【インタビュー ナイツさん】漫才師としての舞台があってこそのラジオ

豊田 拓臣
【インタビュー ナイツさん】漫才師としての舞台があってこそのラジオ

ナイツ
2001年結成、マセキ芸能社所属の漫才コンビ。内海桂子に師事。08年、『M-1グランプリ』の決勝に進出し、スターダムへ駆け上る。漫才協会所属。落語芸術協会の三遊亭小遊三一門でもある。22年1月現在の担当ラジオ番組は『ナイツ ザ・ラジオショー』(ニッポン放送、月~木曜13・00~15・30)、『高田文夫のラジオビバリー昼ズ』(ニッポン放送、月~金曜11・30~13・00、ナイツは木曜に出演)、『土曜ワイドラジオTOKYO ナイツのちゃきちゃき大放送』(TBSラジオ、土曜9・00~12・45)

塙宣之(はなわ・のぶゆき)
1978年3月27日、千葉県出身。兄はピン芸人のはなわ。佐賀県で少年期を過ごす。一般社団法人漫才協会副会長

土屋伸之(つちや・のぶゆき)
1978年10月12日、東京都出身。一般社団法人漫才協会常任理事


――小さいころ、どんなラジオを聴いていましたか?
 中学生のときに、『伊集院光のOh!デカナイト』(※1)を聴いていました。それが初めて聴いた番組ですね。小学5年まで関東にいて、それから佐賀へ。親の方針で夜9時からテレビを観られなかったので、夜、兄貴と一緒に『Oh!デカナイト』を聴いて、その後『オールナイトニッポン』を聴いたりしていました。
土屋 僕は大学に入ってからですね、よく聴くようになったのは。車で大学へ行くようになって、片道2時間くらいかかるので、録音した深夜ラジオを聴きながら行くのが楽しみでしたね。

――そうやって聴いていたラジオでレギュラーを持ったとき、どう思いましたか?
 『ザ・ラジオショー』は毎日なので急展開みたいな感じはありましたけど、寄席芸人なので、生活リズムとしては向いてるかなと思っています。初めは苦戦しましたけどね。番組が始まると、前の日にしゃべったこととか、番組の中で話が生まれてくるじゃないですか。最初はそれがないから、どのくらいフリートークをすればいいのか、何を用意していいのかが分からなかったので、一昨年の9月くらいが一番大変でしたね。
土屋 一番最初に持ったラジオのレギュラーは、ナイターオフの番組だったかもしれないですね(※2)。それが決まったときはメチャクチャうれしかったです。そのときのスタッフさんとはいまだに仲がいいですし。今みたいに毎日はやっぱり大変ですけど(笑)、ありがたいですね。

――週に5日も生ワイド番組を担当していると、フリートークのネタを探すのが大変なのでは?
 漫才を寄席で毎日やるのも同じですから。ラジオの場合はニュースでも何でもいいので、ひとつのテーマをみんなで広げられるかどうかというだけで。「一滴のしずく」をいかに伸ばすか、とでもいうんですかね。

――その「一滴のしずく」を伸ばす際に、リスナーがどのくらい話の濃度を求めているか意識しますか?
 僕はリスナーに限らず、あまり周りの人のことを気にしない方がいいんじゃないかと思うんですよ。お笑いってある種、「ふざけなきゃいけない」仕事じゃないですか。だから、「この話には興味ないだろうな」と思わないようにしているんです。自分の話や意見を堂々と言わなくちゃいけないので、周りに合わせすぎちゃうと、だんだんしんどくなってくるのかなと思いますね。僕らは人を傷つけようとして笑いをやっているわけではない、楽しませようと思ってやっているだけなので、そこさえブレなければいいんじゃないかなって思います。
土屋 僕も周りの人の声は気にしていないですね。寄席もそうなんです。舞台に毎日立っていると、「こういう話は面白いんだ」とか「こういうタイミングで掛け合ったら聴いている人が面白いだろうな」とか、だんだん想像できるようになるので、舞台で場数を踏めたのはいいのかもしれないですね。それがなくてラジオだけだったら、不安になっていたと思います。

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――寄席に来る人は年齢層が高く、番組のリスナーの年齢層と異なると思うのですが、笑いのツボが違うと感じたことはありますか?
 若い子に合わせてスベるんだったら、合わせないでスベった方がいい。ラジオも「若返り」といってパーソナリティを高齢の人から若い人にするじゃないですか。だけど、僕が高校生のときにお年寄りの話を聴いてもそれに合わせられたので、今の若い子もできると思うんですよ。だからこっちが意識しすぎると、若い子の感性を奪うのかもしれないと思いますね。
土屋 「ナイツは浅草の舞台でやっている寄席芸人だ」ってテレビを観ている人もラジオを聴いている人も知っているから、特にラジオだからって意識する必要はないのかなと思っています。「ラジオで話しているこのネタも、今日の寄席でやってきたんだろうな」とか、想像しながら聴いた方が分かりやすいから、舞台を基準にすればいいのかなと思っています。

出演者みんなで作るラジオ

――『ザ・ラジオショー』が始まるときに、具体的に何を準備されたのですか?
 今、どのくらい自分にフリートークの在庫があって、どのぐらい用意していけばいいか分からないから、番組が始まる前は怖かった。そこで、子どものころから20年くらいつけていた日記から「この日に何があった」というのを書き出して、何か話せないかなとか、そういう用意はしましたね。記憶って印象の強いものが残るから、フリートークで同じ話ばかりしがちになるじゃないですか。それが嫌だったので、昔のことを思い出そうとはしました。同じフリートークはしたくないという気持ちはすごくあって、できれば違う話をしたいんです。

――今もブログを毎日更新されていたり、YouTubeで配信もされているのはそのためですか?
 そうですね。フリートークのネタとして「何月何日にここへ行った」とか全部書いておくと、記録になるので何かで役に立つじゃないですか。記憶だけだと間違っているかもしれないし。

――土屋さんは『ザ・ラジオショー』が始まる前に準備されましたか?
土屋 記憶の整理はしてみましたけどね。まさか自分が毎日ラジオをやるとは思わなかったので、日記とか書いておけば良かったと本当に思います。

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――同じフリートークをしたくないという思いがあると、毎日新しいネタが必要なのでは?
 例えば毎日30分やるにしても、5分のフリートークのネタが6本あればいいわけですよ。実際は僕1人でしゃべるわけじゃないので、3~4本用意しておけばいいし、そんなに大変なことじゃないです。

――放送と舞台という区分けは、お2人の中にはありますか?
 ないことはないと思うんですけどね。漫才から漏れた話がいっぱいあるんですよ。そういう話が意外にフリートークに合っていると思うことはありますね。形を整えてしまうとただの漫才になっちゃうので、それは舞台でやった方がいいのかなとか。漫才のネタは最後まで形にしなきゃいけないので、ラジオの方が楽かもしれませんね。僕らのラジオ番組は出演者が3人いるので、話を広げていけますし。特に山﨑ケイちゃんは、一滴から「私もこの前、こういうことがあって」と広げてくれるんですよね。「ここから広げてほしい」っていうときに、みんながシュンとなっちゃうのが結構しんどいんですけど、3人いると何とかなるから。

――『ちゃきちゃき大放送』はいかがですか?
 そこは出水(麻衣。TBSアナウンサー)さんがすごくうまいんですよ。メチャクチャ助けてくれるんです。「ヤバいな」と思ったときに、「そういえばこの前、○○していませんでしたか?」とか、いいタイミングで質問してくれるんですよ。アシスタントは出水さんがいいですね、やっぱり。替えないでほしいです(笑)。

――『ちゃきちゃき』は朝の番組ですが、昼の『ザ・ラジオショー』とリスナーの違いは感じますか?
 深夜以外はあまり変わらない気がしますね。朝と昼は外が明るいからなのか分からないんですけど、あまり深い話にならないというか......。皆さん、深夜がラジオのゴールデンタイムみたいな認識があるじゃないですか。僕たちの活動の場はそんな時間じゃないから、そんなに深いところまでいかない感じにはなっていると思います。

――深夜にしゃべってみたいっていう気持ちはありますか?
 うーん......ないです(笑)。今の時間が一番体に合ってますね。

ラジオへの関わり方と魅力

――永六輔さんの後の『土曜ワイドラジオTOKYO』の枠をお願いしますと言われたとき、どう思われましたか。
土屋 光栄だと思いましたね。たぶん、僕らが今までラジオで意識していなかった人たちも聴くんだろうなと思ったから、永さんが言っていた「読む力」とか「リスナーに寄り添う気持ち」とかを、あらためて丁寧にやろうと思いました。

――手応えはいかがでしたか?
土屋 「『ちゃきちゃき』聴いているよ」っていう声は割と若い人からも聞きますね。『ちゃきちゃき』は漫才から始まるので、やりやすいですね。自分たちも朝のテンションで寝ぼけていたらちょっとしんどいから、漫才を一発やってちょうどいいくらいなのかなって思っていますね。

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――お2人の核には漫才があって、その周りに放送やいろんな仕事があるのかなと感じたのですが。
 そういうことですよね。あくまでも本業は漫才師なんです。漫才とラジオは、スタンスが違いますよね。『土曜ワイドラジオTOKYO』にしても今までの積み重ねがあって、それをいきなり全部背負えるかというと背負えないと思うので、あまり気にしていません。2人組でやるわけですし、歴代の方々と同じことはできませんから。

――ラジオの楽しさ、面白さとは?
 何ですかね......。まだ楽しくないかもしれないですね。ラジオは漫才と違って目の前にお客さんがいないので、手応えを感じにくい感覚はあります。だから、もうちょっと長く続けたら楽しくなってくるのかなと思います。毎日、一生懸命やるだけなんですけどね。
土屋 ラジオは日常の会話のような感覚で笑いに近づけるメディアだと思います。リスナーとして、そこがすごく好きだったので、そういう放送ができればいいですね。

(2021年12月14日、ニッポン放送にて)


※1 1991~1995年。全国でネット受けされ、ニッポン放送では22・00~25・00に放送されていた。

※2 『サタデー知っとかナイツ』。2011年秋スタート。12年春に『サンデー知っとかナイツ』となり、13年春まで続いた。

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