【コロナ禍を振り返る⑦】テレビ・ラジオの視聴動向から 広がる柔軟なデバイス利用 問われるメディアが提供する価値

森下 真理子
【コロナ禍を振り返る⑦】テレビ・ラジオの視聴動向から 広がる柔軟なデバイス利用 問われるメディアが提供する価値

2019年12月初旬、中国・武漢市で新型コロナウイルスの感染者が報告され、翌年3月にWHOがパンデミックを宣言するに至った。感染症対策として「マスク」「リモート」「アクリル板」などが日常的なものとなり、放送の現場でも対応を余儀なくされた。そして、2023年5月8日、新型コロナウイルス感染症は感染症法上の「5類」に移行された。

民放onlineでは、コロナ禍の放送を連続企画で振り返る。今回は電通メディアイノベーションラボ主任研究員の森下真理子氏にコロナ禍のテレビ・ラジオの視聴動向を執筆いただいた。


2023年5月8日に新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけが5類に移行したことにより、社会の新型コロナとの向き合いは大きなターニングポイントを迎えたといえよう。この機を捉え、コロナ禍が人々のテレビ、ラジオをはじめとするメディア利用行動に及ぼした影響について考察したい。

基本生活行動の変化

2020年2月25日に国の新型コロナウイルス感染症対策の基本方針が示され、4月7日には最初の緊急事態宣言が発出された。以降、国や自治体は感染状況に合わせてさまざまな警戒情報を発令したほか、感染拡大防止への協力要請を行った。その内容は、休校・休業、イベント自粛、不要不急の外出自粛など多岐に及ぶものであった。
    
ここでコロナ禍前後の人々の生活行動の様子を知るためにビデオリサーチ社の日記式調査MCR/exデータ(東京50km圏、6月調査、12-69歳)を引用する。図表1に起床在宅、外出、睡眠という基本的な生活行動に費やした時間(1日あたり、週平均)を示す。

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<図表1:基本生活行動時間の推移(1日あたり、週平均、12-69歳)>

出典:ビデオリサーチMCR/ex (東京50km圏)

2020年に外出時間は320.0分と前年の479.2分から大幅に減少した。2020年6月調査は、最初の緊急事態宣言が解除されたものの、感染拡大への警戒から東京では「東京アラート」が発令されていた時期に行われた。在宅勤務や遠隔授業が本格的に導入されたこともあり、2020年の起床在宅時間は661.5分と過去にない長さとなった。その後、外出時間は回復するが、2022年時点でも2019年水準を下回っている。このような生活の変化は東京圏に限らず、感染状況に応じて国内で広く起きていたと考えられる。

自宅内メディア接触時間の変化

在宅時間増に加え、新型コロナや新しい生活様式に関連するような情報やエンターテインメントに対するニーズの高まりを受けて、自宅では活発にメディアが利用された。図表2は自宅で各メディアに接触した時間(1日あたり、週平均)を表す。複数メディアへの同時接触の可能性を含むが、総じて2020年に各メディアへの接触時間が大幅に増加した後にやや落ち着いていく傾向である。

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<図表2:自宅内メディア接触時間の推移(1日あたり、週平均、12-69歳)>

出典:ビデオリサーチMCR/ex (東京50km圏)

テレビは2020年に179.5分と前年の165.4分を大きく上回った。リアルタイム視聴を補完する録画再生が2020年に一時的に減少していることからも、2020年は多くの人が日中を含めて在宅し、テレビ番組をリアルタイムで視聴する機会があったと推察される。また、この時期にテレビは各種情報やエンターテインメントに対するニーズの受け皿となっていたと捉えることもできる。

ラジオは2020年に8.9分と前年の6.0分から増え、その後も2019年を上回る水準で推移している。MCR/ex調査における「ラジオ」は、radikoやらじる★らじるのサービスを利用してラジオを聴いた場合を含んでおり、ここでのラジオ聴取の一部はネット経由であったと推測される。実際、電通メディアイノベーションラボが行った調査では若年層がradikoを音声ストリーミングサービスとして受容していることを示唆する結果が得られている。電波メディアとしての長い歴史を持つラジオは、ネットにおいても聴取可能となったことで幅広い聴取層を獲得したといえる。

ネットの接触時間も2020年にPC・タブレット経由で44.9分、モバイル(主にスマホ)経由で75.9分と伸長した。この時間には情報検索等の一般的なネット行動のほか、ネット動画、SNS、メールに充てる時間が含まれる。ネットは情報や娯楽を提供するマスメディアの役割の一部を代替するとともに、特にコロナ禍においてはオンラインショッピングやフードデリバリーサービスの利用など、生活インフラとしても広く活用されるようになった点にも留意が必要である。

コネクテッドTVでのネット動画視聴

今後のメディア利用行動に影響を及ぼすようなトレンドも紹介したい。まず、コネクテッドTV(CTV)でのネット動画視聴である。図表3はテレビのネット接続率がコロナ禍にかけて急速に伸長した様子を示す。家庭のネット環境が整っていれば、テレビ本体からの直接接続のほか、録画機やストリーミングデバイスなどの外部機器を介することで、家庭のテレビは比較的容易にネットにつながる。

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<図表3:テレビのネット接続率の推移(12-69歳)>

出典:電通d-campX (東京50km圏)

さらに動画サービス事業者がテレビOS対応やリモコンへの専用ボタン搭載などのテレビ対応を進めた結果、テレビでネット動画を視聴するハードルは下がったと考えられる。

図表4は電通メディアイノベーションラボがCTV利用者を対象に行った調査において、定額制動画配信サービスと共有系動画サービスのテレビでの利用者が、それぞれテレビで視聴すると回答した主要動画ジャンルである。

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<図表4:テレビで視聴する動画ジャンル(上位10)>

出典:電通メディアイノベーションラボ「第4回テレビ受像機でのネット動画視聴調査」(2021年)

定額制動画配信サービスでは、国内外のドラマや映画、アニメなどが上位に並ぶ。一方、YouTubeに代表される共有系動画サービスにおける1位は音楽である。これには音楽ビデオの視聴にあたり、パソコンなどで事前に作成したプレイリストをテレビでBGMのように再生するケースが含まれる。

過去に行ったユーザ調査では、「自宅でいちばんいい音で音楽を聴けるのはテレビ」という声もあった。テレビがディスプレーではなく、時としてスピーカーとしても活用されている実態は、生活者がいかに自身の環境や目的に合わせてデバイスを柔軟に使用しているかを示している。

若者のメディア利用行動

コロナ禍では「タイパ(タイムパフォーマンス)」「倍速視聴」が話題となった。この傾向は特に若者の間で顕著とされるが、2022年に電通メディアイノベーションラボが行った若者に関する定性調査では、コロナ禍が若者の意識やメディア利用行動に及ぼした影響に関する示唆を得ることができた。

幼少期からデジタル機器やネットサービスに囲まれて育った若者は、元来情報の取捨に長けている。しかしコロナ禍で友人・知人とのリアルなコミュニケーションが難しくなる中、情報源としてネットやSNSを頼りにする傾向が強まった。その背景には周囲の様子がわからない不安や焦燥感、もしくは情報によって自分の生活をより充実させたいという気持ちがあるようだ。また、自分の時間をコントロールしたいという気持ちが、時間の費用対効果を強く意識させることにつながったともいえる。
    
情報源としてネットやSNSを駆使する若者とテレビの関係性は複雑である。テレビの視聴習慣がある若者がいる一方で、テレビ番組の長さや放送時間に自分の行動を合わせる視聴スタイルにハードルの高さを感じる層もいる。しかし、調査では自分の「推し」が登場する番組やライブ性の強い番組など、テレビならではのコンテンツに対する需要が依然として強いことが確認された。このニーズをくみ取り、ネットでいかに若者との接点を設けていくかがテレビの課題として挙げられよう。

また、就寝直前はスマホでのネット利用のゴールデンタイムにあたる。調査では、ラジオのようにYouTubeの音を聞きながら寝るという若者もいた。YouTubeもまた本来の動画視聴とは異なる使われ方をしており、生活者が自身の文脈に応じてメディアサービスやテクノロジーを自在に使いこなしている様子があらためてうかがえる。

メディアと生活者の今後

今やメディアの位置づけを従来のくくりで捉えることは困難となっている。例えば、テレビについて考える際、「テレビ番組」「放送サービス」「テレビ受像機」のいずれを想定しているのかを強く意識する必要がある。ラジオはネットに拡張することにより生活に寄り添うメディアとしての存在感を強めているが、音声ストリーミングサービス領域には多くの競合が存在する。メディア環境が多様化する中、各メディアが提供する価値の本質が問われている。

メディア接触は1日の生活の流れの中で行われており、生活行動として定着、習慣化しやすい。それゆえにコロナ禍で生じた変化は不可逆的と捉えることもできる。中でも社会全体のDX(デジタルトランスフォーメーション)と相まって、ネットは幅広い年齢層に生活インフラとして浸透した。今後、コロナ禍に匹敵する影響力を伴う社会事象が出現するかは知りえない。しかし、人々はこれからも自身のニーズや生活の文脈に一致するメディアサービスやテクノロジーを選択的かつ柔軟に利用し続けるだろう。そのため、メディアは生活者とのより良い関係を構築、維持するためにも、生活者を取り巻く環境やメディア利用の最新動向を理解していくことが重要であろう。

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