2019年12月初旬、中国・武漢市で新型コロナウイルスの感染者が報告され、翌年3月にWHOがパンデミックを宣言するに至った。感染症対策として「マスク」「リモート」「アクリル板」などが日常的なものとなり、放送の現場でも対応を余儀なくされた。そして、2023年5月8日、新型コロナウイルス感染症は感染症法上の「5類」に移行された。
民放onlineでは、コロナ禍の放送を連続企画で振り返る。今回はテレビ朝日の甲斐侯一氏に「バラエティ番組制作の現場」から当時の苦労や工夫を執筆いただいた。
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いきなりのコロナ禍―バタバタの制作現場―
2020年1月15日、日本で最初の新型コロナウイルス感染者が確認されました。緊急事態宣言が出る前まで、この感染症に関する正確な情報や対策などの知識は薄く「大変なことになってきたな」という実感はあるものの、テレビ番組を制作するうえでそんなに影響はないだろうと、ひとごとのように感じるスタッフが多かったのは事実です。
しかし、日々感染者が増えるにつれ、社内でもコロナ対策が叫ばれ始めました。制作現場はまさに手探り状態。会社から「報告を上げてほしい」と指示が出るものの、症状? 体温? 検査結果? 濃厚接触者?......何を報告すればよいのかさえ分からず、日々の制作業務も止められず、大混乱の毎日でした。
手探りの対応―何とか番組継続へ―
初期段階で講じた策
初期段階の対策は、全スタッフの「出社前体調チェック」からスタートしました。出社前に検温を行い、体調不良を感じるスタッフは自宅待機のうえ、医療機関で受診をしました。会議は、通勤ラッシュを避けるべく時間を変更し、できるだけ少人数で行いました。番組収録では、出演者や関係者に事前の予防徹底を呼びかけ、出演前の検温を実施しました。番組観覧の客入れは中止せざるを得ず、もちろん打ち上げも中止です。収録やロケに関するルールを作成し、徐々にリモートに移行しました。
ロケ後は、スタッフが触れたと思われる場所やモノを、必ず消毒するように徹底しました。手探りで感染対策を考えながら走っていたこの時期、制作会社や出演者の皆さんには大きな負担をおかけしました。まさかその負担が3年も続くとはこの時は考えてもいませんでした。
リモート撮影
2020年3月に東京都から「不要不急の外出自粛要請」、4月7日には7都府県に「緊急事態宣言」が発令され、制作現場も本気で向き合わないと大変なことになるという雰囲気が漂い始めました。特に都の「不要不急の外出自粛要請」で、県をまたぐ移動が難しくなり地方ロケができなくなったことは大きな出来事でした。制作現場では、地方の技術会社の方々に依頼しカメラを回していただいたり、新たに一般の方に協力いただき「リモート撮影」を取り入れたりすることで、番組制作を継続していきました。
『ナニコレ珍百景』は一般の方と接触する企画の番組のため、コロナ当初は撮りだめしていたネタを放送していました。その後、一般の方と遠隔で連絡を取り合いながら撮影をしてもらう形で「リモート撮影」を行いました。皆さんも快く楽しんで撮影に協力してくださり、なんとか番組を成立させることができました。
1回目の緊急事態宣言の解除―新たな課題―
人員確保に尽力
その後、2020年5月に緊急事態宣言が解除されました。総合編成部と制作現場で制作ガイドラインを作成し、以後更新を繰り返しながらこれに基づく番組づくりがスタート。地方ロケも再開しました。
しかし、コロナ禍以前と同じようにはいかず、新たな課題にぶつかります。まず、スタッフの確保です。当時の地方ロケでは、PCR検査で陰性の結果が必要というルールを運用していました。もしロケ担当のスタッフが出発の前日に、陽性だった場合は別のスタッフを手配する必要があります。
このため、事前にこのロケ担当スタッフと同時に予備のスタッフにもPCR検査を受けてもらいました。前日に担当スタッフの陽性結果が出たら、陰性のスタッフと入れ替えるというスタイルです。入れ替えるのは局員スタッフだけではありません。制作会社の皆さんには多大なるご協力をいただきました。
スタッフへの聞き取りで疲弊
統括担当として頭を抱えたのは、「体調不良者についての厚生労務チームへの報告書提出」と「濃厚接触者の特定、それに伴う人員不足」です。
スタッフが発熱や体調不良になった時点で、プロデューサーもしくは統括担当が当該者へ症状や行動履歴の聞き取りを行っていました。体調が悪いスタッフに細かい聞き取りをするのは想像以上に大変な作業です。当初は発症の1週間前の行動から聞き出す必要があり、数時間にわたる作業でした。同じ番組から複数人の体調不良者が出た場合、報告書作成のため作業が24時を過ぎることもありました。
公式には保健所が同様の聞き取りをし、濃厚接触者を判定することになっていましたが、結果が出るまで時間がかかるため、各番組と統括担当が先に報告書を作成するのと並行して、濃厚接触者になりそうなスタッフを洗い出し、自宅待機としました。
クラスター対策のため必要ではあったものの、この作業によって濃厚接触とは言えないが心配だから自宅待機にしておこうという「念のため自宅待機者」が増えていきました。当然、当該者がPCR検査で陰性判定が出るまで待機解除は出ません。ある番組では、全スタッフの半分近くが「念のため自宅待機者」になり、他番組からスタッフを借りて番組進行を行うケースもありました。
情報が明確に―やっとつかんだ光明―
「編成保健所」の立ち上げ
しばらくこの作業を続けましたが、コロナの情報が明確になってきたため「発症の1週間前の行動」⇒「5日前」⇒「2日前」というように、聞き取り対象の日数は減少していきました。
一番効果があったのは制作で行っていた報告書作成の作業を、2021年1月からは総合編成部主体で立ち上げた通称「編成保健所」というチームが担ってくれるようになったことです。これにより制作現場は体調不良者を報告するだけでよく、コロナ関連業務の作業時間が大幅に削減、通常業務に専念できるようになりました。この「編成保健所」の立ち上げでだいぶ楽になりました。
フリーアドレス化&テレワーク推進
もう一つ、コロナ対策で功を奏したのは「フリーアドレス化」と「テレワーク推進」です。2020年11月、大所帯の第2制作部は元々デスクトップPCを共有で使用しており、モバイルPCが手元にないスタッフが大半でした。第2制作部のスタッフは500人以上おり、社内でモバイルPCの確保を進めるところからスタートしました。
幸い他部署からのサポートもあり、早急に全スタッフへモバイルPCの貸与がかない、フリーアドレスだけでなくリモート会議やテレワークも一気に進みました。また番組によっては、自宅にネット環境がないスタッフ向けに、ポケットWi-Fiの貸し出しにも対応しました。
コロナ禍での「フリーアドレス化」と「テレワーク推進」により働き方改革が進んだと同時に、隣の人と間隔を空けて作業できるようになったり、個人の荷物をデスクに置かなくなったためデスクの消毒がしやすくなったりと、感染予防にも良い効果をもたらしました。
今後に活かせること
コロナ禍の番組制作を振り返ってみると、改善すべき点があったことは否めません。例えば、「編成保健所」のようなコロナ対応に特化したチームはもっと早期に立ち上げるべきだったと考えます。通常業務以外に発生した実務を担うチームは、立ち上げ後に大きな恩恵を得られたからこそ、現場が制作作業に専念するために早期の立ち上げが必要だと感じました。
また、今までなかなか進まなかった働き方改革が一挙に進んだことも事実です。テレワークなどの推進により、出社しなくてもできる業務やリモートの方が良いパフォーマンスができる作業が分かりました。コロナ対策に限らず、一人ひとりの働き方についても良い方向へ動きました。まだ収束したとは言い切れない大きな試練ですが、これまでの働き方を見直すきっかけとなりました。
2023年5月8日、新型コロナウイルスはインフルエンザと同じく「5類感染症」の位置づけに移行しましたが、働き方の観点でいくと、今回取り入れた良い部分は継続し、都度業務の無駄などを見直しながらより良い働き方を模索していくことが重要だと思います。
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