福岡放送 地上波NGは誉め言葉? ご当地ヒーロー「バカチンガー」から学んだこと

藤谷 拓稔
福岡放送 地上波NGは誉め言葉? ご当地ヒーロー「バカチンガー」から学んだこと

もし地上波という羽根をもぎとられたら、われわれテレビ局には一体何が残されているのか。そんなことを考えさせられるきっかけになったご当地ヒーローのお話です。

情報解禁日直前に

「金八先生」をリスペクトして昨年の春に生まれた「バカチンガー」(=写真㊤)。編成部が幹事となっている社内のSDGs推進プロジェクトで、福岡放送(FBS)は「SDGs」という言葉を使わずに楽しく広めようという想いから生まれた世直しヒーローです。世の中のダメな部分に「バカチンガー!」と叫び、愛ある説教を展開します。

バカチンガーロゴ.png

<ロゴ

一番高いハードルだと思われた武田鉄矢さんの事務所からの許可もいただき、あとはデビューを待つだけ!ここまでは良かったのですが、情報解禁日直前になって社内から「人にバカというのはどうなのか?」という声があがりました。「バカちん」と「バカ」のニュアンスの違いは福岡県民なら分かるが、県外の人からすると不快な感情を抱くのではないか。そういったネガティブな指摘があり、一時はキャラクターそのものの存続すら危ぶまれました。苦肉の策で「地上波ではやらない」ということを条件に会社の了解をもらい、なんとか存在だけは残すことができました。

フォロワーは少ないが、
毎日熱い投稿を

こうして期せずして、地上波NGヒーローが誕生したわけです。地上波を使わずに人気キャラクターにどう育てるかの挑戦の始まりです。でも、どこから始めたらいいのか。この時はじめてテレビマンは、地上波を使うことが当たり前になっていて、それを奪われた途端に無力であることに気がつきました。

とりあえず、YouTubeでバカチンガーのショートアニメを配信し、TikTokでは着ぐるみバカチンガーが県民と絡むシリーズ、Twitterに至ってはバカチンガーの名言シリーズを昨年の6月から毎日発信してきました。簡単にバズらないことは覚悟していました。それでもバズらない期間が長くなると、こちらのやる気もなくなっていき徐々に消滅してしまうだろうことも読めていました。そのため、「テレビ局のキャラなのにフォロワーが少ないって面白いじゃないか!フォロワーが少ないにも関わらず毎日熱い投稿をしているなんて、もっと面白いじゃないか!だからフォロワーが何人だろうが、毎日ツイートし続けるんだ!」と自分自身に言い聞かせ、「フォロワーが少ない期間が長いことは、おいしいことなんだ!」とただただ熱いメッセージを発信することだけに集中しました。

<愛ある説教 バカチンガー

フォロワー数とまともに向き合ったら簡単に心が折れていたと思います。そうなることを予測して、準備をしてはいましたが、それでも心が......。よく若手芸人から「どうやったらテレビに出られますか?」と聞かれ、さも分かっているかのようなご託をアドバイスしていた過去の自分をぶん殴りたいと思いました。

好意的な受け止めの裏返しは

それでも毎日投稿をやり続けて半年、地元紙である西日本新聞社がこのバカチンガーの存在に気づき、記事化されることになりました。記者が面白がってくれたのは「テレビ局から生まれたのに地上波NGにさせられたヒーロー」というストーリーでした。この記事が出たことで気づいたことがあります。

「地上波NGヒーロー」というキャッチが世間の目にとまると、応援してくれる人が急に増えたのです。かつては「テレビに出られない」はネガティブなイメージの象徴でしたが、今や「テレビに出られない」は攻めた象徴として好意的に受け止めてもらえる時代なのです。この記事がさらに読売テレビの朝の情報番組『す・またん』スタッフの目にとまり、福岡エリアよりも先に関西エリアで「地上波NGキャラ」として特集され放送されたのです。さらに玉城ティナさんが主演するHuluのドラマ『社畜OLちえ丸日記』のプロデューサーの目にもとまり、出演者としてオファーをいただき、見事俳優デビューも果たしました。ありがたいことに地元CMへの出演の話もいただいたりしています。今は怪我の功名として、「地上波NG」を声高にうたってプロデュースしています。

一方で、テレビ局内で市民権を得ていないというストーリーが視聴者から支持されるというのは、裏を返せば視聴者のテレビに対する不信感が相当に高いということであり、われわれが危機感をもたなければいけない部分だと思います。クレームを怖がりすぎて守りに入っているテレビ局の姿勢に対して、「沈黙のクレーム」がしっかり存在していることを認識すべきだと強く感じました。

熱狂的なファンの存在

こうして地上波を使わずに仕事を着実に増やしているバカチンガーですが、そうは言ってもまだまだフォロワーは多くありません。ではなぜ物事が動いているのか。

それは少人数しかいないバカチンガーファンの個々の熱量がとてつもなく高いからです。最初に記事を書いてくださった西日本新聞の記者も、Huluドラマのプロデューサーも、それぞれ社内で相当戦ってくれました。西日本新聞の記者はその後、バカチンガーの連載企画まで通してくれました。「他社のキャラクターを扱うのはいかがなものか!」という意見に対し「だから面白いんじゃないですか!」と、ハレーション上等で挑んでくれました。

テレビマンはマス(大衆)にどう支持されるかということを意識しすぎるため、1人の熱狂的なファンを作るということ、そしてその1人の力を軽視してしまってはいないだろうか。そう考えさせられました。新聞記事もドラマ出演も、その組織にいるたった1人の熱狂的なファンが立ち上がり、それぞれの社内で上層部と戦い、反対派を納得させたのです。

冒頭で地上波という羽根をもぎとられたら、テレビ局には何が残されているかという問いの答えはまだまだ分かりません。ただ「情熱」「熱量」だけは最後の最後まで残されているテレビ局、放送業界であってほしいと強く思います。

バカチンガー公式サイト

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