仙台放送 脳科学者・川島隆太教授との約20年の取り組み 「運転技能向上トレーニング・アプリ」で社会課題と向き合う

太田 茂
仙台放送 脳科学者・川島隆太教授との約20年の取り組み 「運転技能向上トレーニング・アプリ」で社会課題と向き合う

東北大学加齢医学研究所所長の川島隆太教授は、人間が何かをしているときに脳のどの部分が働くかを調べる、脳機能イメージング研究の世界的権威です。また、「脳トレ」ブームの立役者として、ゲームソフトが世界的に大ヒットするなど、産学連携活動にも積極的な方でもあります。仙台放送は川島教授と約20年にわたり、番組や関連事業でご一緒してきました。

番組を起点にさまざまなコンテンツを開発

2003年、報道番組『CATCH』で川島教授の研究にいち早く着目し、認知症改善の取り組みや脳機能の回復法を紹介しました。さらに同年、ドキュメンタリー番組『「父さんの出発進行!」~痴呆脱出の読み書き計算~』を制作し、川島教授らが中心となって開発した認知症改善の取り組み「学習療法」を取り上げました。

さらに04年からは、お茶の間で簡単に脳のトレーニングができる番組『川島隆太教授のテレビいきいき脳体操』(以下「脳体操」という、月―金、5・20―5・25)の制作をスタートし、今も放送は続いています。番組では、「読み・書き・計算」によって、人間らしさをつかさどる大脳の前頭前野を鍛えるトレーニングを提供。毎回、川島教授からの一言アドバイスがあるのも特徴です。放送回数は4,700回超(10月17日時点)。海外での放送や番組販売等も行っています。

私は07年に新規事業の部署に異動し、番組制作、書籍化、海外展開、映画化など、脳体操を起点としたコンテンツ開発に関わってきました。現在は、番組を制作部が担当し、脳体操の事業をニュービジネス事業部が担当しています。

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<筆者㊧、東北大 川島隆太教授

脳体操から生まれたコンテンツの1つが、長編ドキュメンタリー映画『僕がジョンと呼ばれるまで』(14年)です。生きる気力さえ失いかけていた認知症の高齢者が、川島教授らが生み出した脳のトレーニング手法に取り組むことで、笑顔や自分自身を取り戻す姿を描きました。認知症の高齢者が回復していく実話です。

舞台は米国オハイオ州の介護施設。実は、現地に入ってから施設担当者に「認知症患者へのインタビュー取材を禁止される」という予想外の事態が起きました。取材対象者にお話が聞けないというケースは経験がなく、最初は途方に暮れましたが、施設の記録係だった青年ジョンに協力してもらうことを思いつきました。ジョンは、毎日、私たちのカメラ前で認知症患者に自己紹介をして、5分後に彼の名前を覚えているかを尋ねてくれたのです。

ジョン「〇〇さん、僕の名前を知っていますか?」
〇〇さん「いいえ、分からないわ...」

ここから心温まるシーンが次々と生まれ、症状が劇的に改善する様子をカメラに収めることができました。かくして仙台放送初の長編映画、しかも全編英語という異色のドキュメンタリー作品が完成し、国際映画祭でいくつかの賞をいただきました。14年以降、日本の主要都市と米国のニューヨーク、ロサンゼルスなど3都市で劇場公開され、現在も各地で上映会が続いています。

<『僕がジョンと呼ばれるまで』予告編

解決策の提示を目指して

その後、「認知症」とは異なるテーマで、川島教授とともに新たなコンテンツを世に出すことになりました。それが、「運転技能向上トレーニング」です。ニュースなどで日々、交通事故を多く取り上げてきましたが、解決策を提示することに難しさを感じてきました。特に「車がなければ暮らしていけない地方」に根差す放送局として、この問題を単なる事象として伝えているだけでよいのか、という思いを長年抱いていました。そこで、17年から川島教授と「運転技能向上トレーニング・アプリ」の共同開発を開始し、18年に特許を取得しました。

このアプリを使うと、実際に運転をしなくても、脳のトレーニングにより運転技能の維持・向上を目指すことができます。19年の学術論文では、1日20分・6週間という短期間で「自動車運転技能」「認知機能」「感情状態」が維持・向上されることが実証されました。21年からは、AIを搭載。ユーザーごとの「惜しさ」「速度差」「左右差」などを把握し、難易度を自動調整する機能を拡張しました。

池袋で起きた悲惨な事故に代表されるように、当初は「高齢ドライバーによる事故防止」を意識していましたが、その後の検証で、われわれのアプリを使うと、全世代で運転技能が高まることが明らかになりました。そこで新たに開発した「BTOC(ビートック)」の提供を10月1日から開始しました。

BTOCは1回わずか1分。スマホ用アプリが、企業・団体の「安全運転」を支援するサービスです。特に小規模事業者、団体、組合、自治体を対象に、アプリをダウンロードするだけで、手軽に始められるよう開発しました。

<BTOCについての解説動画

最近は運転しない若者も増えており、社会人になって初めて運転する方の交通事故も社会課題になりつつあります。企業にとって、従業員の交通事故は本人の生命・健康・安全だけでなく、その後の賠償や保険料の負担増、企業の社会的な信用にも関わる「重大な経営リスク」でもあります。

これまでの安全運転支援は、ドライブレコーダーなどによって「見守ること」に主眼が置かれてきましたが、ドライバー本人のトレーニングはこれから力を入れていくべき分野であり、川島教授とともに開発したエビデンスや知見が活用できる可能性があります。SDGsにも「世界の道路交通事故による死傷者を半減させる」という目標がありますが、今後もこうした社会課題の解決につながるようなソリューションにまで高めていくことができたら、と考えています。


【川島教授と仙台放送の取り組み】
2003年:『「父さんの出発進行!」~痴呆脱出の読み書き計算~』放送
 (第12回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品)
04年:『川島隆太教授のテレビいきいき脳体操』スタート
08年:『脳テレ~あたまの取扱説明書(トリセツ)』(年1回全国ネット~12年)
14年:映画「僕がジョンと呼ばれるまで」日米で劇場公開スタート
 ・アメリカンドキュメンタリー映画祭 「観客賞」受賞
 ・クリーブランド国際映画祭 ローカル・ヒローズ部門ほかノミネート上映
 ・ロサンゼルス・ムービー・アワード「奨励賞」受賞
 ・ベルリン国際フィルム・アワード「特別選考賞」受賞
 ・International Health Film Festival(ベルギー)高齢者福祉部門ノミネート上映
16年:ヒト型ロボット「ペッパーによる脳体操」スタート
 (アジア太平洋高齢者ケア・イノベーションアワード 最優秀賞受賞)
17年:「いきいき脳体操~大人の脳活性化アプリ」リリース
18年:「運転技能向上トレーニング・アプリ」特許取得
19年:東北大学の実証研究の論文が学術誌に掲載される
20年:「運転技能向上トレーニング・アプリ」リリース
21年:「運転技能向上トレーニング・アプリAI版」リリース
22年10月:法人向け新サービス「BTOC(ビートック)」リリース

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