英国の放送ってどうなってるの?part5 ~iPlayerだけじゃない! 英国の放送ネット配信"BVOD":後編~ 「データが語る放送のはなし」㉔

木村 幹夫
英国の放送ってどうなってるの?part5 ~iPlayerだけじゃない! 英国の放送ネット配信"BVOD":後編~ 「データが語る放送のはなし」㉔

英国の放送事業者によるネット配信BVODの後編です。今回は、BVODの視聴・利用の状況や、マネタイズ状況についてお話しします。

幅広い年齢層がBVODを視聴

図表1に英国におけるテレビ、ネット、DVD、その他の動画視聴時間の内訳を示しました。視聴率調査機関BARBのデータをもとにOfcomが推計したものです。上が個人全体、下が16―34歳のデータです。

〇個人全体

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〇16―34歳

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<図表1. 動画視聴時間の内訳(1人1日あたり、全てのデバイス:2021年平均) 

*Ofcom "Media Nations : UK 2022"より

(ネット同時配信を含む)ライブのテレビ視聴時間(行為者平均ではなく全体平均、以下同)は、全体では総動画視聴時間の59%ですが、16―34歳では半分の30%しかありません。その分SVODとYouTube、ゲーム機の利用時間が長くなっていますね。若年層のライブ視聴離れは日本と同様です。

一方、全体でも16―34歳でも、BVODの平均視聴時間はほぼ同じ15分程度です。年齢による違いはさほど大きくないと思われます。

iPlayerでも視聴数はNetflixの3分の1以下

図表2は、英国内でのSVOD・BVODの視聴番組数(再生番組数)をサービス別に示したものです。英国では、米国同様Netflixは圧倒的な存在で、BVODの3サービス合計の2倍以上の視聴数となる約200億です。ちなみに英国でのNetflixの加入率は58%、Amazon Primeは38%、Disney+は22%です(Ofcom, "Technology Tracker 2022"より)。

そんな状況でもさすがにiPlayerは健闘していますね。他のPSBsのサービスの4倍以上の視聴数があります。また、Channel4のALL4が最大の民放であるITVのITV Hub(現ITVX)と同等の視聴数になっています。非営利の事業体であるChannel4は、採算を度外視してBBCよりもおよそ1年早くネット配信(オンデマンド)を開始しており、その後も配信には力を入れてきましたので、その効果かもしれません。

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<図表2.英国におけるSVOD・BVODの年間推計視聴番組数

*Ofcom "Media Nations : UK 2022"より

BVODの広告収入は約1,100億円

さて、そこで気になるBVODの市場規模ですが、図表3にお示ししたように、2021年で7億3,200万ポンド(約1,200億円)です。2012年からの約10年間で7倍になっています。

BVODを含むテレビ放送事業者の広告収入の総額が54億5,800万ポンド(約9,000億円)ですから、構成比は13%程度になります。

日本の場合、2022年の衛星等を含む総テレビ広告費約1兆8,000億円に対し、英国のBVOD広告費に相当すると考えられる「テレビメディア関連動画広告」は350億円ですから、放送とネット配信を合計したテレビ放送事業者の広告収入の総額に対する構成比は約2%になります(電通「日本の広告費」データより)。日本のBVODは目下急速に成長しつつありますが、現時点では、英国のBVOD広告収入は日本に比べると相対的にかなり大きいですね。早い時期からこの分野を開拓してきたためと思われます。

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<図表3. 英国のテレビ広告収入

*Statista (2023)より(オリジナルデータはAA/WARC Advertising Expenditure Report)

BVODのCPMはここ10年横ばい

次にBVODの広告収入について、もう少し詳しく見てみましょう。図表4は、英国のテレビ広告のプロモーション機関Thinkboxが推計した、BVODを含む英国のテレビ広告の単価(1本単価ではなく、1,000人当たり到達単価:CPM、表では同じ意味を表わすCPTと表示)水準です。2010年時点を100として基準化した指数で示されています。

意外なことに、BVODのCPT(2022年時点で一番下の紫のライン)は、ここ10年間ほとんど変化していないことがわかります。BVOD広告収入が伸びているのは、全て視聴数の拡大によるものだとわかります。リニア広告(ライブ視聴の広告)の単価水準もほぼ同様の傾向で、Adults(16歳以上)、ABC1 Adults(社会階層の上位3カテゴリー[A,B,C1]に属する16歳以上)などの単価上昇もわずかな水準です。

単価が明らかに上昇しているのは、リニアの16―34歳とリニアとBVODブレンドの16―34歳だけ、つまり、若年層向け広告だけです。やはり年寄りは相手にされないのですね......。

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<図表4. 英国のテレビ広告単価水準推移(リニア、BVOD)

*Thinkbox, "Trends in TV 2022-23"より

若年層向け以外は、リニア、BVODとも実質マイナストレンド

ここで注目していただきたいのは、黒のライン、英国のCPI(消費者物価指数)です。広告単価水準がCPIを下回る局面では、広告単価は物価上昇分を差し引いた実質価格では(2010年時点に比べて)マイナスになっていることになります。若年層向けのリニア、リニア・BVODブレンド以外は、ここ12年間、ほぼ一貫して、実質マイナスです。

よく言われるように、"英国のテレビ広告費は、現在でも緩やかに増加し続けている"のですが、それは英国の物価水準が、パンデミック、ウクライナ戦争以前から日本では考えられないペースで上昇し続けているからであり、物価上昇を差し引いた実質では、実は明らかなマイナス成長なのです。

物価上昇が覆い隠してきた危機

図表5に、小売物価指数(RPI)を用いて実質価格に補正した1965―2021年までのリニア・テレビの実質広告単価(CPM/CPT)水準を、1995年を200として基準化した指数でお示しします。同じくThinkboxの推計値です。

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<図表5. リニア・テレビ実質広告単価水準の推移

*Thinkbox, "Trends in TV 2022-23"より

過去20年間、英国のリニア・テレビ実質広告単価は一貫してマイナス傾向です。この20年間に、実質単価は半分を切る水準にまで低下したことがわかります。英国のリニアのテレビ視聴数(インプレッション)は緩やかに減少し続けていますから、実質リニア・テレビ広告費は相当なマイナス傾向を継続していることになります。英国の放送事業者のBVODへの傾注、デジタル・ファーストへの移行は必然的なことだとよく理解できますね。

参考までに、英国のCPIは2000年を100とすれば、2022年では167です。同じく日本のCPIは、2000年を100として2022年で105ですから、英国の物価上昇率が、さすがに昨年来の年10%アップは異常としても、いかに激しいものかがわかります。

英国では、物価上昇がテレビ広告費の実質マイナス成長を覆い隠してきたということができますが、これは英国固有の現象ではありません。以前ご紹介した米国のローカルテレビの収入規模も、緩やかな収入増が物価上昇に追いついておらず、同様の傾向だったことを覚えていらっしゃる方もおられるかもしれません(願望......)。もっとも、米国のローカルテレビ局の場合は、再送信同意料収入と政治広告という"飛び道具"を使って、ようやく微増傾向を維持しているわけですから、実は英国以上に深刻な状況なのかもしれませんが......。

英米に比べればかなりマイルドとはいえ、日本でも現在は物価上昇局面です。それにもかかわらず、目下、日本のテレビ営業収入はマイナス傾向を継続しています。デフレ局面ではそれほど切迫した危機感を感じなかった緩やかな減収傾向継続も、物価が普通に上昇する局面では必然的により大きな問題になります。広告単価上昇(カロリーアップ)の必要性は、以前よりもはるかに大きくなっていると言えます。

さて、次回からは英国篇の(一応の?)最終パートとして、英国のローカルテレビについて2回に分けてお話しすることにします。これが意外なほど日本のローカル局との共通点があるのです。ただし、ごく一部の局限定ですが......。

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