英国の公共サービス放送(PSB=Public Service Broadcaster)各局が9月18日、「PSBがグローバルなオンラインプラットフォームに対抗し、英国のクリエイティブ産業の屋台骨としての存在感を将来も確保するために、いまこそ行動すべきときにある」との共同声明を発表した。具体的には「YouTubeなどの配信プラットフォーム上でPSBのコンテンツを際立たせる必要がある」と政府に制度上の手当てを求めた。
声明はBBC、ITV、Channel4、Channel5、STV、S4C(ウェールズ語放送局)、MG ALBA(ゲール語放送局)の7事業者が名を連ねる。7月に英国の放送・通信事業を規制監督するOfcom(放送通信庁)が発表した調査「Media Nations 2025」によれば、英国ではYouTubeがITVを抜いてBBCに次ぐ2番目に視聴されるなど(既報)、若者を中心にテレビ離れがますます進み、視聴シェアだけでなく広告媒体としての影響力も弱まりつつある。今回の声明は、こうした状況に対する英PSBの危機感が示されたものだ。
声明は「英国では自国の放送局ではなくグローバルなオンラインプラットフォームが文化的な環境を支配するリスクに直面している」と指摘。「しかし、グローバル大手は営利目的で運営されており、英国共通の社会基盤の維持や貢献を責務にしているわけではない」と述べ、政府は英国民に奉仕するために存在するPSBの将来を守るべきだと訴えている。そのうえで、「競争の激しいオンライン上でPSBは際立つ存在でなければならない」として、視聴者の利用時間が多いデバイス(スマホ、CTV)やYouTubeなどの動画共有プラットフォーム上でPSBのコンテンツが目立つように表示されることを保証する規制(プロミネンスの義務化)を求めている。あわせて、グローバル大手のプラットフォームにPSBがコンテンツを供給する際には、PSBの使命を果たすための経済的な基盤が損なわれないよう、「公正な商業条件のもとで行われるべき」と主張した。
これらの要望は、Ofcomが7月21日に公表したPSBの将来に関する報告書(既報)で既に提言されていた。PSBは、政府や行政関係者らも参加する英国王立テレビ協会(RTS)のコンベンションの場であらためて放送大手の連帯を示し、同時に共同声明という形で追加の保護規制¹ の迅速な法制化を促したものだ(冒頭画像=RTSのコンベンションでディスカッションするPSBのトップ/右から2番目がBBCのティム・デイビー会長=RTSのYouTube動画から)。
「今こそ行動を」とPSBが訴えた背景には、英国では10年後に放送サービスがインターネット経由で提供される可能性が高まっていることもある。共同声明は、PSBが変化する市場動向に適応するため「ネット経由のテレビ放送への移行に向け、今すぐ備えるべきである」とも述べている。PSBが「放送」という独自の媒体からオンラインサービスへと移行する流れを見据え、土俵が変わる前にPSBを保護する法制度を固めたいという思惑もありそうだ。
この共同声明は英国内でも大きく取り上げられたが、今のところYouTubeやSNSの運営事業者側から表立ったコメントは出されていない。今後は、放送メディア産業を「成長ポテンシャルが最も高いセクター(クリエイティブ産業)」として成長を促進する戦略を打ち出した² 英政府がどこまで踏み込んだ保護政策を取るのかが注目される。
¹ 2024年に改訂されたメディア法では、放送番組と似たコンテンツを配信する動画プラットフォーム=NetflixやCTVで放送局のコンテンツを際立たせることが義務化されている。今回PSBが求めているのは、この適用範囲をYouTubeなどのSNS系のプラットフォームやスマホなどのデバイスにまで広げることである。
² 2025年6月23日に政府が公表した「現代産業戦略 2025」(The UK's Modern Industrial Strategy 2025)のなかで、放送を含む英クリエイティブ産業の成長ポテンシャルが強調され、強化策として向こう10年の政府の投資額を1.8倍に増やすことが示された。
