※前編はこちらから。
後編では、買収をめぐるSkyの側の状況と英国のメディア状況、そしてその将来について見ていきます。
なぜSkyがITVを買うのか?
資本市場の圧力に耐えかねたITVが、今はまだ利益を計上しているものの効率が低下し、近い将来、不採算部門になる可能性が高い放送事業を売却する背景はわかりましたが、売却先がなぜSkyなのでしょうか?というより、なぜSkyの親会社である米コムキャストはSkyとITVを統合させようとしているのでしょうか?
この理由についてはさまざまな憶測がありますが、例えば「Sky news」(2025年11月7日、※外部サイトに遷移します。以下同じ)は「Skyが英国で持つ1,300万人の有料放送契約者にITVの(無料放送の)視聴者が加われば、視聴者の関心、サブスク収入、広告収入を他のメディアと争う上で、大きな強みとなる」としています。要するに同一市場内での規模の利益の追求です。ナンバーワン地上波民放のITVと英国の有料衛星放送の独占事業者であるSkyが組んで、米国の配信プラットフォームやYouTubeに少なくとも英国内で対抗しようという戦略と理解できます。ちなみに、コムキャスト傘下のNBC Universalの配信プラットフォームであるPeacockは、米国内限定サービスですから競合しません。
コムキャストは2018年にFOXやDisneyと争った末にSkyを310億ポンドで買収しましたが、その後、業績の低迷などにより、60億ポンド以上の減損処理を余儀なくされています。「Skyは小さな穴の開いた巨大なクルーズ船のようなものだ。いずれ沈没するだろうが、ITVがこの穴をもう少し長く塞いでくれるかもしれない」(元Sky幹部のコメント。「DEADLINE」2025年11月8日より)との見方は辛辣すぎるかもしれませんが、GAFAやNetflix、Disneyといった言語を同じくする米国の巨大企業とまともに競争せざるを得ない英国メディアの苦しさを考えれば、的を射ている部分もあるのかもしれません。
買収は許可されるのか?
多くの国で、このような支配的ポジションにある主要な企業間の経営統合には規制当局が介入してきます。社会的影響力を持つメディア企業、特に大手地上波放送局が絡むとなおさらです。この場合、Ofcom(放送通信庁)とCMA(競争・市場庁)がどう対応するのかが注目されていますが、英国には放送の外資規制がなく、またITVとSkyについては両者の経営統合を禁じる明確なルールがないことから、CMAが独占排除の観点からどう判断するのかがポイントと思われます(Ofcomが放送の公共性維持の観点から介入してくる可能性もゼロではありませんが......)。
ITVとSkyを合わせれば、英国のテレビ広告市場の7割のシェアに達すると言われています。またITVのニュース配信部門ITNはチャンネル4、チャンネル5やスコットランドの系列局STVにニュースを供給しており、Skyのニュース部門も英国ではBBC Newsに次ぐ規模を誇っています。さらに、ITVはSTVの全英広告営業を代行しており、Skyはチャンネル5の全ての広告営業を代行しています。合併が実現すれば、広告収入、広告営業、ニュースの部門で、BBCを除く他の英国の放送事業者を圧倒する規模の事業体になります。以前なら、CMAはまず許可しないケースと言われています。
しかし、現在は様相が一変しています。英国の放送事業者の主要な競合相手は米国の配信事業者であり、YouTubeです。図表2は、英国における家庭内での放送を含む動画コンテンツ視聴時間のメディア別シェア(2024年)を示したグラフです(テレビおよびWi-Fiでネットに接続されたデバイスでの視聴。4歳以上の個人全体)。内訳は青がリニア放送、緑が放送事業者のVODである「BVOD」(iPlayerやITVXなど)、ピンクがSVODと放送事業者以外による広告付き配信(各種ネット配信サービス)、オレンジが動画共有サービス(YouTube、TikTokなど)です。シェア1位はやはりBBCですが、ITV/STVを抑えた2位にはYouTubeが入っています。ITV/STVにSkyを加えれば、YouTubeを抜いてBBCにほぼ並ぶことがわかりますね。
また、テレビ広告は、どこの国でも現在はそうですが、独立した市場ではなく、ネット上の動画広告とまともに競合しています。2022年9月までITVの会長を務めたピーター・バザルゲット氏は、BBC Radio4の看板番組『Today』で「ストリーマーからの圧力を考慮すれば、この取引は理にかなっている」とした上で、「規制当局は(現在の)広告市場を再定義すべきだ」「アルファベットやメタこそが、従来の放送の競争相手として扱われるべきだ」とし、「欧州全域でドメスティックな放送事業者の統合は避けられない」と述べました(BBC.com, 2025年11月7日)。

<図表2.英国での動画視聴時間のメディア別シェア(Ofcom, "Media Nations 2025"より)>
生き残る"公共放送"はどこか?
今のところ、この買収は実現するとの見方が有力のようです。さきほど紹介したバザルゲット氏は、2025年7月8日に開催された英国議会の文化・メディア・スポーツ委員会の公聴会で、「ここ10年以内に、(現在4系統ある)英国の公共放送(PSB)は2つ程度にまで減るだろう。2を超えることはないと思う」と述べ、ちょっとした話題になりました。同氏は政府のクリエイティブ産業評議会の共同議長でもある放送業界の重鎮です。同氏はまた、政府が考慮すべき3つの要因として、「健全なBBCのための財源の明確化、統合を奨励する規制上の措置、これまで以上の放送事業者間の協力」を挙げました。前述した『Today』(2025年11月7日)でも触れたように、放送事業者、特にPSBsの統合と協力しか巨大プラットフォームに対抗する方法はないとの主張は明確です。
バザルゲット氏は公聴会で明言しませんでしたが、生き残るPSBはどこなのでしょうか? BBCは(多分)生き残るとして、あと一つは? Skyと一緒になったITV? それとも現在のところ規制で買収から守られているチャンネル4? いや、BBCでさえ安泰ではないのかもしれません......。
"テレビ配信の未来"は?
筆者は、この問題には、2024年にOfcomが政府の諮問に答申し、現在、文化・メディア・スポーツ省で政策決定に向けた検討が進行中の"テレビ配信の未来"の問題が、全く無関係ではないと考えています。筆者はこの問題に関して、2024年末にオンラインで、2025年7月にはロンドンでOfcomや放送事業者とのミーティングを持ちましたが、英国の放送事業者のオンライン完全移行への希望はかなり強く、事業者によっては、現行の地上波デジタルテレビ・マルチプレックスの免許切れ=地上波テレビの終了と確信し、その前提で動いているようです(もちろん、全ての放送事業者ではありません)。2040年までのどこかで、英国では、(一部の衛星放送とローカルのコミュニティテレビを除く)テレビ放送が地上波を完全に廃止して、ネット配信だけに移行する可能性は小さくない、というよりむしろ大きいと考えています。もちろん英国のPSBにはプロミネンスなどでの優遇措置はあるでしょうが、ネット上では英国の放送も米国や欧州大陸の放送や動画配信も、基本的には同列の存在です。そうした競争環境で生き残るには規模がものを言うという考えは、否定できないのではないでしょうか?
この問題については、またあらためて詳しくお話しすることにします。
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