香港フィルマート 2023 レポート② ~カンファレンスにみるコンテンツビジネストレンド

青﨑 智行
香港フィルマート 2023 レポート② ~カンファレンスにみるコンテンツビジネストレンド

今年の香港フィルマートでは世界各国のメディア・コンテンツ専門家が集まり、カンファレンス、フォーラム、ショーケース・プレゼンテーションなど20以上にわたって実施された。4年ぶりのリアル開催だったこともあり、登壇スピーカーによる議論・情報発信も自ずと熱気を帯びていた。今回はいくつかのセッションにフォーカスを当て、ディスカッションやプレゼンテーションから見えてきたコンテンツビジネストレンドについて報告したい。

ストリーミング時代に求められるコンテンツ

「アジアの波:2023年とこれから」と題するセッションは、世界的に普及・拡大するOTTプラットフォームの追い風を受け、アジア発コンテンツの海外展開が急速に進んでいるという現状認識のもと、韓国、インド、タイの実務家パネリストがストリーミング時代のグローバル・コンテンツビジネスについて議論を交わしていた。さまざまな経験を積んできた彼らのバックグラウンドは実に多彩だ。

 韓国エンターテインメント大手CJ ENMのセバスチャン・キム氏(コンテンツ販売・調達ディレクター)は、Apple TVPlutoTVなどのOTTサービスに加えて、セットトップボックスROKUに韓国コンテンツチャンネルを開設するなどストリーミングの流通経路拡大を重視する海外展開を進めている。インドのZEEエンターテインメントでアジア太平洋地区担当副社長を務めるサンメシュ・タクール氏はViuのインド、マレーシア事業に10年ほど従事していた。タイの4大放送局BECワールド副社長のジラヴィス・ヴィンダナピスート氏は、大手プロダクションのグラミーやウォルトディズニー(タイ)でコンテンツ配信ビジネスを推進してきた実績を持つ。

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 市場、消費者、コンテンツの制作・流通などパネルトークの話題は多岐にわたっていたが、いかにしてカスタマイズとブランディングを行うかという点は各パネリストに共通する問題意識だった。

 サンメシュ・タクール氏は世界有数の多言語国家であるインド市場を例に挙げながら、地域言語・方言への適応の重要性とともに、OTTに慣れ親しんだ若者が「よりスピーディーな展開、よりエッジの効いた展開」を求める傾向を顕著に示している点を指摘。言語にせよユーザー嗜好にせよカスタマイズが欠かせないというわけだ。

他方、国際共同制作については、国籍・言語文化圏のユーザー獲得を狙って、キャストのラインナップを多国籍にすると却ってどの国の視聴者にも刺さらないため、少なくともキャスティング面での多国籍化には否定的な意見が多く聞かれた。複数市場を効率的に攻略するための安易な手法には限界があり、個々の市場にカスタマイズすることがやはり重要となるようだ。

 ブランディングに関しては韓国セバスチャン・キム氏のコメントが力強かった。韓国コンテンツの海外市場における競争力は、かつて『秋の童話』や『冬のソナタ』にみられたロマンチック・ドラマ路線だけでなく、アクション、SF、スリラーにまで拡大、さらに韓国勢が力を入れてきたリアリティショーも着実に海外市場での優位性を高めておりKコンテンツの支柱に育てるべく更なる国際展開を進めると意気込みをみせた。

 ユニークだったのはタイ・ジラヴィス・ヴィンダナピスート氏のコメントだ。タイのBLコンテンツは諸外国テレビ放送の規制・検閲には苦戦してきたが、むしろOTT流通環境では、相対的な規制の緩さとニーズの高まりに伴い、一気呵成にBLコンテンツ・ブランドを確立できるはずとの野心をのぞかせていた。

 コンテンツ海外流通の取り組み:中国企業のケース

 中国大陸からの出展企業・参加者数が香港フィルマート史上最多となった今年は、中国企業プレゼンテーションも多かった。中国コンテンツの海外展開は国策に位置付けられていることもあり、登壇パネリストが紹介した取り組みや今後の展望には意欲的なものが多かった。

「中国アニメの海外展開:中華文化のソフトパワー」では、中国アニメ制作大手の追光動画が海外市場攻略の手法を紹介していた。同社『ナタ転生』の海外展開では、ネットフリックスなどグローバルOTTを活用したほか、「アヌシー国際アニメーション映画祭」など海外イベントを通じた話題・評判づくりにも取り組んでいた。(2023年のアヌシーに出品された中国作品は10数年で約3倍に増加しており今後さらに増えることが予想されている)

レポート①で触れた「チャイニーズコンテンツ・グローバルコミュニケーションフォーラム」に登場した映像制作大手の華策は、コンテンツのグローバル展開を急ピッチかつ効果的に進めるため、ネットフリックス、アマゾンプライム、ディズニー+、YouTubeなどグローバル系と、TikTokViutrueID(タイ)、楽天VIKIなど中国・アジア系のプラットフォームを組み合わせる流通戦略を紹介していた。

中国で大ヒットしたドラマ『30女の思うこと 〜上海女子物語〜』を制作した檸萌影視は、ネットフリックスに地域限定の配信権をライセンスした後、韓国企業に対するリメイク授権を経て、Viuと組んで自ら海外市場向けリメイク制作ビジネスに参画している。同社共同創設者の周元氏は配信権のライセンス、リメイク、共同制作など多様なスキームとパートナーを戦略的に選択することが重要だと話していた。

グローバルOTTの影響力拡大に伴い、各国コンテンツ事業者はアメ(潤沢な制作費の拠出)とムチ(権利の召し上げ)問題に悩まされているが、中国事業者はグローバルOTTを柔軟かつ臨機応変に利用している印象を受けた。中国だからこそ成せる技という側面もあるが、スタンスとしては参考になるだろう。

Web3とエンターテインメントビジネス

 今回、香港フィルマートのカンファレンスで最も新しい動向を扱っていたのが「デジタル・エンターテインメント・サミット~エンタメ業界におけるWeb3活用の可能性~」だろう。パネリストの充実ぶりをみても香港フィルマートの企画運営チームが新しいデジタル領域とエンターテインメント分野との架橋やシナジーをつくり出すことを相当重視していることが感じられた。

 米国からふたりのパネリストが参加。文化起業家のジェイソン・マ氏はアジアのポップカルチャーを世界に発信するメディアプラットフォーム88risingや、Web3でコンテンツ(IP)とファンコミュニティをつなぐプラットフォームを運営するOP3N(オープン)の共同創設者。もうひとりはライオンズゲートのエグゼクティブバイスプレジデントであるジェニファー・ブラウン氏。2019年に中国で「ライオンズゲート・エンターテインメントワールド」を立ち上げるなど、コンテンツ(IP)を活用したテーマパークやデジタル・アミューズメント事業などを手掛けている。

 そして香港からもパネリスト2名が参加。ひとりはメタバースの代表格「ザ・サンドボックス」を運営するスタートアップAnimocaグループプレジデントのエヴァン・アウヤン氏。Animocaはジョージ・ソロス率いるファンドや、仮想通貨投資で有名な米国ウィンクルボス兄弟などから出資を受けたことでも知られる。もうひとりは、Web3ARVR、メタバース、NFT を通じて顧客体験提供を支援するスタートアップGusto Collectiveのマネージング・パートナー、ルーカス・チャン氏。(両社とも最近日本市場での事業拡充に着手し始めている)

 冒頭でジェイソン・マ氏が「Web1はコンテンツを検索して読むことができる段階、Web2は企業がコンテンツを公開できる段階、Web3は利用者の所有権を明確にできる段階」と整理したうえでディスカッションが展開されていった。

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 エヴァン・アウヤン氏はメタバースがユーザーにさまざまなアクションをとることを可能にしてくれる機能を持った空間であり、エンターテインメント分野の多様なコンテンツがユーザーのメタバース活用の動機や契機になると話していた。

 米国のハリウッドメジャー各社はすでにNFTを活用したファンベース事業を進めているが、ライオンズゲートも『ジョンウィック』『ハンガーゲーム』などの映画に紐づいたNFT販売を開始している。ジェニファー・ブラウン氏はエンターテインメント分野のコンテンツ(IP)とWeb3を掛け合わせることで、ユーザーに対して体験価値の充実化やコンテンツ世界への積極的関与、さらにファンコミュニティの形成機会といったさまざまなメリットをもたらす可能性があると述べていた。ただ、ユーザーがWeb3に接する際のインターフェイスをシンプルにする工夫が極めて大切であり、複雑さや煩雑さはファンやユーザーのWeb3離れを招くだけだと注意喚起していた。

 セッション終了後にパネリストの方々と話した際、皆「日本はIPの宝庫」だとうらやましがっていた。今年に入り、東映アニメーションのNFTプロジェクト『電殿神伝-DenDekaDen-』やテレビ東京の『NARUTO×BORUTO VR』などが登場し、秋以降にはバンダイナムコグループによるガンダムメタバースのオープンも予定されている。セッションでジェイソン・マ氏が、これからのスター・ウォーズはファンがメタバース空間でジョージ・ルーカスとディスカッションしながらアイデア提供するかもしれないと話していたが、近い将来、新たなコンテンツビジネスのロールモデルを日本が提示する可能性は小さくないかもしれない。

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