NHKインターネット活用業務の必須業務化の問題点 ~総務省「公共放送ワーキンググループ取りまとめ」(2023年10月18日)について

波多江 悟史
NHKインターネット活用業務の必須業務化の問題点 ~総務省「公共放送ワーキンググループ取りまとめ」(2023年10月18日)について

インターネット活用業務の必須業務化 

総務省が202111月8日に設置した「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」(以下「検討会」という)は、社会全体におけるデジタル化の急速な進展を受け、放送の将来像と放送制度の在り方について中長期的視点から検討を行ってきた。
検討会は、2022年8月25日に「デジタル時代における放送の将来像と制度の在り方に関する取りまとめ」を公表したのに続き、2023年8月31日には「デジタル時代における放送の将来像と制度の在り方に関する取りまとめ(第2次)(案)」を公表した。
さらに、検討会の下に設置された「小規模中継局等のブロードバンド等による代替に関する作業チーム」、「公共放送ワーキンググループ」、「放送コンテンツの制作・流通の促進に関するワーキンググループ」、「放送業界に係るプラットフォームの在り方に関するタスクフォース」も、同月29日にそれぞれの「取りまとめ(案)」を公表している。

総務省は、これらの取りまとめ案を含む第2次取りまとめ案について、9月7日から同月28日までの間、意見募集を実施した上で、1018日に確定し、公表した(以下「第2次取りまとめ」という)。

このうち「公共放送ワーキンググループ取りまとめ」(以下「WG取りまとめ」という)は、日本放送協会(以下「NHK」という)の放送番組とその理解増進情報をインターネットにより視聴者と番組提供事業者に対し提供すること(以下「インターネット活用業務」という)を必須業務として位置づけることを提言した。現行の放送法では、インターネット活用業務は任意業務として位置づけられているため(20条2項2号・3号参照)、WG取りまとめの提言の実現には、放送法の改正が必要となる。今後、放送法改正案の検討が行われることが予想される。

しかし、インターネット上では、すでに民放局や新聞社を中心としてさまざまなメディアが活動してきた。そのため、受信料を財源とするNHKがインターネット活用業務を必須業務として行うことは、メディア間の公正競争を阻害し、ひいてはメディアの多元性を毀損するおそれがある。したがって、インターネット活用業務の必須業務化については、どのような目的を達成するために、どのような内容を想定するのか、どれほどの財源に基づき、どのような統制を行うのかを検討する必要がある。 

必須業務としてのインターネット活用業務の内容 

WG取りまとめは、インターネット活用業務を必須業務化する根拠として、ブロードバンドの普及、インターネット動画配信サービスの伸長、視聴デバイスの多様化を背景として、若年層を中心に視聴者の行動が変化していること、具体的には、テレビの利用時間が減少する反面、インターネットの利用時間が増加していることを指摘している。
他方、公共放送と民間放送の二元体制を前提とする放送法はNHKが過度に弱体化することも肥大化することも想定していないと述べている。さらに、NHKがインターネットにおいて様々なメディアと競争することによって情報空間全体の健全性を確保することができるとも述べている。

さらに、WG取りまとめは、インターネット活用業務が任意業務である現状では、テレビ非保有者は、費用の支払い意思を有するとしても、インターネットを通してNHKの番組を安定的かつ継続的に視聴することができないことを指摘している。
その上で、インターネット活用業務を必須業務化すれば、テレビ非保有者がインターネットを通してNHKの番組を安定的かつ継続的に視聴することができるようになること、その際にはテレビ非保有者から受信料相当額の支払いを求めることができるようになることを主張している。必須業務としてのインターネット活用業務の対象については、地上波テレビ放送は当然に含まれるとしつつ、衛星放送、国際放送、地上波ラジオ放送が含まれるかについては、引き続き検討を行うとしている。

しかし、インターネット活用業務の必須業務化の根拠と内容については、著しい齟齬があるように思われる。すでに見たように、インターネット活用業務の必須業務化の根拠としては、番組の視聴者の確保、NHKの弱体化の防止、情報空間の健全性の向上が挙げられていた。番組の視聴者の確保という根拠からすれば、テレビ非利用者がNHKの番組を視聴することができるようにするためには、インターネット活用業務を地上波テレビ放送から切り離した上で、テレビ非利用者を対象として地上波テレビ放送では放送されないインターネット番組を配信することや、テレビ非利用者には若年層が多いことを踏まえ、若年層に特化したインターネット番組を配信することも考えるべきであろう。しかし、WG取りまとめは、こうしたことを提言していない。

さらに、情報空間の健全性の向上という根拠からすれば、インターネット上で生じているフィルターバブルやフェイクニュースという問題に対処するため、インターネット空間の健全化に対する貢献をNHKの目的に位置づけるとともに、NHKの番組の質を向上するための番組編集準則を新たに設けるべきであろう。たしかに、NHKには、放送法4条1項に基づく番組編集準則だけでなく、同法81条1項に基づく番組編集準則の特例が課されている。

しかし、これらの準則は、放送には、即時かつ直接に映像と音声を通して大きな刺激を与えるという特性があることや、NHKには、受信料に基づき活動するという独自性があることに着目したものであるから、インターネット空間の不健全性に対処するものではない。検討会の第2次取りまとめが放送法9条に基づく訂正・取消放送制度の積極的活用を提言していることからすれば、インターネット活用業務の必須業務化に伴い、フェイクニュースがインターネット空間に配信されることがないよう、いかに番組の質の向上を図るかは喫緊の課題である。しかし、WG取りまとめは、こうしたことも提言していない。

そもそもNHKは、すでに2020年4月から「NHKプラス」を通して地上波テレビ放送のインターネット常時同時・見逃し配信を行ってきた。そのため、WG取りまとめの新規性は、テレビ非保有者に対し当該視聴の継続性と安定性を確保することと、当該視聴に際し受信料相当額の支払義務を課すことにあると考えることができる。結局、WG取りまとめは、テレビ非保有者の増加に伴う受信料収入の減少を阻止するという点において、NHKの弱体化の防止を重視するものとなっている。 

必須業務としてのインターネット活用業務の統制

今見たように、必須業務としてのインターネット活用業務は限定的なものとなっている。このことは、WG取りまとめがインターネット活用業務に関する公正競争を担保する措置を十分に提示することができていないことと関係している。

インターネット上ではさまざまなメディアが活動しているため、NHKのインターネット活用業務はメディア間の公正競争を阻害するおそれがある。そこで、WG取りまとめは、公正競争を担保する措置として、特定のインターネット活用業務を実施する前に、当該業務の具体的範囲や提供条件についてNHKが原案を作成した上で、第三者機関が評価と検証を行うことを提言している。
その上で、こうした評価と検証を踏まえ、総務大臣が必要に応じ行政指導を行う仕組みを整備することや、NHKの原案の認可の可否を決定する仕組みを整備することを検討するとしている。なお、原案を作成するNHKの組織としては経営委員会を想定し、評価と検証を行う第三者機関としては電波監理審議会を想定している。
さらに、インターネット活用業務全般を対象として、公正競争を阻害していないかを定期的に検証する仕組みを整備することも提言している。

しかし、憲法21条が定める表現の自由によって、NHKには国家からの自由が保障されているため、電波監理審議会や総務大臣による外部的統制ではなく、経営委員会による内部的統制を重視すべきである。そこで問題となるのが、現在の経営委員会にはインターネット活用業務についての十分な判断能力があるかである。現行の放送法では、経営委員会は、最高意思の決定と業務監督の遂行を担う(29条)とともに、会長の任命(52条)と監査委員会の組織(42条)を行うとされている。
さらに、経営委員会は衆参両院の同意に基づき首相が任命する12名の委員から組織するとされた上で、委員については、公共の福祉に関する公正な判断能力と広い経験・知識を有すること、委員の選任については、各分野と各地方を公平に代表することが必要であるとされている(30条・31条)。なお、少なくとも1人以上は常勤の委員とするとされている(42条)。

すでに放送法の規定からして、経営委員会に託されている役割の重要性に比し、委員の人数や常勤の人数が少ないことや、委員に関する要件や委員の選任に関する要件が抽象的であることを指摘することができる。さらに、実際の運用においても、2023年5月には、経営委員会が衛星放送のインターネット常時同時・見逃し配信に関する支出を含む2023年度予算案を議決していたことが明らかとなった。このことは、当該配信が現行のインターネット活用業務実施基準では認められていないことからすれば、経営委員会が十分な法的判断能力を有していないことを示している。
今後、インターネット活用業務の必須業務化に伴い、経営委員会には、情報通信技術や情報通信機器の発達を正確に認識すること、インターネット空間の変容について的確な評価を行うこと、社会のデジタル化に対応した番組編集の方向性を提示することが求められるようになるため、経営委員会の専門的判断能力を確保するための改革を行うべきである。

たしかに、この間、NHKも、業務・受信料・ガバナンスの三位一体改革を主張してきた。しかし、ガバナンス改革として想定されているのは、受信料値下げのための業務の効率化にとどまっている。さらに、WG取りまとめは、インターネット活用業務の必須業務化に伴い、放送番組以外の配信は、放送番組に密接に関連する情報と放送番組を補完する情報に限定することを提言している。
このことは、インターネット活用業務の対象として放送番組の理解増進情報を位置づける現行の放送法の下で、NHKの業務が無制限に拡大してきたとする新聞社や民放局からの批判を踏まえたものである。
しかし、このような基準を設けたとしても、経営委員会による内部的統制が十分に機能しないのであれば、メディア間の公正競争を確保することはできないであろう。

なお、WG取りまとめは、インターネット活用業務の財源は年間200億円に限るという基準を変更することは提言していない。当該基準は任意業務としてのインターネット活用業務を前提とするものであるから、インターネット活用業務の必須業務化に伴い、当該基準を変更する必要がないかは、改めて検討すべきであった。

しかし、これまで見てきたように、WG取りまとめは、インターネット活用業務の必須業務化について、テレビ非保有者に対し視聴の継続性と安定性を確保することを強調するとともに、電波監理審議会や総務大臣による外部的統制を重視してきた。WG取りまとめが従来の基準の変更を提言しないことの背景には、インターネット活用業務の内容を拡大する十分な根拠を見出していないこと、かりに拡大するとしても十分な統制を行う措置を提示することができていないことがあるように思われる。 

公共メディアのあり方 

本来、受信料を財源とする公共放送は、視聴率や広告料に左右されることなく、長期的視点から正確な報道や的確な論評を行う成熟した組織ジャーナリズムを形成することができたはずである。したがって、インターネット空間の不健全性が深刻な程度に達していく反面、テレビを通して公共放送の番組を視聴する者が減っているとすれば、インターネットを通して公共放送の番組を配信することについては、高度の合理性や必要性を認めることができる。公共放送の弱体化を防止すること、より積極的に言えば、公共放送の存続と発展を保障することの根拠は、この点に求めることができる。

もっとも、多様な意見や情報は公共放送だけでは伝達することができないから、様々なメディアが活動する空間を維持するため、インターネットを通した公共放送の番組配信については厳格な統制を行う必要がある。しかし、公共放送には国家からの自由が保障されているため、どのような番組を配信するか、そのためには、どれほどの財源が必要であるかについては、公共放送の自律的判断を尊重すべきである。かりに国家による統制を認めるとしても、独立行政委員会を設置すべきであろう。

殊にNHKについては、2001年に生じた番組改変問題に見られるように、政治的圧力による番組編集の自主性や自律性の放棄が行われてきた。さらに、経営委員会については、2012年に発足した第2次安倍政権下において見られたように、首相による経営委員の恣意的任命も行われている。したがって、NHKがインターネットを通して番組を配信する公共メディアとなるためには、成熟した組織ジャーナリズムを確立するとともに、独立性と専門性を兼ね備えた経営委員会を構想することが不可欠である。

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