民放onlineではポッドキャストを再考するシリーズを展開しています。第2回は株式会社オトナル代表取締役の八木太亮さんに、ポッドキャストの可能性を解説いただきます。(編集広報部)
1.はじめに
ポッドキャストの広告市場が米国を中心に拡大中だ。米国におけるポッドキャスト広告の媒体収益は、2021年には10億ドルを超え、2024年までには42億ドルに到達すると予測されている。こうしたポッドキャストを含むデジタルオーディオ広告の市場は日本でも成長が期待されている分野でもある。本稿では、ポッドキャストの市場状況や利用実態から、その広告としての可能性を紐解いていく。
ポッドキャストの市場成長は、ラジオとポッドキャストの利用率の変化を示した米国のデータ(=下図)を見るとわかりやすい。米国の公共放送であるNPRの行った調査では、トーク型の音声コンテンツにおける利用率がラジオからデジタル音声コンテンツに移り変わりつつあることが示されている。13歳以上のアメリカ人では、トーク型の音声コンテンツに費やす時間のシェアが2023年には36%がポッドキャストとなり3分の1を超えている。一方、2014年に78%のシェアをもっていたラジオ(ラジオストリーミングを含む)は、2023年には44%まで減少している。これらデータからも、ポッドキャストが今後の音声コンテンツや音声広告を考える上で非常に重要であることがわかるだろう。
2.若年層と企業の意思決定層が共存するポッドキャストのリスナー
日本国内のポッドキャスト利用率
では、日本国内において、ポッドキャストはどのような人々が聴いているのだろうか。我々オトナルと朝日新聞が共同で行った最新の調査(=下図)では、日本国内でのインターネット人口に占めるポッドキャストの利用率は全年代で平均15.7%だった。
世代別の利用率を見ると、10代(15-19歳)では32.8%、20代では25%となっており、若年層の利用率が高いのが特徴だ。ポッドキャストユーザーの特徴としては、上記でも触れた通り、若年層が多いため学生の割合が高いという傾向がある。若年層には「お笑い」ジャンルが人気だ。インターネットに慣れた世代であるため、メディア接触の仕方としてYouTubeやTVerを見るように、自分のタイミングで好きなコンテンツを聞くことのできるオンデマンド型のポッドキャストが支持されているようだ。
ポッドキャストユーザーの職業
あわせてもう一つの傾向として、企業の決済権者(経営者や役員、管理職)が多い点も挙げられる(=下図)。ポッドキャストユーザーのうち企業の決済権者は13.1%で、非ポッドキャストユーザーと比べると3.9ポイント多い。
一見すると全く違うこの「学生」と「企業の決裁者」という属性がポッドキャストに表れてくるのは非常に興味深い結果だといえるだろう。これは、オンデマンド型の音声メディアである「ポッドキャスト」の特性として情報のインプットの意欲や情報感度の高さが関係しているからではないかと思われる。
実際にポッドキャストユーザーのもうひとつの特徴として「情報感度が高い」という点がデータにも表れている。その他の複数のメディアのユーザーの情報感度を比較した設問では、すべての回答項目でポッドキャストが最上位になった。特に「製品や新しいサービスを取り入れるのが人よりも早い」や「新しい流行について人に聞かれることが多い」といった設問では、非ユーザーに比べてポッドキャストユーザーのポイントが3倍近く高くなっており、ポッドキャストの学習との相性や情報収集コンテンツとしての強みがユーザー傾向にも表れているといえるだろう。
何かをしながらコンテンツを聴く「ながら聴き」
ポッドキャストの聴取シチュエーションとして、何かをしながらコンテンツを聴く「ながら聴き」の割合が非常に高い点も特徴だ(=下図)。
調査結果では、ポッドキャストユーザーの87.1%が、車の運転中や公共交通機関での移動中、家事中、趣味の作業中など、何か別のことをしながらポッドキャストを「ながら聴き」で聴いていることがわかった。ポッドキャストの場合は、さらにユーザー層にZ世代と呼ばれるような若年層が多いことから、タイパ(タイムパフォーマンス)を重要視していることも無関係ではないだろう。
3.デジタル時代のポッドキャスト広告の可能性
ポッドキャスト広告におけるユーザ体験の特徴
上記のように独特な特徴を持つポッドキャストだが、音声メディアおよび音声広告媒体として、ラジオと違う価値や側面を持っている。ポッドキャストの広告は一見すると地上波のラジオや放送と近いものだが、実はそのユーザー体験やテクノロジーの観点でユニークな特徴を備えている。まず前提のひとつに、ラジオ以上にポッドキャストは非常にユーザーのエンゲージメント(つながりや愛着)が高いコンテンツであるという点が挙げられる。
その高いエンゲージメントの背景にあるのが、ポッドキャストの聴取時の特徴である「能動性」や「自己選択」だ。特定の放送局のチャンネルを流して聴くスタイルのラジオ放送と異なり、ポッドキャストの場合は必ずユーザーが番組と番組エピソードを選択し、自ら能動的に再生ボタンを押している。これがメディアの接触態度に大きな差をもたらす。
ポッドキャストの聴取のシチュエーションではさまざまなコンテンツが大量にあるこの現代に、自らコンテンツを選び再生ボタンを押しているため、必然的にリスナーは傾聴性を持ってコンテンツに触れることになる。チャンネルを選んで流れているものを聴く、というスタイルで触れることの多い放送のメディア接触体験より、「傾聴性」や「能動性」が高くなる。その点が広告効果に表れるわけだ(なお例外として、放送の場合も深夜ラジオなどのradikoでの「タイムフリー」聴取などは、ユーザーが自己選択して聴いているためポッドキャストに近いユーザー体験になっているという点は補足しておく)。
下記のグラフは、広告の煩わしさに関する5つのメディアの比較だが、ポッドキャストの広告は「とても押し付けがましい」という回答がもっとも少ない結果になっているのも頷けるだろう。
ポッドキャスト広告の3つの手法
また、ポッドキャスト広告にはどのような手法があるかも説明しておこう。ポッドキャストの広告は大きく分けると広告手法として3つの種類に分けることができる。具体的には、動的挿入型広告(DAI:Dynamic Ad Insertion)、編集挿入/タイアップ型広告(Baked In)、スポンサード型(ブランデッドポッドキャスト)である。
1つ目の「動的挿入型広告(DAI:Dynamic Ad Insertion)」は、テクノロジーを用いて動的に挿入される広告手法だ。聴感上はラジオのスポットCMのような体験になる。アドサーバーと呼ばれる広告挿入のシステムによって、ポッドキャストの各エピソードに広告を挿入する仕組みで、エピソードがリスナーのデバイスに取得されるタイミングで都度広告を送り込むことができる。これにより、一定の出稿期間だけ特定の広告素材を配信したり、広告の出し分けや定量的な広告配信数レポーティングなどが可能になる。具体的には、配信数に応じた配信数保証の料金体系を作ったり、聴取エリアに合わせた広告の出し分けを実現することができる。例えば関東圏と関西圏の同じタイミングで同じコンテンツを聴いた時に別のCMをエリアによって出し分けるということがポッドキャストでも可能になるため、よりデジタル広告的な音声広告の販売や提案ができる手法だといえるだろう。
2つ目の「編集挿入/タイアップ型広告(Baked In)」はいわゆる従来のラジオ広告と同じく、音源編集にCMをミックスして広告を入れておく手法だ。英語圏では「Baked In(ベイクドイン)」、「焼付け」という言葉で呼ばれている。これを日本語にわかりやすく翻訳するとしたら「完パケ型」といったところだろうか。広告のクリエイティブ部分は、パーソナリティ読み上げ(英語圏では「ホストリード広告」と呼ばれる)か、クライアントから提供された20秒などの秒数が指定されたCMを挿入する手法などがある。これまでのラジオCMと手法としては変わらないため、複雑なシステムを使用せずにラジオ広告同様に音源を編集することで実現することができる。
3つ目の「スポンサード型(ブランデッドポッドキャスト)」は、番組スポンサーありきでポッドキャスト番組を作る手法で、ラジオCMにおける番組提供(タイムCM)のようなイメージだ。既存の番組に広告主についてもらうのではなく、広告主ありきで番組を作るスタイルで企業がスポンサードするかたちになる。
また、ポッドキャスト広告を語る上で非常に重要なキーワードとして「ホストリード広告」という言葉についても触れておこう。パーソナリティ(ホスト)が 読み上げる広告を英語圏ではホストリード広告と呼び、この効果が非常に高いとされている。手法としてはラジオにも通じるところではあるが、ポッドキャストの場合は前述の通り能動性を持ってコンテンツに触れているため地上波のラジオ広告などと比べてもより高いエンゲージメントを発揮する素地があるといえるだろう。
4.ポッドキャストの人気コンテンツと2つの特徴
日本におけるポッドキャストではラジオ局がラジオ番組をポッドキャスト版として配信するものや、一般のポッドキャスト配信者、いわゆる「ポッドキャスター」と呼ばれる人たちが配信しているものなどさまざま存在する。日本でも人気の番組に目を向けると、ポッドキャストならではの大事なポイントが見えてくる。ポッドキャストの特徴を感じられる人気コンテンツをいくつか紹介しよう。
ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」(TBSラジオ)
TBSラジオより配信されている『ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」』は、放送局が提供する番組の中でも高い人気を誇るポッドキャストオリジナルコンテンツだ。ジェーン・スーさんと堀井美香さんによる人気番組で、台本なしで進む2人の軽快なトークが多くのリスナーを魅了している。今年7月には「大運動会」と称して大規模なイベントを開催し、3,000人のファンが集まったことでも記憶に新しい。
ニュースの現場から(朝日新聞ポッドキャスト)
朝日新聞社より配信されている「朝日新聞ポッドキャスト」、通称「朝ポキ」のひとつ『ニュースの現場から』は、朝日新聞記者の神田大介さんを中心に、日本や世界のニュースの解説や記者同士の雑談など、さまざまなコンテンツを配信している。新聞社のコンテンツと聞くと一見すると固いイメージがあるが、新聞社の人たちがポッドキャストで雑談や冗談を交えながら話す非常にカジュアルな内容となっている。その身近な雰囲気にファンも多い。
歴史を面白く学ぶコテンラジオ (COTEN RADIO)
「歴史好き」である株式会社COTENの深井龍之介さん、楊睿之さん、「歴史弱者」こと株式会社BOOKの樋口聖典さんの3人のトークを通じて、歴史を楽しく、わかりやすく解説してくれるポッドキャスト。学校の授業ではなかなか学べない国内外の歴史の面白さに触れ、学ぶことができる。国内でも屈指の熱狂的人気を誇るポッドキャストの一つ。
人気コンテンツに共通する特徴として、2点が挙げられる。ひとつ目は「共感」や「身近さ」が非常に重要であるという点だ。本記事の冒頭でもご紹介したポッドキャストの調査では、たとえば20代のユーザーなどは「配信者との距離を楽しむことが聴く目的である」というような声がある。
もうひとつは、「専門誌化」だ。コテンラジオのように「歴史」という1つのテーマを深く掘り下げ、難しいテーマを音声で分かりやすく伝えていることで、非常に濃いファンに支持されている。これはマスメディアであるラジオ放送に対してインターネットのメディアであるポッドキャストに必要な点であると考えられる。
上記2点は、インターネットからマスメディア、ゲームメディアまで多くの娯楽やエンターテインメントが存在する現代において、「わざわざ能動的に何度も聴きたくなるか」というポイントを作るために非常に重要なポイントだといえるだろう。
5.エリアに縛られないというチャンスの中での放送局への期待
デジタルコンテンツが一般的となった現代では、「人がメディアに合わせる」のではなく、「人がコンテンツを選ぶ」というのが一般的な感覚になっている。
特にインターネットコンテンツにおいては放送エリアや国境といった制約が全くないため、消費者の可処分時間を奪い合う、ある種の異種格闘技戦のような状態であるともいえる。実際、面白いことに日本国内で人気のポッドキャスト配信者には都市部ではなく地方に住んで配信している人や、海外から配信している人が少なくない。つまり、ポジティブに捉えればエリアに縛られずに人気コンテンツを生みだせる可能性があるともいえる。
放送局が本来持っているコンテンツ作りの強みをインターネット時代に最適化し、コンテンツ作りをすることで、さらにポッドキャストの国内市場が盛り上がるだろう。そういった放送局ならではのオンデマンド時代の音声コンテンツ作りに期待したい。