制作への執念
日本で唯一の特定危険指定暴力団、「五代目工藤会」。北九州市を拠点に、一般市民をも標的とする日本で最も凶悪な暴力団組織だ。
その組織の成り立ち、引き起こしてきた数々の事件、裁判の過程などをまとめたシリーズ「最凶」。地上波での放送を皮切りに現在YouTubeでも計10本の動画を数えるに至っているが、その制作のきっかけになったのは2019年10月に開かれた工藤会総裁・野村悟被告とナンバー2の田上不美夫被告の初公判だった。
その数日前、テレビ西日本(TNC)の報道部が制作する『福岡NEWSファイル CUBE』で、初公判に向けての工藤会の歴史を描いた14分のVTR特集を制作したが、その出来栄えに納得できなかったのが「最凶」制作チームのディレクター。
「人間関係や事件についての知識が薄いからVTRの内容が薄い」「時間をかけ、徹底的に工藤会の歴史を調べ、TNCに残るアーカイブを見直し、関係者にインタビューができればどんなVTRが作れるか?」――彼の思いがシリーズ誕生のきっかけになった。
まず彼が取り組みはじめたのはアーカイブ映像のチェック。「工藤会」というキーワードで映像ライブラリーを検索したところ、ヒットしたのはおよそ2,000件。「暴力団」検索ではざっと5,000件に上った。
日々のニュース制作のあと、その映像を一つ一つチェックすることが日課になった。どのような映像なのかに加え、どんな事件なのか、誰が逮捕されたのか、どんな判決が下ったのか。アーカイブ付属の文字情報を頼りに、裁判資料なども確認し、被告の生年月日、犯行に至った経緯などさまざまな情報を集め、それらの情報をすべてエクセル上に打ち込んで整理、年表を制作した。この年表が制作チームからみた「工藤会の歴史」になっていった。
<制作した年表>
何の映像か分からない
アーカイブのチェックで問題になったのが、1960年代から70年代初めのニュース映像に「何を撮影したかよく分からない」ものが数多く含まれていることだった。
映し出される映像にナレーションはなく、キャプションには「組長を逮捕」とか「発砲事件」などと書かれてはいるものの、事件の詳細はもとより、人名や撮影場所までも記されておらず、しかもVTRの元になった原稿もすでに破棄されていたのだ。
そこで活用したのが「福岡市総合図書館」。図書館には新聞を縮小したマイクロフィルムや現物が保管されていて、日付や写真からアーカイブ映像と照らし合わせて一つ一つ何を撮影したものなのか確認していく。またその確認作業を補足するため、裁判などをはじめとする各種資料、そして当時、現場にいた元捜査員をはじめ、工藤会関係者などに接触を重ねていった。
<古いニュースの映像(1965年10月)>
元組員への取材ではほとんどの人が「バレたら危ない」などとカメラを回してのインタビューを断ったが、中には警戒しながらも「おっ!これうちの親分!懐かしいな」と当時を振り返る人、市民襲撃を繰り返した組織への憤りを話してくれる人などもいて、それぞれが話せる範囲で工藤会の内情やさまざまな襲撃事件の内幕を語ってくれた。また工藤会幹部宅を突然訪問することもあり、呼び鈴を鳴らしたら、10数人の組員に取り囲まれ、質問攻めにあうこともあった。
<元組員へのインタビュー映像>
伝説の"マル暴"
そうした作業を進めていく中で、元警察官から紹介されたのが福岡県警のマル暴刑事の中でも「本物中の本物」と言われる花田英治氏だった。花田氏は工藤会のカリスマと呼ばれた三代目会長・溝下秀男氏が唯一心を許した捜査員とされる人物。カメラ取材を打診したところ、花田氏は「詳しく知りすぎているからインタビューには答えられない」ときっぱり断った。しかし、その後も取材趣旨を伝え続け、工藤会関連の話をするうちに、「そこまで組織の歴史が分かっているなら、話せる範囲で話す」と取材の承諾を得ることができた。
また県警OBで作家の藪正孝氏、そして前述の野村被告らを逮捕した県警OBの尾上芳信氏の協力、撮影の許可を得たことで、「最凶」制作は大きく前進していった。
「最凶」
工藤会のアーカイブ映像の確認作業を始めてから5年。作成していた年表は1,300項目を超えた。その間に野村被告には一審で死刑の判決が言い渡され、控訴審の裁判も大詰めを迎えていた。そこで、控訴審判決前に工藤会の変遷をたどる番組制作を提案、地上波で前後編2回の放送が決定した。
タイトルは『最凶 裁かれる工藤会野村悟の半生』。野村被告の半生を軸に工藤会という組織がいかにして生まれ、最凶の暴力団に変貌していったかを追っていった。報道部、編成部、法的な観点から問題はないかを確認してもらうため、弁護士の助言も得ながら、地上波「最凶」はようやく2024年3月5日と7日の深夜ローカル枠で放送。占拠率は50%に迫った。視聴者からは「再放送はないのか」「TVerで配信はないのか」などさまざまな反響が寄せられた。
<地上派で放送された『最凶 裁かれる工藤会野村悟の半生』>
シリーズ「最凶」へ
地上波放送後、テレビ西日本報道部のYouTubeチャンネル「福岡TNCニュース」でも「最凶」を展開することが決まった。こちらのタイトルは『最凶~カメラが捉えた工藤会の半世紀~』。地上波放送では時間の関係から、落とさざるを得なかった関係者の証言やアーカイブ映像を取り入れて再構成し、「時間の制約を取り払い、中身の濃いVTRにする」という思いを第一にした結果、1本あたり平均40分を超える動画となった。2024年4月から公開が始まった最凶シリーズ。2025年2月時点では工藤会以外の県内の暴力団にも視点を置いた「福岡抗争史」、前北九州市長が工藤会とどう向き合ったかを追った「北橋日記」などを含め、シリーズは計10本となり、総再生数は900万を超えている。
<YouTubeで公開中の『最凶~カメラが捉えた工藤会の半世紀~』>
さいごに
しかし、工藤会を巡る裁判は現在も続いている。工藤会が関わったとされる事件は今後どのように裁かれ、どのような判断が下されるのか。取材班では今後も引き続きその行方を注視し、シリーズ制作を続けるつもりだ。
シリーズ「最凶」はこちらからご覧いただけます(外部サイトに遷移します)。