4年ぶりにリアル開催された香港フィルマート
アジア最大級の映像コンテンツ見本市「香港フィルマート」が3月13日から16日にかけて香港コンベンション&エキシビションセンターで開催された。香港貿易発展局が1997年から開催している映画・テレビなどの見本市で、フランスのMIPTV/MIPCOMや米国AFMと並ぶ世界有数のマーケットである。
新型コロナウイルス感染症の影響で直近3回ほどオンライン実施を余儀なくされていたこともあり、出展社・来場者から喜びの声が多く聞かれる中でのリアル開催となった。世界41カ国・地域からテレビ放送局、映画、映像、配信、フィルムコミッションなどの事業社が出展し、7,300人以上の専門家が集結した。全体の出展社数はコロナ禍前と比べ2割ほど少ない約700社だったが、丸4年のブランクに加えて香港の水際規制緩和が開催直前までずれ込んでいたことを考えると予想を越える盛況ぶりだったといえる。これは香港政府の支援パッケージによるところも大きい。参加企業は国内外・大小を問わず、主催者である香港貿易発展局の補助スキームを利用することができた(参加費:50%補助、ただし1ブース1万HK$、1フェア10万HK$が上限。会場使用料:100%補助)。
香港フィルマートでは事業者間のBtoB取引交渉、商談が活発に行われる傍ら、カンファレンス、フォーラム、最新コンテンツのショーケースなど各種イベントが行われ、最先端の映像マーケット動向を計る羅針盤として盛り上がっていた。出展社数を国・地域別にみると、中国330、香港85、台湾57、韓国45、日本40、タイ31、フランス21、アメリカ17、イタリア6、インド5がトップ10だった。
日本からは、国際ドラマフェスティバルin TOKYO主催の「ジャパンパビリオン」に放送局各社が出展したほか、ユニジャパンのブースに映画会社や映像制作・配給各社、ジャパン・フィルムコミッションのブースに日本各地のフィルムコミッション、さらに独自出展企業など多彩なプレーヤーが参加していた。
中国コンテンツ海外展開の動き
今年は出展企業の約半数を占める中国勢が豪華パビリオンを多数設置していたが、中国関係者によるフォーラムやカンファレンスも複数開催され充実していた。その中で最も力点が置かれていたのが中国政府主催の「チャイニーズコンテンツ・グローバルコミュニケーションフォーラム」(=写真㊦)だ。
キーノートスピーチでは、中国国家ラジオ・テレビ総局や香港特別行政区などの政府関係者が次々に登壇し、中国語コンテンツのグローバル展開推進に向けた可能性や戦略について語っていた。世界的なコンテンツ流通の活発化・多様化が中国語コンテンツのニーズと競争力を高めており、香港映像産業のネットワークやノウハウも活用することによって、中国語コンテンツの海外普及をさらに拡大・加速していくことが基本的な構想だ。
海外展開に向けたさまざまな工夫も紹介されていた。中国のパブリックディプロマシー(広報文化外交)の実動組織のひとつである中国解読工作室の担当官が強調していたのは、欧米アジア・日本などの映像作家・監督に中国を描く作品を撮ってもらい、中国の物語・文化的価値を海外市場に効果的に浸透させる手法だ。また、湖南メディアグループのヒューマンドラマ「Meet Yourself」がYouTube配信で世界2.6億人の視聴を獲得したケースなどの成功事例を挙げながら、ストリーミングメディアを今後より一層活用していく方針が打ち出されていた。
<中国のパビリオン
チャイナ・メディア・グループ:左上、山東省:右上、福建省:左下、浙江省:右下>
香港メディア・コンテンツ企業の動向
読者の中には、香港における政治環境変化とメディア・コンテンツ企業への影響に関心を寄せる向きも多いのではないだろうか。驚いたことに、香港フィルマートの常連として毎年豪華なブース出展で存在感を示していた香港最大手テレビ放送局TVBは今回不参加だった。コロナ禍による収支悪化の影響で出展を見送ったとの報道もなされていたが、その理解は一面的かもしれない。2016年以降の香港における民主化要求運動とそれに対する管理統制強化に伴い、TVBの報道が中国政府寄りとの批判が高まる中、ここ数年はTVBへの広告出稿を見合わせる企業が相次いでいたからだ。
対照的に香港メディアで急成長しているのがPCCWグループ傘下のViuだ。今回の香港フィルマートで最も注目を集めた出展社のひとつと言えるだろう。香港におけるテレビ放送ViuTVとアジア、中東、南アフリカなど世界16市場で展開するOTTサービスViuがあるが、興味深いのはその急成長を可能にしてきたコンテンツだ。
まず、ViuTVのオーディション番組で2018年に誕生した男性アイドルグループMIRRORだ。香港芸能界では90年代から四天王(郭富城、劉徳華、黎明、張学友)が人気を誇ってきたが、新陳代謝が進まず広告主は長らく新しいスターに飢えていたといわれる。ようやく現れた新星MIRRORは、オーディション出身、ファンベース、推し活・箱推しなど最新のグループアイドル・セオリー満載であるだけでなく政治色とも無縁で、幅広い層の消費者を巻き込める絶好の広告アイコンとして、食品、家電、金融、旅行、ファッション、コスメ、高級ブランドなど香港の広告ジャンルを総なめにしている感すらある。
もうひとつの戦略的コンテンツが、海外進出を図るOTTプラットフォームViuが2014年のスタート当初から包括契約で獲得した韓国主要テレビ放送4局のドラマを中心とする韓国番組だ。Viuは昨年、東南アジアにおけるユーザー数でネットフリックスを抑えて首位に立ったが、韓国コンテンツをフル活用するブランディングが見事に奏功している。
今回「Viuアナウンスメント2023」として、新作映画「12怪盗」主演のMIRRORメンバー10名が登壇してステージトークを披露したほか、韓国SBSのヒットドラマ「模範タクシー2」のアジア諸国独占配信に向けて主演のイ・ジェフンを招きステージのみならず出展ブースにまで登場させ至近距離でインタビューを行っていた。(人によっては垂涎もののファンサービスだったのでは?)ブース周辺が騒然となり身動きが取れないほどの人だかりになっていたことは言うまでもない。
<MIRRORメンバーEdanの広告㊧、韓国の俳優イ・ジェフン㊨>
韓国によるコンテンツ開発・流通の取り組み
韓国コンテンツ振興院によると、今年の香港フィルマートで韓国企業の商談は470件(前年比1.7倍)、商談総額は8,700万ドル(前年比6倍)にのぼったという。韓国コンテンツの人気と勢いが商談・引き合いにダイレクトに反映した形だが、新しいコンテンツの開発・流通に向けたチャレンジにも余念がないようだ。韓国コンテンツ振興院オフィシャル・スクリーニング「K-DRAMA Showcase with Actors」では、ドラマ5作品・映画3作品に加えて、今年下半期リリース予定のドラマ「LOOK AT ME」が、主演のイ・ミンギとハン・ジヒョンも登壇し大々的にアピールされていた。世界的に高い関心が寄せられる韓国美容整形にスポットを当てたメディカルサスペンスであり、新しいコンセプトやビジュアルを提示できるはずだと制作会社代表は力強くアピールしていた。
特筆すべきは韓国のプラットフォームWAVVEでの配信を予定している点だろう。WAVVEは既存の動画配信サービス「POOQ(地上テレビ放送KBS、MBC、SBSが運営)」と「oksusu(SKテレコム傘下)」を統合する形で2019年に誕生した、いわばネットフリックスなど海外勢に対抗するための韓国連合OTTだ。オリジナルコンテンツを自国配信プラットフォームで海外流通させようとする試みの成功に期待がかかる。
中国で韓流コンテンツ解禁の可能性?
ところで、韓国企業をめぐる動きの中で関係者の間で大きな話題となったのが、先に紹介した中国のフォーラムに韓国ドラマ制作会社大手ASTORYが登壇していたことだ。
2016年の在韓米軍THAAD配備決定をきっかけとして、中国では韓国コンテンツ(ドラマ、バラエティや歌手など)を排除する動きが長らく続いてきた。これは「限韓令」と呼ばれているが行政文書などは存在しない、あくまでも非公式の措置だ。2022年11月G20サミットにおける中韓首脳会談後の12月頃から中国で韓国ドラマの配信が散見されるようになり「限韓令」の行方に関心が集まっていた。
今回、ラジオ・テレビ放送を所掌する中国政府機関が自ら主催するフォーラムで正式に韓国コンテンツ制作会社を登壇させたことは、「非公式な雪解けのサイン」と受け止めてもあながち筋違いではないだろう。韓国コンテンツ振興院の兪炫碩(ユ・ヒョンソク)副院長も「香港フィルマートへの参加が中国市場への韓流コンテンツ輸出再興のきっかけとなるのではないか」と期待を寄せていた。
香港フィルマートの今後
香港行政トップの李家超(ジョン・リー)長官は、2022年10月の施政演説で、香港ポップカルチャーのグローバル化を目指し、中国本土およびアジア諸国と連携しながら映画、テレビ、ストリーミングなどの分野を強化する方針を打ち出している。香港貿易発展局の黄天偉(ピーター・ウォン)華南主席代表は「香港フィルマートは海外企業の中国ビジネスと中国企業・コンテンツの海外展開という両方の課題をサポートすることができる」と自信を見せる。
巨大な中国市場へのゲートウェイとみられてきた香港フィルマートが、中国コンテンツの海外展開支援という新たなミッションを担いつつあることは今回の開催で明らかになった。そして、そうした変化の兆しをいち早く自らのビジネスチャンスに取り込もうとしている各国事業者の姿勢は、香港フィルマートが今後、クロスボーダーなコンテンツビジネス交易プラットフォームとして重要度を高めていくことを強く予感させるものだった。