NHKは最近、どうなっているのか?~塚田祐之の「続・メディアウォッチ」⑭

塚田 祐之
NHKは最近、どうなっているのか?~塚田祐之の「続・メディアウォッチ」⑭

「NHKは最近、どうなっているのか?」とよく聞かれる。
私はNHKを離れてすでに7年がたつ。私も一視聴者として「なんで次々と、公共放送の信頼を損なうような事態が起きているのか」という疑問を抱いており、答えに窮してしまっている。

このところ、インターネット配信の実施基準で認められていないBS番組の配信に関わる経費を、一部の役員の稟議により執行しようとしていた問題や、『ニュースウオッチ9』の新型コロナウイルス関連の報道で、視聴者を誤認させる不適切な伝え方が行われるなど、経営層でも放送現場でもさまざまな問題が明るみに出されている。

NHKでいま何が起こっているのか。
3年ごとに会長が入れ替わり、そのたびごとに業務の大方針が転換される事態が続いている。放送とインターネット業務との関係、人事制度や組織の改編、受信料業務を支えてきた営業の大転換、さらには関連団体の再編統合など、「新しいNHKらしさの追求」を経営計画に掲げる中で、NHK全体が"改革"の名のもとで翻弄され続けていないか。

ネット視聴が急増している中で、視聴者が公共放送にいま何を求めているのか。NHKが果たすべき役割は何か。今後に向けた明確な全体ビジョンが見えない中で、さまざまな問題が起こっているように思う。

BS配信予算問題とNHKのガバナンス

NHKが総務省「公共放送ワーキンググループ」6月7日開催の第9回会合に提出した資料がある。「NHK執行部の対応について」と題された資料には、インターネット配信の実施基準で認められていないBS番組の配信に関わる経費を、一部の役員の稟議により執行しようとしていた問題の経緯が記されている。

2022年10月上旬 一部役員が前会長から衛星放送番組同時配信の了解を得たと説明

(同年)12月14日 稟議で「NHKプラスにおける衛星放送番組の配信対応整備」の調達開始を決定

問題発生当初の経緯はこのわずか2行だ。

この記述だけでは、「前田晃伸前会長は2022年10月上旬の段階で、BS番組の同時配信を了解していたのか」「一部役員は、BS番組の同時配信がインターネット配信の実施基準で認められていないことを理解していたのか」など、なぜこうした事態が起こってしまったのか正確な事実関係がわからない。

この点について、7月26日の定例記者会見で稲葉延雄会長は、「相当突っ込んだ調査をしましたが、インタビューしたそれぞれの方々の言っていることが相互に矛盾していたりして、実態がどうであるかの判別はなかなか難しいという状況だ」と答えている。

稲葉会長は、意思決定のプロセスが非常に曖昧なために、後から検証しようとしてもはっきりわからないので、決定プロセスの透明化を重点に「再発防止策」を取りまとめたと強調した。

公表された「再発防止策」には、「経営の意思決定におけるチェック体制の整備・強化」や「公共放送に働く役職員の役割・責任に関する人材教育の強化」などが並んでいる。全役職員に対しては、「放送法に規定されたルールの順守についてのリテラシー教育の徹底」が記述されている。

だが、これで実効性のある再発防止策につながるのだろうか。
NHKは放送法によって設立されている特殊法人だ。NHKのすべての根拠は放送法に基づくことは言うまでもない。したがって、全役職員が放送法に規定された基本的な内容を理解しておくことは不可欠だ。

しかし、放送法に基づいて業務や組織をきちんと運用していくためには、通り一遍の条文解釈でできるものではない。これまでの立法の経緯、法改正の経緯や行政解釈、国会での議論、関係業界や諸外国の動き等を熟知した「公共放送を制度面から支えるプロフェッショナル」が不可欠だ。

私がかつて経営企画を担当していた時は、経営企画局の「制度グループ」がその役割を担っていた。放送やインターネット、受信料、関連団体の業務範囲等、多岐にわたる分野で、新たな施策を検討したい時には事前に相談し、制度面での課題解決を図ってきた。

理事会、役員会もそうだ。予算を伴う新たな事案については、役員全体で情報を共有し率直に議論をしたうえで、最終的に会長が判断するという環境がかつては整っていた。稟議書を回して執行するのは、固定的な支出の案件が中心だった。

まずは、受信料制度で支えられている公共放送のプロフェッショナルとしての自覚と責任、そして組織内の風通しの良さが欠かせない。

インターネット業務の"必須化"

総務省「公共放送ワーキンググループ」では昨年9月から、NHKのインターネット配信のあり方について議論が続いている。焦点となっているのは、NHKのネット活用業務を、放送と同様に"必須業務化"した場合の業務範囲や財源等の問題だ。

会合は1年近く続き、とりまとめの時期を迎えているが、新聞や放送業界からは、必須業務化に反対する意見や、受信料制度と財源の関係への疑問等が出されるなど、さらに議論が続いている。
 
必須業務化についてNHKは、これまで『「放送と同様の効用」をもたらす範囲に限って実施していくのが適切と考える』と説明している。
 
これに対して、日本新聞協会・メディア開発委員会は、必須業務化に対してあらためて反対を表明。『現状、ネット業務は放送の「補完」であるにもかかわらず、なし崩し的な業務拡大が行われてきた。必須業務化によって際限なく拡大する恐れがあり、メディアの多元性や言論の多様性の観点から懸念は拭えない』などとする意見を提出している。
 
日本民間放送連盟は、『「放送と同様の効用」は概念が曖昧であり、理解増進情報と同様、際限なく拡大する危険をはらみ不適切』などと主張。さらに『際限なくネット活用業務を広げて財源はどうするのか。テレビ受信機器を設置した者に受信料を求める枠組みでずっとやっていけるのか』と、ネット活用業務の財源と受信料制度との関係に疑問を投げかけている。

なぜいま、NHKのインターネット業務の"必須業務化"が必要なのか。視聴者にとって何が変わり、どんな効用をもたらすのかが、なかなか見えてこない。

NHKの稲葉会長は6月21日の定例記者会見で、「ネットの世界というのは日々変化していますし、5年後10年後の世界は誰も予測ができません。そういう将来を見越しながら、具体的な手段というのが適当か適当でないかと議論をするのはあまり意味がないと私自身は思っています。......(必須業務化した場合に)再整理が一概に縮小ということにはならないと。拡大することにもならないが、縮小ということにもならないと。そのように位置づけて頂けるとありがたいと思います。」と述べている。

これでは議論がすれ違っていて、なかなか収束の方向性が見えない。

NHKは今年の10月から受信料の10%値下げを行う。これにより、今年度の受信料収入は前年度に対して460億円の減収が見込まれている。値下げの影響は来年度以降も続く。

こうした財政状況を踏まえ、NHKは視聴者のニーズにどう応え、どんな公共放送、公共メディアとしてのサービスを提供していくのか。放送はもとより、ネット活用業務を含めた今後のNHKの全体像を視聴者に示して、理解を求めていく時期に来ているのではないだろうか。

放送現場で何が起きているのか

放送現場でもさまざまな問題が相次いでいる。
5月15日、『ニュースウオッチ9』の新型コロナ関連の放送で、ワクチン接種後に亡くなった方の遺族のインタビューを、新型コロナに感染して亡くなった方の遺族だと視聴者を誤解させる不適切な伝え方があった。

私は翌日の新聞報道で知り、NHKプラスで確認しようとして違和感を覚えた。新型コロナについては、ワクチンの安全性をめぐってさまざまな議論があり、当然、特集か企画での報道だと思って探した。ところが、番組のエンディングの1分5秒が「配信できません」という表示になっていた。その日を映像で振り返るコーナーでの放送だったのかと、番組編集判断に驚いた。

経緯の詳細については『「ニュースウオッチ9」報道について(新型コロナ関連動画)』という9ページにわたる報告書が公表されている。
問題の原因として、担当職員の取材・制作における基本姿勢の欠如や、品質・業務管理の責任を負う上司の管理職としての基本姿勢の欠如、そして提案や試写でのチェック不足が指摘されている。

報告書によれば、担当職員は普段は局内で映像編集の業務にあたっており、みずから提案し、取材・制作を行うことは年に数回ほどしかなく、コロナ禍の遺族のインタビューの経験はなかったとされている。

こうした場合、取材経験がある記者や番組ディレクターが一緒になって取材・制作にあたることができるのが、本来の「ニュース番組」の強みであるはずだ。
なぜこのような縦割りの取材・制作体制になってしまったのだろうか。

今回の放送については、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会で審議が進められており、また遺族が放送人権委員会に申し立てを行っている。

2022年の菊池寛賞を受賞するなど、高い評価を受けている『映像の世紀バタフライエフェクト』でも、内容に複数の誤りがあり、修正して再放送する事態が発生した。

5月22日放送の『独ソ戦 地獄の戦場』で、冒頭で引用したスターリンの発言内容が別人のものだったことや、プーチン大統領の発言の翻訳の誤りなど、歴史ドキュメンタリー番組としてあってはならない誤りがあり、修正箇所は5カ所にも及んだ。

NHKスペシャルでも、5月6日放送の『"いじめ"から、逃げない 3年2組 4か月の挑戦』では、番組の途中で突然映像が切れ、NHKプラスのお知らせQRコードのみを表示した黒のノルマル画面が1分近くもそのまま放送されるという異常な事態が起こった。

なぜNHKでこうした事態が相次いでいるのか。放送現場で何が起きているのか。
労働災害では、「ハインリッヒの法則」がよくいわれる。1件の重大事故の裏には、29件の軽傷事故と、300件の無傷事故(いわゆるヒヤリハット)があるという。
 
ネット対応、働き方改革......、放送現場を取り巻く環境が大きく変わっている。この際、きちんと放送現場の課題を総点検することが必要ではないか。
そして何よりも、放送に携わる人々は、制作者の原点に返って「放送のプロフェッショナル」としての自覚と力量が求められている。

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