【村上圭子の「持続可能な地域メディアへ」】③ ローカル局に関する放送政策議論を考える~総務省検討会から

村上 圭子
【村上圭子の「持続可能な地域メディアへ」】③ ローカル局に関する放送政策議論を考える~総務省検討会から

NHK放送文化研究所メディア研究部で放送政策、地域メディア動向、災害情報伝達について発信してきたメディア研究者の村上圭子さんによる連載です。テーマは「ローカル局」。ローカル局が直面している厳しい現実のなかで新たな挑戦をする局、人への取材を中心に、地域メディアの持続可能性を考えていきます(まとめページはこちら)。(編集広報部)


はじめに

この連載は、現場の具体的な取り組みの紹介や考察から、持続可能な地域メディアのあり方を考えるものである。ただローカル局に関しては、総務省で開催中の「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(以下、在り方検)」における議論など、現在進行中のさまざまな動きがある。このため本連載では、そうした最新の動きについても、随時、取り上げていきたい。今回は、103日に行われた在り方検の議論を紹介し、筆者なりの考えを述べたい。

ローカル局を巡る放送政策議論

在り方検では、個別テーマごとに複数のワーキンググループや検討チームが設けられ、そこで集中的に議論が行われている(放送サービスの維持・確保方策、コンテンツ流通・制作の促進、衛星放送などがテーマ。詳細はこちら。外部サイトに遷移します。以下同じ)。ローカル局問題については現在、こうした場は設けられていないが、親会で不定期に議論されてきた。103日の親会では久しぶりにローカル局について集中的に議論が行われた。筆者はこの会合を傍聴し、今後に向けた重要な論点が芽出しされていたと感じたため、以下、2つの論点で整理する。

"垂直"統合の方向性に加えて"水平"統合の方向性も

まず、ローカル局の再編・統合に関するテーマである。これまでの在り方検では、ローカル局の経営基盤強化に関して、フジ・メディア・ホールディングスおよびテレビ朝日ホールディングスの要望を受けて議論が行われ、制度改正が行われた。その内容は、複数の放送対象地域における放送番組の同一化、隣接しない地域でも最大9局までの兼営・支配、認定放送持株会社が傘下におく局の地域制限撤廃である(2023年6月2日公布の放送法改正及び省令改正。詳細はこちら)。これらは系列ネットワークによる、いわゆる"垂直"統合の方向性であった。

3日に提起されたのは、これとは逆の方向性、つまり、放送対象地域内における他系列との"水平"統合の方向性であった。この日に報告を行った、鳥取県・島根県の2県を放送対象地域とするフジテレビ系列のTSKさんいん中央テレビからは、報告者の個人的見解としたうえで、今後、局の合併などについて、「山陰エリアに関しては、系列局というよりは、同じところで放送している他系列の方が、可能性が高い」といった趣旨の発言があった。個人的見解とはいえ、総務省の検討会の場でローカル局側からこうした発言がなされたことは、私が記憶する限り初めてであったと思う。議論でも、「さらなるマスメディア集中排除原則(以下、マス排)の緩和について考えていく必要がある」「12波なども考えていく」といった発言があった。事務局(総務省)からは、「規制緩和に関するローカル局の具体的な要望については民放連で調べていると聞いているので、これから相談、検討していく」といった発言があった。

地域性の"指標化"について

次に、ローカル局による自社制作番組を巡る議論である。これまでの在り方検では、タイムテーブル上の自社制作番組の比率を、ローカル局の"地域性"の目安とするといった議論が続いてきた。

この日の会合では、20259月に実施された、在り方検の三友仁志座長とローカル局14社との意見交換の内容が紹介された。ローカル局側からは、「自社制作番組の拡大と人員や制作に係るコストの抑制はトレードオフの関係にあり、費用削減のために自社制作番組を減らす場合もある。必要なコストを賄えるほどの広告収入を確保することは困難」「自社制作番組比率は基本編成で計算しており、地域社会の魅力や課題を紹介する単発番組が含まれておらず、また、単に比率を上げるのであれば、天気予報を深夜に流せばよいということにもなり、比率を上げることだけに着目してもあまり意味がない」などの意見があったという(会合資料2ページ目参照)。

この内容を受け、構成員からは、「これまで"自社制作番組比率"を唯一の指標として考えてきたが、必ずしもそれだけで実態を示すのは難しいのではないか。それに代わる地域性を示す指標ができれば、より的確に、ローカル局の実情を把握することができるのでは」といった問題提起がなされた。また、「自社制作比率という"供給サイドが観測可能な数値"ではなく、ローカル局が提供する個別の情報や取り組みが、地域にどういうインパクトを持っているのかを、ある程度フォーマットを作り、もう少し説明可能な形を作ってもいいのではないか」という趣旨の発言もあった。

フォーマットの例として紹介されていたのが、「ロジックモデル」である。これは、「政策課題とその現状に対し、政策手段から政策目的までの経路ロジック)を端的に図示化したもの(文部科学省資料参照)」で、2000年初頭から中央省庁で導入され始めたものだ。現在は、自治体の政策評価やNPO、社会的企業の取り組みの効果測定などに幅広く用いられている。こうしたモデルを、ローカル局による地域性の指標化にも活用できないか、という提案であった。以下に、文部科学省が2023年に公表している「『ロジックモデル』作成マニュアル(同上)」に示された図を参考に示しておく(図表)。

第3回図表(ロジックモデル).jpg

<図表. 「ロジックモデル」とは?>

筆者の考えは?

冒頭に述べたように、本稿で紹介した2つの論点はまだ芽出しの段階であり、今後の議論にどこまで反映されていくのかはわからない。ただ、これまでの在り方検の議論の流れを見ていると、これらの論点は避けて通ることはできないと思われる。以下、筆者の考えを述べておきたい。

まず、再編・統合についてである。筆者は、地域にできるだけ多くのメディアが存在し、それらが競争・協調(連携)・棲み分けをしながら多様なメディア機能を提供していくことこそが、地域社会を豊かにし、地域の民主主義を育んでいくと考えてきた。つまり、異なる資本によって運営される局の数、"多元性"が担保されることによって、メディアの"地域性"や"多様性"が確保されるという考えである。これは、多くのローカル局の現場を訪ねてきた筆者の取材実感によるところが大きい。その考えは今も揺らいではいない。

一方で、経営困難で破綻するおそれがあるローカル局も出かねないというのが昨今の状況である。地域社会に及ぼす混乱を事前に回避するための"守り"の手段として、ローカル局に対して、再編や統合を進めるための選択肢をより多く用意することは必要であろう。また、これはあまり考えたくないことだが、地域メディアとしての役割を十分に果たさず、自局が生き残ることに目標を置くローカル局や、地域メディアの役割を過小に評価して、合理化・効率化することに力点を置くキー局が出現しないとも限らない。地域社会での役割を今後も果たし続けたいと考えるローカル局が生き残るための"攻め"の手段として、地域主体、ローカル局主導による"水平"統合の選択肢を用意することも必要であろう。

以上は、地域もしくはローカル局側からの視点である。逆に、地域、ローカル局を俯瞰する視点としては、人口減少社会における合理的なローカル局の再配置や、デジタル時代における効率的な周波数の利用といったことがあるだろう。再編・統合の問題の難しさは、こうした地域・ローカル局の内側からと外側からの2つの視点が入り混じっているところにある。

そして、もう1つの論点である地域性の指標化は、この再編・統合の問題と底流でつながっていると筆者は考えている。ローカル局の中にはまだ、自局の未来像として、垂直統合なのか水平統合なのか、そのいずれにも当てはまらない道を歩むのか、明確な意思やイメージを持っている局は少ないと思われる。そうした中で、地域性の指標化が先行してしまうと、その指標を、ローカル局以外の主体、つまり、行政やキー局、あるいは株主が、ローカル局に対して再編・統合を促す、あるいは迫る"材料"に使いかねないのではないか、これが筆者の懸念である。

筆者は、"指標化"そのものには賛成の立場である。放送波による視聴が減り続ける状況においても、限られた周波数資源が全国津々浦々にあるローカル局に排他的に割り当て続けられるには、これまで以上に説得力のある根拠が必要だと考えているからだ。ただ、その1つの根拠となりうる指標化については、行政主導で策定されるのではなく、ローカル局主導で策定し、それを行政に逆提案する形にできないか、というのが筆者の考えである。地域のことを最もよく知り、地域の今後や課題の解決について考えているのは、地域に根差しているローカル局だからである。

ローカル局の多くは非上場企業であるため、対外的に説明責任を求められる機会は少なく、そのため、こうしたテーマを熟慮する場もそう多くはなかったかもしれない。しかし今、ローカル局が迎えているのは、これまで積み上げてきた歴史の大きな転換点である。地域における自らの価値を再確認し、その価値を客観的に証明し、地域社会から支持を得るために対話していくことを、一体、今やらずしていつやるのか、と問いたい。筆者も本連載などを通じて、少しでもこうした取り組みに役立ちたいと考えている。

最新記事