPスイッチオーバー」を2030年代のうちに実現すべきだと呼びかけた。

講演の内容はBBCが3月31日に発表した2025年度の年次計画¹ を踏まえたもの。メディア政策の立案者や関係者らが集まった機会を捉え、デイビー会長はBBCの放送サービスの配信への切り替え時期についてのビジョンを語った² 。

同会長は「テレビをこれからどのように人々に送り届けるのか、その最善策が検討されている³ が、BBCは(テレビへの)アクセスを確実にし、誰一人取り残されることのない公平で公正な配信への移行を支援することができる」と強調し、2つの具体策を示した。

1つはBBCを含む公共サービス放送(PSB)の無料配信サービス「Freely」⁴ の強化で、もう1つは高齢者など配信サービスに不慣れな層を対象にした配信視聴デバイスの開発だ。「大幅に簡素化された仕様でFreelyが視聴できるストリーミング・メディア・デバイスを検討している」と発言している。

「切り替えは財政的にも社会的にも大きなメリットがある」とし、「今こそ2030年代のIPスイッチオーバー(方針)を確定し、そのための環境を整え、成功に導くためにコミットする時だ」と訴えた⁵ 。

会長の発言は、2024年5月に英放送通信庁(Ofcom)が出した「Future of TV Distribution」(テレビ配信の将来に関する報告書)の内容に共鳴するものだ。同報告書はDTTを含む放送でのリニア視聴が2040年までに大幅に減り⁶ 、"放送"システムの維持コストが負担となると指摘していた。BBCは2025年度のコンテンツ予算を前年度の26.9億㍀(約5,300億円)から1.5億㍀(約290億円)近くカットするが、それでも赤字経営となる。人員も過去5年間で2,000人も削減しており、BBCは「このアプローチを続けることは、もはやできない」との立場をとっている。

コンテンツや情報の消費が放送からオンラインに移行しつつあるトレンドは、BBCのデジタル戦略を加速させている。OfcomのBBC年次報告(24年版)によれば、英国成人の71%は、BBCのオンラインニュースを最も多く利用し、半数以上(52%)はソーシャルメディア経由でBBCのニュースにアクセスしている。報告書は「BBCへの信頼は依然として高いが、ニュース全般に対する人々の信頼が落ちている」と指摘している。

また、同会長は講演で、ネット上で拡散する偽・誤情報が社会の分断化を深め、情報や制度、国への信頼性を揺るがしているとし、BBCはこの流れを変えるために大きな役割を果たせると強調。ニュースへの投資を増やす考えを示した。今後YouTubeやTikTokなどのプラットフォームでBBCニュースの存在感を飛躍的に高め、「ネットの雑音(偽・誤情報を含む)のなかで、BBCがより際立つ地位を確立することで、流れを変える手助けをしたい」としている。

デイビー会長が講演で展開したビジョンはきわめて壮大なもので、赤字経営を余儀なくされているBBCがこれらを実現していく資金の手当ては、今後本格化する政府との28年以降の特許状更新の交渉次第だ。同会長は受信許可料に代わる財源モデルについても言及し、「すべての国民に配慮しなければならない」とユニバーサル性を強調した。そのうえで、広告やサブスクリプションなどは、信頼される普遍的な公共サービスを提供するのには適切でないとの考えを示した。他方、「より公平で、より近代的で、より持続可能な財源モデルを実現するためのあらゆる選択肢を積極的に模索し続けている」とも述べ、「オープンマインド」で交渉に臨むという。


¹ 2024年度の3大目標(真実の追求、英国発のコンテンツ制作、人々を一つにする)を踏襲しながら、メディアの信頼性の向上を目指し、BBCオンラインサービス(iPlayer)の拡充やオンラインニュースの強化を行う。また、AIの積極活用やニュース検証ツールの改良、新たな子ども向け教育支援などの次世代を意識した計画を打ち出している。

² 演説はBBCの全スタッフ向けにライブ配信された。

³ 放送コンテンツを配信で視聴する世帯が増えるなか、文化・メディア・スポーツ省(DCMS)は2022年にOfcomにテレビサービスの将来の伝送手段に関する調査を要請。これを受け23年5月に公表された報告書「テレビ配信の将来」を踏まえ、政府は2030年代初めまでにDTTの取り扱いについて方針を出すよう検討している。

⁴ DTTの無料放送(Freeview)をインターネット経由で配信するサービスで、BBC、ITV、Channel 4、Channel 5などの公共サービス放送(PSB)事業者が共同株主となって運営している。同時配信だけでなく、オンデマンドサービス(BVOD)も提供。

⁵ 英政府は21年にFreeviewのマルチプレックス免許を34年まで延長しており、地デジの運営コストは長期契約により安定しているが、34年以降は値上げが見込まれる。DTT事業の経営負担が続けば、同放送経営は転換点となる可能性があり、放送局は2040年までのIPスイッチオーバーを求めるようになっている。

⁶ 報告書はDTTや衛星放送経由でのリニア視聴が2022年の67%から34年には35%、40年には27%にまで減少すると予測している。

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