放送局への規制緩和と配信サービスへの新しい規制を盛り込んだ英国の「メディア法案」が5月24日に成立した。ジョンソン政権時代*¹ から3代の首相のもとで進められた「20年ぶりの大改正」*² となる。スナク首相が7月に総選挙を実施することを急遽発表したため一時は成立が危ぶまれたものの、議会両院でのスピード可決を経て国王の勅許が24日の夜に与えられ、議会解散前に日の目を見た。
BBCをはじめとする大手放送局のトップら*³ が23日に異例の共同声明を出し、「(放送)業界を支配するルールをアップデートする機会を逃さないように」と議会に求めていたこともあり、ぎりぎりでの成立を歓迎しているものと思われる。
新たな「メディア法(Media Act)」は、公共放送サービス(PSB*⁴ )が「デジタル時代にふさわしい競争力を持てるよう」、放送義務の一部が軽減され、広告規制も一部緩和された。また、オンライン上で存在感を増しているNetflixなどの主要配信サービスが英放送通信庁(Ofcom)の管轄下に置かれ、放送基準にならって新たに作成される「VOD基準 」*⁵ への遵守が義務づけられる。これによりOfcomには遵守を徹底するための調査権限が与えられ、違反コンテンツを配信した場合、配信事業者に最高25万㍀(約5,000万円)の制裁金を科せることや、より深刻なケースには英国内でのサービスを制限するなどの強い取り締まり権限が与えられた。
また同法では、放送局の配信サービス(BVOD)がオンライン上で見つけられやすくするための措置も盛り込まれており、コネクティッドTVやセットトップボックスなどのプラットフォーム事業者には、PSBのオンデマンドサービスやコンテンツをテレビ画面のすぐに目立つ位置に配置し、コンテンツをプロモートすることが義務づけられた。ラジオサービスにも同様の保護措置が取られ、ネット経由でのラジオ視聴デバイスとして普及している主要「スマートスピーカー」の事業者に対し、英国でラジオ放送免許を持っているすべてのラジオ局の配信を無料で行い、プラットフォーム側がラジオ番組上に別の情報(広告など)をオーバーレイできないことを明文化している。ラジオ制度の改正にあたってはヒアリングで紛糾したが、最終的に政府特別委員会の意見(車載の音声サービスでのラジオ配信の義務づけ含む)が採用された形でまとまっている。
メディア法の施行時期は、大幅な改正を反映した2次法(細則)や基準を作るのはOfcomとなるため、作業の進捗に大きく左右される。今年2月末に発表された作業ロードマップによると、放送局の規制緩和の施行は26年1月をめど、配信コンテンツの基準が制定されるのは来年9月だが施行はそこからおよそ1年後になる。その他の配信系の規制の施行も26年後半となる見込みだ。
*¹ ジョンソン政権は、SVODの台頭を受けて放送局の保護策と配信大手への規制を求めた。同政権はチャンネル4の民営化を望んでいたが、政権交代で廃案となっている。
*² ラジオ行政においては30年ぶりの法改正となったものもある。
*³ 声明は下院(庶民院)で最終審議が行われていた5月23日に出された。名を連ねたのは、BBC、ITV、チャンネル4、チャンネル5、STV、S4Cのほか有料衛星のSky、民放のニュースを制作しているITN、ゲーリック語放送のMG AlbaのCEOの9人。
*⁴ 公共性の高い放送サービスをしている放送局の総称で、BBC、ITV(STV)、チャンネル4、チャンネル5、S4Cを指す。
*⁵ VOD基準では、視聴者(特に児童や青年)に有害または不快な素材を含まないことが求められるほか、ニュースの正確性、公平性、プライバシーに関する基準が課せられる。また、障害者向けのアクセシビリティサービスが求められ、プラットフォーム上のコンテンツの80%に字幕を提供しなければならず、10%に音声ガイド、5%に手話通訳が必要となる。
【参考】英国の新メディア法に至る経緯などは以下の論考をあわせてお読みください。
◇「英BBC、リモコンボタンにPSB優遇措置求める 新メディア法草案への意見募集で」
◇「英国の新メディア法案、ラジオ制度改革に乗り出す①」
◇「英国の新メディア法案、ラジオ制度改革に乗り出す②」
◇「英国の新メディア法案、ラジオ制度改革に乗り出す③」
◇「放送波の停止も選択肢に~英Ofcomが「テレビ配信の将来」について報告書を公表」