求めたい、もうひとつの世論調査

渡邊 久哲
求めたい、もうひとつの世論調査

報道各社の世論調査

NHKや在京キー局あるいは新聞の全国紙や通信社などの主要メディアの多くは毎月電話で世論調査を実施しています。多くはRDD法による電話調査を用いています。RDD(ランダム・ディジット・ダイヤリング)法とは、コンピューターでランダムな数を作成し、それを元した電話番号にオペレータが架電して世論調査の質問を聞き取るのです。米国で採用されていたものですが、2000年前後から日本の調査会社やメディアも使い始めました。

この手法はとにかくスピーディです。テレビ局の場合、金曜日に作成した質問を土日で聞き取って日曜夜に調査完了、翌日月曜の昼ニュースでオンエアという流れも可能なのです。時事的な争点に対する国民の反応を素早く捉えて報道するのに向いています。

2016年以降は、固定電話に加えて携帯電話も調査対象にするようになりました。これまでの訪問面接調査では、調査員が全国の対象者宅に出向いて聞き取ってくるというスタイルなので、質問内容(質問文と選択肢)を確定してから結果が出るまで3週間もかかりました。記事やニュースの素材にするには新鮮味に欠けました。

電話による世論調査では1回あたり15問程度の質問が標準ですが、その中でも内閣支持率は重要です。結果を見て政治評論家やニュースコメンテーターが「最新の調査で岸田内閣の支持率は〇〇%だ。この数字では衆議院解散は望めないですね」などと「読み」を行います。また政治家の失言に対する皆の記憶が冷めないうちに素早く調査して、国民の怒りを数値化することもできます。このように毎月テレビ局、新聞社、通信社が行う世論調査は、その機動力ゆえにもうすっかり日本のメディア報道の中に定着しています。

JNNデータバンクとは

しかし、これとはまた一味違った調査もあります。
TBSテレビをキーステーションとするJNN系列が毎年11月に行うJNNデータバンク調査(以下、JDB調査)です。時々刻々の時事問題を追いかけるというよりは、メディア接触、ライフスタイル(生活意識・生活態度)、消費意識・行動の3分野にまたがる総合的な調査です。電話調査ではなく、留置調査(対象者に質問票を配布して後日回収する方法)を用いています。全国の13~69歳の個人を対象にJNN系列28社が力を合わせて行う大規模調査で、サンプルサイズは7,000人にのぼります。報道各社が毎月行う世論調査は1,000人程度ですから、格段に大きな調査です。

しかも1974年からデータがあるので、経年変化を追うことも可能です。定点観測として世の中の大きな流れを把握できているので、JNN系列としては潜在的な資産といえます。このデータ利用は会員制度をとっており、JNN系各社のほかは有料会員に限られます。私はアカデミックユーザーという立場で利用しています。

日本人の意識はいま

さて、このJDB調査をもとに、いまの日本を概観してみましょう。JDB調査は、メディアやマーケティング関連の質問がメインですが、一部に世論動向を測る質問もあります。

現時点での最新データは2022年11月(2023年は実施中)ですが、「社会全般の関心事」を聞く質問で、40%が国の経済、38%が物価高、26%が税負担を、そしてまた25%は国の防衛をあげています。岸田首相は総裁選や総選挙をにらんで、減税政策(税金免除層には現金給付)を打ち出していますが、その一方で防衛費を埋めるための増税や赤字国債という問題も抱え、なかなか難しい舵取りを強いられています。メディアのみならず自民党や閣僚の中からも批判が出る始末で厳しい状況に追い込まれていますが、この背景には上記の支持率低迷があるようです。いわゆる「世論調査政治」ということでしょうか。

また、「所得格差の拡大を感じているか」という質問には、67%が「所得格差は広がっているように感じる」と回答。「そうは思わない」はわずか6%です。年層別では高齢層ほど格差拡大を感じているようです。(グラフ1参照)

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日本が外国と戦争をする可能性

海外に目を転じると、2022年2月からのロシアのウクライナ侵攻に続きイスラム原理主義組織ハマスとイスラエルの紛争が勃発(10月)しています。そしていま、イスラエル軍によるガザ地区での攻撃が熾烈さを増し、人道的観点から国際的批判を浴びる事態になっています(10月31日現在)。

連日こうしたニュースに触れる私たち日本の人々の意識はどうでしょう。依然としてこうしたことはテレビニュースの中の出来事で、対岸の火事なのでしょうか。2022年11月のJDB調査によると「この先、日本と外国が戦争する可能性はあると思う」36%、「この先、日本と外国が戦争する可能性はないと思う」34%、「ある」が「ない」をわずかに上回っています。

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過去10年分をグラフにしてみると、「ある」が「ない」を逆転したのは初めてでした(グラフ2参照)。「日本も可能性が無いとはいえないな」という感じでしょうか。前年の21年11月の時点では、24%対43%で、「ない」が多数派でしたから、明らかにウクライナ侵攻をはさんで、日本人の危機意識が激変したのです。しかもこの数字は、前述のハマスとイスラエルの紛争はまだ反映していません。調査中の2023年11月のJDB調査結果が待たれます。

世論調査報道、なかでも内閣支持率調査は政局に影響を与えるものですが、電話調査の機動力もあり、どうしても近視眼的なものになりがちです。しかし、テレビなどの報道機関にとっては、時にはやや引きの目でJDB調査のように国民意識の中長期的トレンドを大きくおさえる調査報道をしても面白いのではないでしょうか。

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