テレビ東京・飯田佳奈子さん 『シナぷしゅ』のこれまでとこれから<シリーズ"子どもたちのために">①

飯田 佳奈子
テレビ東京・飯田佳奈子さん 『シナぷしゅ』のこれまでとこれから<シリーズ"子どもたちのために">①

生まれたころからインターネットなどのデジタルメディアに接し、テレビ・ラジオの接触時間が減少している現代の子どもたち。放送局は子どもたちに番組を見て・聴いてもらうためにどうするべきで、子どもたちのために何ができるのでしょうか。「シリーズ"子どもたちのために"」では、放送局が今、子どもたちに向けてどのような番組を放送し、どのような取り組みを行っているのかを紹介するほか、有識者の論考などを掲載します。第1回は、民放初の乳幼児向け番組を制作したテレビ東京の『シナぷしゅ』統括プロデューサー・飯田佳奈子さんに、制作の経緯や今後の展望をまとめていただきました。(編集広報部)


『シナぷしゅ』の誕生

2018年、はじめての出産と育児を経て、乳幼児向けコンテンツの選択肢の少なさを目の当たりにし、同時に「テレビは赤ちゃんの発達に悪い」といううそかまとこか分からないヒソヒソ話を耳にすることも多かった。その一方で、インターネット上では、非公式でアップされた幼児向けの動画が何百万回と再生されており、そこに育児世代の悲痛な叫びが表れていると感じた。"ワンオペ"という単語がよく使われるように、現代の子育ては昔と違って大人の人手が少ない窮屈なシチュエーションも多い。良質で便利な乳幼児向け動画コンテンツを作ることで、そんなシーンに何か手を差し伸べることができるのではないか。そう考えて、育休明けの職場復帰後すぐに企画書をしたためた。そうして産声をあげたのが、『シナぷしゅ』(=冒頭写真)である。

「民放初の赤ちゃん向け番組がテレ東ではじまる」というニュースは、想像以上のインパクトをもって拡散していった。「テレ東らしい赤ちゃん向け番組を期待している」という視聴者からのコメントもたくさん届き、頭を抱えてしまった。テレ東らしさとは? そして赤ちゃん向けの良質なコンテンツとは? 当時の私たちは圧倒的に素人であった。「Eテレ」という最強の教育コンテンツメーカーを模倣する形では、下位互換のようなものしか作れない。今、私たちだから作れるものは? と社内横断の制作チームで膝を突き合わせ、"自分がこどもに見せたいもの"、"自分のこどもが目を輝かせて喜びそうなもの"を作ろうと開き直った。

「ぷしゅぷしゅ」というメインキャラクターは、まだ何色にも染まっていない赤ちゃんのまっさらな世界を表現すべく、あえて白黒に。そしてチャームポイントのほっぺは、赤と青の中間色で紫。固定概念から解放され、多様性を認めていくこれからの時代に沿うデザインにした。"ちゃん"や"くん"といった呼称もつけず、「ぷしゅぷしゅ」とは何かも定義づけず、すべて見ているこどもたちの自由意志に任せている。好きな色に塗ってもいいし、好きなように呼び、好きなように解釈していい。しなやかに赤ちゃんの世界に寄り添う「ぷしゅぷしゅ」は、『シナぷしゅ』の概念そのものである。

赤ちゃん向け番組としてのビジネス

0~2歳児向け、というターゲット設定は、これまでのテレビのビジネスモデルの枠組みにはまらないという点においても大きなチャレンジであった。「令和の子育てを支えるコンテンツを」という極めて社会的な意義を掲げた番組である一方、やはり民放局としては売上も立てなければいけない。『シナぷしゅ』の営業的な特徴として、CMフォーマットの工夫がある。具体的には、本編内の途中にはCMが入らず、冒頭とラストに寄せて配置しているため、本編は1ロールで赤ちゃんの集中力を途切れさせない。一方で、視聴者である小さなこどもたちは、CMも『シナぷしゅ』の一部として熱心に視聴してくれる特性もあり、まさにWin-Win。狭いターゲット層に着実にリーチできる枠として、タイムCMの問い合わせも多く、営業的にも活発な枠となっている。

16-9_25年度はじまりぷしゅ.jpg<2025年度オープニングの「はじまりぷしゅ」©TV TOKYO>

YouTubeや映画も

チャンネル登録者数が70万人を超えた公式YouTubeチャンネル「シナぷしゅch」(外部サイトに遷移します)も、『シナぷしゅ』にとっては大切な発信拠点だ。そもそも、毎日のコンディションが一定でない赤ちゃんたちに便利に視聴してもらうには、見たい"時"に見たい"見方"で見られるコンテンツでなければならない、と企画段階からYouTubeでの全編配信はマスト事項だった。こどもたち一人一人の個性に応えるべく、コーナーごとのまとめ配信や、長時間の移動の時などに便利な長尺のまとめ配信、寝かしつけにぴったりなオルゴールのBGM動画など、ラインナップも多彩で、チャンネルの成長は右肩上がり。特に人気となっているのが24時間のループライブ配信で、その名のとおり、24時間いつアクセスしても『シナぷしゅ』のコンテンツがライブ配信されている。もう4年以上この施策を継続しているが、一度も視聴者数がゼロになったことがないのが興味深いところ。夜中の3時にのぞいても、数百人の視聴者がいるのだ。「夜泣き対応に疲れ果てて、シナぷしゅchを開いたら、同時視聴200人っていうのを見て、闘っているのは私だけじゃないんだ、と勇気をもらいました」といったコメントをよくもらう。24時間休みのない育児に寄り添う、『シナぷしゅ』らしい配信スタイルになっている。

2023年には、初めての映画化も成功した。これも番組企画当初から絶対に実現したいと思っていたことの一つだ。劇場の大きな空間で、同世代の仲間たちと一つの画面を共有する映画体験は、きっと小さなこどもたちにとってもかけがえのないものになるだろう。そして、赤ちゃんが来ることがあまり想定されていない映画館のような施設に、堂々とベビーカーで行けるということ自体が、子育て世代にとってより暮らしやすい社会になっていくきっかけにもなると思った。公開初日、よちよち歩きの小さな女の子が、うれしそうに映画館のチケットもぎりのところを歩いてきた様子が、いまも目に焼き付いている。「赤ちゃんの映画館デビューを応援する」という『シナぷしゅ』の想いは社会と呼応し、期待以上の観客動員となり、2025年には第二作も公開することができた。16-9_25年度おわりぷしゅ.jpg

<2025年度エンディングの「おわりぷしゅ」©TV TOKYO>

コンテンツを軸に新しい社会を

「飯田さん、あなたの仕事は単にコンテンツを作ることじゃない。あなたの仕事は、社会のデザインを変えていく仕事なんだよ」――番組の監修で、立ち上げ当初からサポートしてくれている開一夫(ひらき・かずお)教授(東京大学赤ちゃんラボ)からの言葉が、活動の指針となっている。『シナぷしゅ』というコンテンツを軸に、子育てにまつわる社会課題に向き合っていった先で、0歳を含むすべての人にとってフラットで新しい社会をつくっていく。大それた夢かもしれないが、夢は大きな原動力にもなる。赤ちゃんに無限の可能性があるように、『シナぷしゅ』にも無限の可能性があると信じている。


※映画『シナぷしゅ THE MOVIE ぷしゅほっぺダンシングPARTY』は2025年5月16日から全国ロードショー。チケットは、大人も子どもも0歳から一律で税込み1,000円(0歳を含む鑑賞人数分のチケットが必要で各種割引併用不可)で、7月からも新たな上映劇場が追加される。映画本編上映前にぷしゅぷしゅ記念撮影を実施する「ぷしゅぷしゅごあいさつ上映」も各地で開催している。詳細は公式サイト(外部サイトに遷移します)にて。

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