今年4月、一般社団法人「性的指向および性自認等により困難を抱えている当事者等に対する法整備のための全国連合会」(略称:LGBT法連合会)は、一般社団法人fairおよび記者有志の協力のもと、「LGBTQ報道ガイドライン―多様な性のあり方の視点から」第2版を策定・公開した。本稿では、本ガイドラインの策定背景と構成を紹介したのち、活用方法や公表後の反響について言及する。
2010年代前後から、LGBTQ、性的指向・性自認(SOGI)に関する運動が社会的な機運を受けて急速に拡大した。都市部のみならず日本各地でも声が上がるようになり、それに呼応するようにしてメディアにおける報道も増加した。同時に、「記者側には悪意がないかもしれないが、差別的なニュアンスを含む表現が用いられている」「当事者であることが意図せず報道されてしまった」「取材当時は了承して個人情報を話したが、その後記事が思ったより拡散して後悔した」といった当事者の声を聞くことも多くなっていった。このようなメディアと当事者のすれ違いを解消するには何が必要か――。そのような問題意識をもとに、私たちは報道機関有志の声がけもあり、対話を重ねていった。その成果が本ガイドラインである(2019年3月初版発行)。
本ガイドラインの大きな特徴が、「取材する側」と「取材される側」の双方に宛てて項目を設けている点である。取材する側には、▷性の多様性に関する基礎知識を事前に身につけること▷取材対象者がどの範囲にまでカミングアウトしているか確認すること▷取材時に公開可能な個人情報の範囲(名前、顔出しの有無など)を確認すること▷記事や番組がどのような媒体に掲載・転載されるか説明すること――などを促している。また、取材される側にも同様に、報道とは何かを取材過程も含めて示し、そのうえで自分の情報をどこまで公開できるか確認・整理しそれを取材する側に伝えることや、自分の話したことが周囲の人々のアウティングにならないように留意することなどを促している。両項目ともそれぞれA4一枚の見やすいチェックリストとしてまとめてあり、取材する/される時になるべく多くの方に参照してもらうことを意識した。
初版を策定してからも、LGBTQやSOGIを取り巻く社会的状況は日に日に変化していった。第2版を新たに策定した背景には、LGBTQやSOGIに関する運動の更なる拡大や社会的状況が変化したことがある。このような状況から、これまで聞かれなかった言葉や、当時とは違う意味合いを持った言葉が生じたことがある。
そこで初版から3年が経過した第2版では、新たに「注意が必要なトピックやフレーズ」という項目を加えた。ミスジェンダリング(本人の性自認と異なる敬称や人称代名詞を誤って用いること)を防ぐために「さん」などジェンダーを特定しない表現を用いること、「LGBTへの配慮」「禁断の愛」といった表現に無意識の「上から目線」や偏見が潜んでいないか検討すること、「LGBT男性」「性的嗜好」「エイズウイルス」「同性婚の『合法化』」といった不正確な表現が用いられていないか見直すことなどを挙げている(【例】LGBT男性:LでGでBでTの男性となるので、正しくは「ゲイの男性」や「トランスジェンダーの男性」となる。性的嗜好:正しくは「性的指向」。エイズウイルス:HIVというウイルスの感染を原因として発症する病気の総称がAIDSなので、正しくは「HIV」。同性婚の合法化:合法化の反対は違法となり不正確なので、正しくは「制度化」)。こちらも同様に、参照しやすさを意識してなるべく簡潔なリストとしてまとめた。
本ガイドラインの編集にあたって最も工夫を要したのが、記述の正確性を担保しながらも、いかに簡潔かつわかりやすく伝えるか、という点である。例えば、トランスジェンダーを説明する際、しばしば「体の性と心の性の不一致」という表現が用いられる。しかしながら、SOGI研究・運動の文脈では、「心の性」という表現は、原語である「Gender Identity(性自認)」を正確に言い表しておらず、不適当との指摘が聞かれる。同様に「体の性」についても、性別は出生時に医師や看護師によって判断され、法的・社会的に「割り当てられる」ものであるとして「Sex Assigned at Birth(『出生時に割り当てられた性』)」との表現が用いられることが少なくない。こうした表現や訳語をめぐっては、これまでにも膨大な量の議論が蓄積されてきた。文字にしてしまえばたった数文字の表現であったとしても、「トランスジェンダーであるのはあなたの勘違いなのではないか」などと不当な差別を受けてきた当事者にとって、大変重要な点である。こうした経緯を、いかに正確かつ簡潔に伝えるのか。メディア・記者の方々に広く採用していただくことを目指す本ガイドラインに、不正確さを残さず、一方、幅広く手にとっていただきたいからこそ、なるべくわかりやすい記述に落とし込むことも重要であった。このような葛藤の中で、議論をどこまで、どのように伝えるのか。当事者、記者、研究者など幅広い方々を交え、改めて対話を重ねながら編集していった。こうした工夫のかいもあってか、既に第2版についても、テレビをはじめ、新聞やネットメディアなど多くのメディアから、「取材する/されるにあたり留意すべき点が具体的かつわかりやすくまとめてあり、すれ違いの解消に役立った」として大きな反響をいただいた。
加えて、「報道ガイドライン」と題した本ガイドラインであるが、ありがたいことに第1版発表の際から、メディアの枠を超えて多くの個人や企業にも手に取っていただくことができた。LGBTQやSOGIに関する社会的関心がより一層高まり、たくさんの人々がSNSなどを通じて気軽に発信を行うようになったという社会的背景の影響は大きいだろう。メディアに勤める記者などが個人名義でSNSでの発信を行うことも一層増えている。同様に一般からの発信も日々さまざまな形でなされている。まさに、運動の裾野が広がったことを実感する一方、時に不正確な知識や問題のある表現を誤って発信したり、拡散したりしてしまうことによるリスクも増加した。そのような状況のなかで、あらゆる形で情報発信を行う誰もが参照しうる媒体としての、本ガイドラインの広がりを感じている。LGBTQやSOGIに関するイシューに関心を持ち始めたとき、基本概念や用語集、また取材に関するチェックリストをアウティング行為を回避するためのチェックリストと読み替え、入門書的にも活用いただいてきている。今後は、今回の改訂で「注意が必要なトピックやフレーズ」が加えられたことにより、より広い分野で活用してもらえるのではないかと期待している。
本ガイドラインは当会のウェブサイトから無料でダウンロードが可能である。また、冊子で郵送を希望の場合は、同サイトのCONTACT欄から500円(送料別)にて発送を承っている。
本ガイドラインを通じて、より多くの人に、少しでもSOGIに関する分野に興味を持っていただければ幸いである。そのことが、適切な報道、そして当事者サイドとの関係性につながるのではないかと考えている。