2023年夏クールドラマ総括 超大作もコンパクトな深夜ドラマも

成馬 零一
2023年夏クールドラマ総括 超大作もコンパクトな深夜ドラマも

日本のテレビドラマの可能性を大きく広げた超大作

猛暑が続く2023年の夏だったが、夏クールのテレビドラマも熱かった。中でも激しい熱狂を巻き起こしたのは、日曜劇場(TBS系日曜21時枠)で放送された『VIVANT』だ。

本作は『半沢直樹』を筆頭とする日曜劇場のヒット作を多数手がけた福澤克雄が、原作とチーフ演出を担当したドラマで、堺雅人、阿部寛、役所広司、二階堂ふみ、松坂桃李といった豪華キャストが放送前から話題となっていた。同時に物語は放送まで伏せられており、ドラマのジャンルすら定かではなかった。今年の夏に劇場公開された宮﨑駿のアニメ映画『君たちはどう生きるか』でも試みられた"宣伝しない宣伝"だったが、作品自体が謎に満ちたドラマだったので、結果的に大成功だったと言える。

まず、第1話で驚いたのはモンゴルロケを駆使した壮大なロケ映像だ。広大な砂漠をスーツ姿の堺雅人が歩く場面から始まり、派手なアクションが描かれた第1話を観て、日本のテレビドラマで、こんなすごい映像が撮れるのかと興奮した。

同時に脚本も細部まで丁寧に作り込まれていた。丸菱商事に務める乃木憂助(堺雅人)が誤送金された多額の契約金を取り戻すために中央アジアにあるバルカ共和国を訪れる場面から始まった物語は、やがて世界的なテロ組織・テントの秘密を、公安警察と自衛隊の特殊部隊・別班が追う国家VSテロ組織の戦いに変わっていく。同時に描かれるのが、乃木の正体だ。さえない商社マンに思えた乃木が、実は別班の一員だったことが第4話末で判明するのだが、その後、彼が追うテントのリーダーだとうわさされるノゴーン・ベキがバルカで行方不明になっていた父親の乃木卓(役所広司)だったことが判明し、別班として日本の治安を守るためにテントと戦うのか、それとも父親のいるテロ組織に寝返るのか? という国家と家族の間で引き裂かれた乃木の苦悩が大きなテーマとして浮上する。

VIVANT』のキャッチコピーは「敵か味方か、味方か敵か―冒険が始まる。」だが、まさか主人公の乃木の立場や目的がここまで変わっていくドラマだとは、想像できなかった。

脚本には『半沢直樹』で福澤と組んだ八津弘幸のほかに、李正美、宮本勇人、山本奈奈が参加しており、最終話では4人の名前がクレジットされていた。福澤の名前が原作としてクレジットされているため、海外ドラマのような集団作業によって設定や物語を練り上げていったのではないかと思う。

初めは、海外ロケを駆使した派手な映像と豪華キャストをそろえたビジュアルイメージに驚かされた『VIVANT』だったが、後半の面白さを支えていたのは、間違いなく脚本だ。数々の話題作を送り出してきた日曜劇場だが、『VIVANT』は海外展開も意識した新境地と言える作品で、これだけ壮大なスケールの作品が作れたことは、日本のテレビドラマの可能性を大きく広げたと言って間違いないだろう。

最後まで惹きつけられるミステリー

一方、木曜ドラマ(テレビ朝日系木曜21時枠)で放送された『ハヤブサ消防団』は、池井戸潤の原作小説(集英社)をドラマ化したものだ。『半沢直樹』や『下町ロケット』(TBS系)といった日曜劇場で放送された池井戸潤小説の映像化とは違うテイストのドラマに仕上がっており、最後まで惹きつけられた。

物語は、売れない小説家の三馬太郎(中村倫也)が亡き父から相続した実家のある岐阜県の山間集落にある「ハヤブサ地区」に移住するところから始まる。同じ頃、ハヤブサでは謎の放火事件が起こっていた。火事の現場を目撃した三馬はハヤブサ消防団に入団し、防犯活動に関わる一方で、映像ディレクターの立木彩(川口春奈)と知り合い、ハヤブサの町おこしのためのドラマの脚本を書くことになる。しかし、ハヤブサの歴史について調べる中で、彩がカルト教団「アビゲイル騎士団」の信者だったことを知ってしまう。

当初は小説家が田舎でスローライフを送りながら消防団の仲間たちと親交を深めて町おこしをしていく楽しいドラマになるかと思いきや、横溝正史の『犬神家の一族』のような、おどろどろしいミステリーの世界に物語は変わっていき、最終的にハヤブサに移住してきたカルト教団との対決に変わっていくストーリーテリングは実に巧みで、最後まで目が離せないミステリードラマに仕上がっていた。

今クールはミステリーテイストの謎が謎を呼ぶ作品が多く、連続ドラマならではの引きの面白さで引っ張っているドラマが多かった。土10(日本テレビ系土曜22時枠)で放送された『最高の教師 一年後、私は生徒にされた』も、ミステリーテイストの学園ドラマだった。

本作は卒業式に受け持っている生徒の誰かに殺された教師・九条里奈(松岡茉優)が1年前の始業式にタイムリープし、2周目の人生を始める場面から始まる。目の前にいる生徒の誰かが自分の命を奪った犯人だと思った九条は、最初の人生の記憶を頼りに、生徒たち一人一人と向き合い、問題の種を一つ一つ解決していく。

『最高の教師』は、2019年に放送され話題となった、生徒を人質にとって教室に立てこもった高校教師の劇場型犯罪を用いた授業を描いた異色の学園ドラマ『3年A組-今から皆さんは人質です-』(日本テレビ系、以下『3A』)を手がけた福井雄太がプロデュースした作品だ。そのため、当初は『3A』のようにジェットコースター的な激しい展開が続く学園ドラマになるかと思われたが、「2周目の人生」というSF的アイデアと自分を殺した生徒を探すという謎解き要素こそあるものの、基本的には生徒たちの抱える問題と九条が真摯に向き合って、解決していく姿を描いた正統派学園ドラマだったという印象だ。

いじめや自殺といった思春期に直面する生徒たちの悩みに対して、九条が自分の言葉で真剣に語りかけようとする姿がとても誠実で、ドラマの作り手が「今の若者たちにどうやったらメッセージが伝わるのか?」と、試行錯誤している姿が透けて見えたのが好印象だった。

脚本は今作が連ドラデビュー作となるツバキマサタカ。詳しいプロフィールが公開されていない謎の脚本家で、ある意味、このドラマに残された最後の謎と言えるのかもしれない。

新人脚本家の意欲作も

月9(フジテレビ系月曜21時枠)で放送された『真夏のシンデレラ』も、新人脚本家・市東さやかの連ドラデビュー作だった。本作は月9が久々に制作した夏の海を舞台にしたキラキラとした恋愛ドラマで、主演の森七菜と間宮祥太朗を中心とした旬の若手俳優が勢ぞろいした、トレンディードラマの世界観を現代によみがえらせようとする意欲作となっていた。

一方、脚本を担当する市東さやかは昨年ヤングシナリオ大賞を受賞した30歳の若手で、受賞作となった『瑠璃も玻璃も照らせば光る』は、ヤングケアラーの女子高生を主人公にした社会派テイストのシリアスな作品だった。『真夏のシンデレラ』でも、キラキラとした恋愛ドラマの中で、男女の経済格差が強調されており、話の節々に社会問題の影がちらつく作りとなっていた。残念ながら、市東の作風とドラマの企画はあまりかみ合っていなかったが、父親と弟を支える母親の役割を必死でこなすヤングケアラー的な立場にいる主人公・蒼井夏海(森七菜)が「半径3メートル以内の人たちが笑顔でいてくれたらそれでいい」と世界の狭さを語る場面は、今の若者のリアリティを表した名セリフだと感じた。

市東が抜擢されたのは、ヤングシナリオ大賞を受賞した生方美久を連ドラに抜擢した『silent』(フジテレビ系)の成功を踏まえてのものだが、若手脚本家に求められるものは、若者にしか書けないリアルなセリフや心情である。その課題に対して、市東は的確に応えていたため、次回作では市東の作家性を活かしたドラマを企画してほしい。

ユニークな深夜ドラマ

最後に、もっとも楽しく観たのは『量産型リコ -もう人のプラモ女子の人生組み立て記-』だ。テレビ東京系の「木ドラ24」(木曜深夜2430分放送)で放送された本作は、大学の仲間とスタートアップ企業を立ち上げたリコこと小向璃子(与田祐希)が、プラモデル作りを通じて会社の問題を解決していくユニークなドラマ。

『孤独のグルメ』(テレビ東京系)等のグルメドラマの手法で作られた趣味ドラマで、かわいい女の子がプラモデルを真剣に作っている姿を綺麗に撮ることに特化した作品だ。

同時に社会で働く今時の若者の描き方が秀逸で、「量産型」という言葉で括られてしまい、大人からは個性がなくて積極性に欠けると思われているリコが「量産型」という言葉を、ポジティブな意味に読み替えていく姿が、丁寧に描かれていた。

VIVANT』のような超大作が存在する一方で『量産型リコ』のようなコンパクトな深夜ドラマも面白いというのが、日本のテレビドラマの豊かさである。

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