【onlineレビュー】「あたりまえ」の罠を超える 高鳥都著『あぶない刑事インタビューズ「核心」』を読んで

樋口 尚文
【onlineレビュー】「あたりまえ」の罠を超える  高鳥都著『あぶない刑事インタビューズ「核心」』を読んで

近年、往年の映画やドラマのスタッフ、キャストへの聞き書き本をよく見かける。もの凄い勢いで『実相寺昭雄の冒険 創造と美学』など円谷プロダクションの「ウルトラ」シリーズの聞き書き本を上梓されている、ご自身もシリーズを担う監督であった八木毅さんに「ずいぶん矢継ぎ早に出されますね」と他意もなく申しあげたら「もっとじっくりやりたいんですけど、なにぶん取材対象のスタッフが高齢でいつ何時何があるかわかりませんからね」とジョークと本気五分五分でおっしゃるので、「それはそうだ」と納得した。

かく言う自分もかつて『ゴジラ』の生みの親の本多猪四郎監督の評伝的評論を記したのだが、本が出て数カ月後に本多監督は急逝され、期せずして生前唯一の評伝になったことがあった。その直後にテレビ草創期に『月光仮面』や『隠密剣士』などを生み出した小林利雄さん、西村俊一さんというプロデューサーにお話しを伺って本にしたら、やはりほどなくしてお二人とも鬼籍に入られた。それだから、「気づいた時には行動すべし」なのである。

ただ、どの本という名指しは避けたいが、聞き書き主体の本ならではの罠にはまっているものもある。それは取材対象者の回想をうのみにして、その武勇伝をおもしろおかしく書いて盛り上げるようなたぐいのものである。実はこういうわかりやすくおもしろげに書かれた聞き書きのほうが、一般の読者を甘やかしてウケがよいのでたちが悪い。一般の読者どころか、最近の新聞雑誌の記者や編集者は往年の諸先輩に比べると劇的に教養が劣化しているので、素人の読者をリードしてただすことなく、一緒に喜んでまつりあげてしまったりしているのでゆゆしきことである。そのゆえにこうした胡乱(うろん)な書物が後世にもっともらしく引用されて歴史が修正されてしまったりする。

そんななか、テレビ映画の「必殺」シリーズをめぐる『必殺シリーズ秘史 50年目の告白録』『必殺シリーズ異聞  27人の回想録』『必殺仕置人大全』『必殺シリーズ始末 最後の大仕事』といった聞き書き研究本を一昨年来、凄まじいペースで上梓しているのが高鳥都さんだ。高鳥さんの勢いは「必殺」シリーズにおさまらず『あぶない刑事インタビューズ「核心」』という大著まで、劇場映画版の新作公開にあわせて刊行された。

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<著者の高鳥都さんが同じ立東舎から出版した「必殺」シリーズ研究本>

思えばあれほど人気のある「必殺」シリーズにこれまでこういった書籍が存在しなかったことが不思議なのだが、しかし本来の伴走世代である私などからすると「必殺」も「あぶデカ」もチャンネルをひねると毎週らくちんに拝める「あたりまえの番組」だったので、こうしてあらたまって振り返ってみようということをついぞ思いつかないわけである。実はここが大きな問題で、往年の映画であれテレビドラマ、テレビ映画であれ「あたりまえ」に存在し消費されていった娯楽作品ほど、(異色の大作や挑戦作ではないわけだから)「あたりまえ」に記録が残され得ないのだ。

たとえば1950年代後半から60年代前半まで東映で『警視庁物語』という中篇シリーズが24本も製作され、これは今観ても画期的な内容で後年のテレビドラマの刑事物の原点となっている貴重な作品だが、なにぶん当時は二本立ての「添え物」扱いなのでくだんの評価軸で言えば「あたりまえ」以下の「何でもない」作品と目されていたわけである。もしも今私が全スタッフ、全キャストの聞き書きを編めるなら、最優先で残して取り組みたいのはこの『警視庁物語』なのだが、もうタイムマシンにでも乗らないと無理な話で切に惜しまれる。そういう意味では私の世代ではいつも盛り上がって見ていたくせに「あたりまえ」のものとしてすっかり視野から外れていたものを、1980年生まれの高鳥さんがサルベージしてくれたわけである。

おそらくわれわれ60年代のテレビっ子からすると「あたりまえ」であった「必殺」も「あぶデカ」も、80年代のトレンディドラマ以降のふやけたドラマ製作状況で育った高鳥さんからすると目覚ましく気合いの入った娯楽の鑑であったに違いない。そして、それゆえの敬意と好奇心でこれらがもはや「あたりまえ」でないことを大変な物量のインタビューで裏づけてゆくのだが、その「虚心に聴く」という姿勢に、何か作品をあらかじめ用意した崇拝の鋳型におしこめて盛り上げよう(ホントに愚かなファンはそういう同人誌ノリが好きなのだ!)という口当たりのよさ狙いがないところが好ましい。

だから「あぶデカ」のあるスタッフなどは「悪い思い出しかない」と言い、なかなかに困った監督たちの態度などを回想するのだが、実際の現場というのはこういう齟齬や矛盾がごった煮的に渦巻いて動いているものだ。また、高鳥さんはベテランスタッフに「スクリプターの仕事とは何ですか」「リーレコとは何ですか」といったベーシックな問いかけをするのだが、ここが何より作品の裏話を超えた職能の本質や矜持に関わる記録として大切なところなのである。


あぶない刑事インタビューズ「核心」
高鳥 都著 立東舎 2024516日発売 3,300円(税込)
A5判/448ページ ISBN978-4-8456-4064-5

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