放送局は子どもたちに番組を見てもらうためにどうするべきで、子どもたちのために何ができるのでしょうか。「シリーズ"子どもたちのために"」では、放送局の取り組みを紹介するほか、有識者の論考なども掲載します(まとめページはこちら)。第2回は、「yabえほんプロジェクト」を立ち上げ、地元企業・大学と協力し絵本を制作した山口朝日放送の佐原昭浩さんに、プロジェクトの全貌を紹介いただきました。(編集広報部)
子どもたちへの思いから生まれたプロジェクト
「SDGsを子どもたちにわかりやすく伝えたい」――この思いから、山口朝日放送(以下yab)は2024年にyabえほんプロジェクトを立ち上げました。2023年に国連のSDGメディアコンパクトに加盟して以降、国連情報センターが推進する「1.5℃の約束」キャンペーンへの参加や企業の取り組みを紹介するニュース特集など、さまざまな取り組みを展開してきました。......が、ある思いがずっと心の中にわだかまっていました。
それは、県内企業の取り組みを紹介はしていても、自社発の取り組みそのものはまだできていないのでは? ということでした。どこか"他人ごと"のように見えていたSDGsの取り組みを"自分ごと"としてできることは何かないだろうか? そこが出発点でした。そして、テレビ局としての情報発信だけでなく、より直接的に未来を担う子どもたちの心に届く取り組みはできないか。そんなことを自分自身子育てに関わりながら考えている中で、子どもたちにとって身近なメディアであり、長く手元に残る「絵本」に着目しました。
地域の力を結集した「メイドイン山口」の絵本制作
SDGsを楽しみながら学べるような絵本を作ってプレゼントしよう!そんな思いで企画書を作成し経営会議での決議を経て絵本作りがスタート。作る上で設定したのは「山口ならではの絵本を」ということです。せっかく山口で絵本を作るのであれば山口らしさをふんだんに盛り込んだものにしたいと考えました。
<大学の授業で絵本のアイデアを考案>
最初に取り組んだのは、地元の大学との連携。山口県立大学に話を持ちかけ、絵本のテーマとストーリーの骨格部分のアイデア出しに協力してもらいました。実際に2、3年生の授業に「SDGsをテーマとした絵本のアイデア考案」を組み込んでいただき、合計59もの独創的な提案が寄せられました。その中から採用したのが「ごみごみオバケとたかしくん」というアイデア。食べ残しをした男の子のもとにオバケが現れ、ゴミや食べ残しが環境に与える影響を教える、という内容となっていて、これを軸とすれば子どもたちに興味を持ってもらえるお話を作れるのではないかと直感しました。
絵本のテーマは、「1.5℃の約束」キャンペーンに則し「地球温暖化を防ごう」を設定しました。具体的には、その実現のために推奨するACT NOWの10の行動の中から、園児にも身近な「野菜をもっと多く食べる」「廃棄食品を減らす」の2つを物語のメッセージとしました。
野菜が嫌いな子どもは多いと思いますが、そんな子どもに親が説得する内容としてよくあるのが「健康に大きくなれないよ」。でも、そんな子どもたちに対し「野菜をちゃんと食べないと地球が暑くなるよ!」というアプローチをしてみたらどうだろう、という発想に至り、これを物語に取り入れることにしました。このアイデアをベースに、yab内の部署横断チームでストーリーを練り上げました。制作過程では、進捗を自社番組『Jチャンやまぐち』や特設ウェブサイトで随時取材・公開し、地域の方々にも親しみを持ってもらえるよう工夫しました。
<yab内の部署横断チームの様子>
オバケには山口県の名産野菜を
イラストレーターの選定にあたっては山口県在住・出身者を対象とした公募を実施。その結果、宇部市在住のイラストレーター・山藤裕之さんに決定しました。アニメーターとしてのキャリアもあり、作画力と構図力に長けているという点が決め手となりました。
山藤さんに描いてもらうシーンのうち、最もインパクトがあって絵本の山場となるのが、野菜のオバケの登場シーン。ここでどんなオバケを登場させるかが肝となります。どんな野菜だったらインパクトがあるのかストーリーチームのメンバーと考え、たどり着いた答えは「萩たまげなす」でした。
<「萩たまげなす」のオバケの登場シーン>
通常のナスの3倍もの大きさがあることから「たまげる(驚く)ほど大きなナス」として名付けられた山口県萩市の特産品。山口ならではの絵本にするのであればこれ以上ふさわしい野菜はありません。絵本の中でしゃべる時には、「山口生まれの野菜なので当然山口弁だよね」と全て山口弁に統一。子どもたちに驚きとともに親しみをもってもらい地元野菜を好きになってもらおうと考えました。その思いを山藤さんに伝え、怖さもありつつどこか憎めないナスのオバケとして命を吹き込んでもらいました。
<野菜嫌いの男の子と「萩たまげなす」のオバケが世界を回る>
県内全域への広がりと寄せられた反響
こうして2025年5月に「メイドイン山口」のSDGs絵本『もう のこさんよ』が完成し、県内にある公立・私立の幼稚園・保育園・認定こども園をはじめ、図書館、児童館、子育て支援センター、こども食堂、小児科病院、児童養護施設など、実に900カ所以上の施設におよそ1,500冊を寄贈しました。
<完成した絵本『もう のこさんよ』>
めでたし、めでたし......。
ではありません!作って配るまででは、まだこのプロジェクトの半分。大切なのはこの物語を通してSDGsの理念を伝えていくことです。幸いテレビ局には伝えるプロであるアナウンサーが多く在籍します。
早速、近くの保育園に読み聞かせ用の大型絵本を携えてアナウンサーが訪問(=冒頭写真)。情感たっぷりに物語を読み、オバケが登場するシーンでは目を丸くして驚く子も。読み聞かせ後には「これから野菜を食べる」と話してくれる子もいて、これまでの苦労が報われた気がしました。
<ビープくんとyabアナウンサーが読み聞かせで県内を巡る>
現在、情報番組やCM枠などで、幼稚園や保育園などを対象にアナウンサーによる読み聞かせを募集。うれしいことに多くの園から応募をいただいていて、順次アナウンサーが訪問しています。県内全ての市町を訪問することを当面の目標に、少しずつSDGsの輪を広げていきたいと考えています。
地域放送局の新たな役割と未来への展望
今回の「yabえほんプロジェクト」を通じて、地域の放送局が子ども向け活動に取り組む意義をあらためて実感しました。番組制作や情報発信を超えて、教育的価値のあるコンテンツを制作し、地域社会により深く貢献することの可能性を確認できました。
また、地元の大学やクリエイター、協賛という形で取り組みを応援してくれた地元企業と連携し一つの目標に向かって協働することで、単独では実現できない価値を生み出すことができたことは大きな知見となりました。そこにメディアが持つ情報発信力と企画力を組み合わせることで、社会的課題の解決に具体的に貢献できることも確認できました。
うれしいことに、園や協賛企業からは「ぜひ第2弾を」との声も早速いただいています。まずは「もう のこさんよ」のメッセージをしっかり子どもたちに伝えていくことに注力しながら、続編制作も視野に入れ、子どもたちの未来を輝かせるために、地域メディアとして挑戦を続けていきたいと考えています。