メディアとジェンダー:メディア業界におけるジェンダーバランスの現状と改善に向けて

阿部 るり
メディアとジェンダー:メディア業界におけるジェンダーバランスの現状と改善に向けて

2021年は「ジェンダー」をめぐるニュースが大きな注目を浴びた。2月の森喜朗元首相の「女性蔑視発言」に始まり、6月の「LGBT法案」見送り、恒例の「新語・流行語大賞」に「ジェンダー平等」がノミネートされた。

新聞社のデータベースを利用して「ジェンダー」に関連する記事件数の変化を調べてみると、この10年間でかなりの割合で増えていることがわかる(グラフ1参照)。10年前までは、ジェンダーに言及する記事の数も各紙年間二桁台でそれほど多くはなかったが、その後増加を続け、2021年については前年と比べても増え幅がかなり大きい。

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ただ、ジェンダーへの関心の高まりが、日本のジェンダーをめぐる問題の解決につながっているとは、必ずしもいえない。男女間の格差を数値化するジェンダーギャップ指数の日本の順位は、156カ国中120位(2021年度)。この指数の構成要素にもなっている国会議員の男女比は、2021年10月の衆議院選挙を経て、10.1%から9.7%へとわずかに後退しており、政治の分野ではジェンダー平等の面から大きく遅れていることが分かる。

メディアについてはどうか。21年3月に公表されたロイター・ジャーナリズム研究所(英国)の調査を見てみよう。12カ国を対象とし各国のテレビ、新聞などの主要メディア10社の編集トップの男女の割合を調査したもので、日本は12カ国中最下位だった。女性の編集トップは「ゼロ」となっている¹。女性記者の割合を国際的に比較した場合、日本における女性記者の割合は25%以下と「女性記者が歓迎されていない」国という最下位のカテゴリーに分類されている(表1参照)。

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<表1 国際比較:女性記者の割合>

*出典: Michael Bromley & Vera Slavtcheva-Petkova (2019) Global Journalism, London, Red Globe Press &macmillan international, pp.178-179

もちろん、日本におけるこうした事態は、徐々にではあるが改善されてはきている。新聞社・通信社については、この20年で女性記者の割合が10.2%から約22.2%へと約2倍に増えた(グラフ2参照)。放送メディアについては女性の従事者の割合は約20年で20.7%から24.2%とわずかに増加している(グラフ3参照)。新規採用の男女比では、新聞、放送ともに約4割となっている。

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<表2 日本の新聞社・通信社における女性記者の割合>

*出典:2000年~2009年までのデータ『新聞研究』20098月号p.92
2010年~2019年までのデータ『新聞研究』201910月号p.88
2020年については『新聞研究』202011月号p.84

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<表3 日本の民放局における女性従業員の割合>

*出典:『日本民間放送年鑑』2001~2020

こうしたなか、民放労連は2021年5月、放送各社における女性の役員割合について調査結果を発表している。「民放テレビ局127社中91社(全体の71.7%)で女性役員ゼロ」「在京・在阪民放テレビ局で制作部門のトップに女性ゼロ」といった驚くべきデータが示された²。メディア組織のトップや中間的管理職に女性が少ないということは指摘されてきたが、実態をデータで裏付けたという意味で高く評価できる。

調査を手がけた民放労連女性協議会は、放送業界におけるジェンダーバランスの改善が「喫緊の課題」であると訴え続けてきた。この調査の発表に先立つ21年2月、民放労連などメディア関係の労組は合同で、メディア各社と業界団体に対し、女性役員の比率を3割に引き上げるよう記者会見を開き要請した。

18年に与那嶺一枝氏が沖縄タイムスの編集局長に就任。新潟テレビ21は17年にテレビ朝日出身の桒原美樹氏、19年にはニッポン放送の檜原麻希氏、21年6月には石川テレビ放送の林寛子氏が社長に就任するなど女性が社長を務める局も少しずつ増えてきている。ただこれらは例外的で、民放局全体における女性役員の割合が2.2%(民放労連調べ)、NHKについては役員12名中1名が女性、新聞・通信社においては3.8%(新聞協会調べ)という数字からは、報道内容や会社、組織の経営、運営の意思決定にかかわる女性の数も非常に限られていることが明らかだ。女性の経営者や起業家などが珍しくない昨今、メディア業界は「ボーイズ・クラブ」と揶揄されても、致し方ない。

欧米メディアに目を向けると、近年、女性の編集トップが相次いで誕生している。21年6月ワシントンポスト紙で143年の歴史ではじめてサリー・バズビー氏が女性として編集トップに就任。イギリスでは15年ガーディアン紙の編集長にキャサリン・バイナー氏が、20年にはフィナンシャルタイムズ(FT)でもルーラ・カラフ氏が、1888年創刊以来初めて女性として編集長に就いた。同じく2020年には、英国のサンデータイムス紙でも女性の編集長が、AP通信は22年に女性のCEOが就任する予定になっている。放送局に関しては21年2月にドイツの公共放送局ARD加盟局の一つであるバイエル放送局で初の女性トップが就任し、9つある加盟局のうち4局のトップが女性となった。

ただ、「欧米ではメディア組織や編集トップに女性の登用が進んでいるが、日本は遅れている」と、必ずしも単純化できない。前述のロイター研究所の調査によると、女性ジャーナリストの男女比率の平均は約4割と日本のおよそ2倍にのぼるが、12カ国180メディアの編集トップの割合は22%にとどまっている。日本が平均を引き下げていることを差し引いても、高い数字とはいえないだろう。

メディア業界におけるジェンダーギャップの問題は、日本だけの問題ではない。「ボーイズ・クラブ」的なメディアのあり方は、世界のメディアにも共通してみられる「普遍的」な問題である。ただ、日本と欧米では大きな違いがある。欧米では、メディアにおけるジェンダーバランスの不均衡の是正に向けた積極的な措置が取られている。欧米の主要メディアの多くは、ジェンダー平等に向けた数値目標を掲げ、従事者および番組を定期的にモニタリングしてデータを公表。多様性について、「男女」のみならず、LGBTQやエスニシティという指標も重視している。

欧米メディアのジェンダー平等に向けた是正策の詳細については、稿を改めて紹介するが、いずれにせよマス・メディアがジェンダー平等や多様性の問題に向き合い改善していくことは、世界的な潮流であり、今日のメディアにとって避けては通れない問題なのだ。

日本のメディアの現場で働く人たちのなかには、「男性優位」「男性中心的な」現状に危機感を持ち、何とか変えたいと模索する人は少なくない。業界内では有志らによる勉強会やネットワークがつくられるといった動きもある。ただ、そうこうしている間にLGBTQが日本社会において大きなイシューとなるなど、ジェンダーはもはや男女の性差だけは語れなくなっている。こうした状況にあっても、ジェンダーの不均衡を変えていこうという意思や具体的な動きは、マスコミ業界全体の大きな流れにはなっていない。

情報の発信者であるメディアのジェンダーバランスや多様性は、発信される情報やそのあり方に大きな影響を与える。どのような属性を持つ人たちが取材し、情報を取捨選択し、番組を制作しているのか――。インターネット上にさまざまな情報があふれ、人々の新聞・テレビ離れが急速に進む。マス・メディアは、情報の受け手の半数が女性という現実を受けとめ、組織としてジェンダーバランスを改善し、報道や番組に「多様性」を担保していく努力が求められている。そのためには女性の役員登用だけでなく、組織や報道、番組制作において意思決定に関わるポジションに女性を増やしていくことが強く望まれる。


¹ Women and leadership in the news media 2021: evidence from 12 markets | Reuters Institute for the Study of Journalism (ox.ac.uk)
² 全国・在京・在阪 民放テレビ局の女性割合調査 結果報告(2021/5/24) | 民放労連 (minpororen.jp)

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