ジェンダー形成とメディア~「子どもとメディア」②

加藤 理
ジェンダー形成とメディア~「子どもとメディア」②

社会的・文化的に作られた性差を指す「ジェンダー」という言葉は、日本でも広く認知されるようになっています。それにもかかわらず、世界の男女平等ランキングを示す「ジェンダー・ギャップ指数」2021年版で日本は153カ国中120位、G7諸国の中では最下位という結果でした。

この指数は、「ジェンダー間の経済的参加度および機会」「教育達成度」「健康と生存」「政治的エンパワーメント」の4種類の指標を基に格差を算定しますが、日本は労働所得、政治家・経営管理職、教授・専門職、国会議員数で男女間に差が大きいとの評価で100位以下となっています。先日の総選挙で当選した女性議員の比率も9.7%と公示前より後退してしまいました。

日本では、女性は家庭で家事を行ない子育てを担うべきという意識が伝統的に強く、戦前の学校教育では、修身で「良妻賢母」が女性の理想的な姿として子どもたちに教えられていました。家庭教育とともに学校教育はジェンダー形成に大きな影響を与えていたのです。

戦後もその伝統は残存していました。中学校で家庭科が男女共修になったのが1993(平成5)年、高校はその翌年に共修となります。それまでは、それぞれの1領域を履修させる相互乗り入れを行なっていたものの、男子は技術科で木工細工などを行い、女子は家庭科で料理や裁縫などを行なっていました。家庭科だけでなく、他の教科や教育活動を通してもそれぞれの性に期待される行動や性格を子どもたちが知らず知らずのうちに受け取ることが多く、学校教育での教育内容は、意図しない中でジェンダー形成を担う「隠れたカリキュラム」(10月1日掲載、連載第1回参照)となっていたのです。

「隠れたカリキュラム」として、メディアも子どもたちのジェンダーに影響してきたことは言うまでもありません。60年代後半から70年代の番組表を見ると、夕方から19時台にかけて、子ども向けテレビアニメや特撮物が多数を占めていました。

多くの子ども向け番組は、男女関係なく楽しむことができましたが、当時子どもだった筆者の実感では、作品の随所にジェンダーを感じていました。その代表的な作品に、68年3月に放送開始された『巨人の星』と69年12月に放送開始された『アタックNo.1』があります。それぞれの主人公である星飛雄馬と鮎原こずえの言動と性格描写、友情の描かれ方は、ジェンダーが強く反映されたものとなっていました。

主題歌の歌詞は、両作品に描かれたジェンダーを象徴しています。『巨人の星』は、「思いこんだら試練の道を、行くが男のど根性」で始まります。そして、「血の汗流せ涙をふくな、行け行け飛雄馬どんと行け」という歌詞が歌われていきます。一方の『アタックNo.1』は、「苦しくったって、悲しくたって、コートの中では平気なの」で始まりますが、途中で「だけど涙がでちゃう、女の子だもん」というセリフが挿入されます。どちらも困難に立ち向かうことを歌いながら、星飛雄馬には涙を流すなと歌い、鮎原こずえが涙を流すのは女子だから仕方ない、と子どもたちにジェンダーを意識させる歌詞が歌われていたのです。

アニメや特撮物の作品内容は、男女の関係性とそれぞれの役割を子どもたちに意識させる側面を多く含んでいました。『ウルトラセブン』のウルトラ警備隊唯一の女性隊員友里アンヌは、平時は極東本部のメディカルセンターに医療班スタッフとして勤務するという設定でした。ところが、番組を見ていた子どもにとってアンヌ隊員は警備隊員の一人であり、本職が医療班スタッフだとは知りません。隊員服に身を包んで戦闘に参加していたアンヌ隊員が、モロボシ・ダン隊員が怪我をした時にはナース服で看病にあたる姿が印象的であり、看病するのは女性の役割なのだという印象を受けたものです。同様のことは『宇宙戦艦ヤマト』の森雪乗組員にも見られました。

ジェンダーへの影響という点では、『タッチ』の浅倉南も強い印象を残しています。甲子園を目指す球児たちを支えるマネージャーを務め、幼馴染でエースの上杉和也に「甲子園に連れて行って」とお願いします。和也が夢をかなえられるように支える南の姿は、当時の青少年に圧倒的な人気でした。

社会全体のジェンダーへの意識が高まる中で、テレビに映し出されるジェンダーも確実に変わってきました。日曜日の昼放送の番組で、道行く女性に「錦糸卵」や「揚げ出し豆腐」などの料理を作ってもらう人気コーナーがありました。母親から娘が学んだことをもとに料理するコーナーとして始まりますが、次第に若い女性たちが、料理を作ることができない様子を笑うコーナーになっていきます。そこには、料理は女性の仕事、女性は料理ができてあたりまえというジェンダー意識が働いていたことは言うまでもありません。ところが、社会のジェンダー意識の変化が、このコーナーを変えていきます。2019年からは若い男性も料理に挑戦するようになります。

朝の情報番組の中で人気俳優が担当する料理コーナーも、「隠れたカリキュラム」として社会のジェンダー意識を変化させることに貢献していたと考えられます。オリーブオイルをふんだんに使用したり、胡椒を上からパラパラと落とすしぐさで人気だったこのコーナーは、料理は女性のものという根強い観念を若い世代からなくすうえで影響力がありました。最近では、男性同士がおしゃべりしながら料理を楽しむ番組や、男性が家事を初歩から学んでいく番組もみられるようになりました。

家事全般を女性の業務として成立した契約結婚を描いて人気だった連続ドラマのスペシャルドラマでは、夫が育休を取ることを決意する様子や、家事の役割分担を夫婦で決める様子などが描かれていました。

イギリスの大衆紙「ザ・サン」の名物コーナーに、女性のトップレス写真を掲載したページ3がありました。1970年から続いたこのコーナーは、「ノーモア・ページ3」というソーシャル・メディア・キャンペーンなどを受け、現在では廃止されています。

ページ3の廃止は、社会の変化に対応できなければメディアが社会から受け入れられなくなることを示す好例です。数々の番組に見られる変化も、社会の価値観の体現者である視聴者の存在を意識した結果だと思われます。

メディアは社会と価値観を共有し、社会の変化に敏感に反応していくことが求められています。制作者たちは、社会の変化に合わせて自身の価値観を柔軟に対応させることが必要です。また、社会の変化に敏感であるだけでなく、メディアは社会の動向を洞察し、社会の動きの半歩先を進んでいくことも求められています。多様性の時代の実現が図られる中で、「男らしさ」「女らしさ」を強要される社会ではなく、自分らしく生きることを認められる社会の実現が、これからの社会の課題です。

「隠れたカリキュラム」としての力を持っているメディアは、ジェンダーにとらわれることなく、自分らしく生きることを肯定した番組を通して、子どもを含む視聴者の豊かな人生の実現に寄与していくことが求められているのです。

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