「民放連 放送基準」2023年改正 その経緯と趣旨

井戸 和明
「民放連 放送基準」2023年改正 その経緯と趣旨

2023年4月1日から、新たな「民放連 放送基準」の運用が開始されます。民放連内で見直しの検討を担当してきた事務局の立場で、今回の改正の経緯や趣旨、そもそも放送基準とは何か、ということを整理したいと思います。

目次
・「民放連 放送基準」2023年改正の経緯
・「民放連 放送基準」について
・「民放連 放送基準」と民放連会員社の「番組基準」との関係
・「民放連 放送基準」2023年改正のポイント
  ①差別・人権問題への一層の注意喚起
  ②児童・青少年への配慮の拡充
  ③「価値観の多様化」を踏まえた表現上の配慮
  ④報道に関する規定の明確化
  ⑤宗教に関する規定の整備
  ⑥「自殺」を取り上げる際の配慮
  ⑦その他の表現上の配慮
  ⑧広告放送・コマーシャルに関する考え方の整理
・最後に

「民放連 放送基準」2023年改正の経緯

5月26日の民放連理事会で「民放連 放送基準」の改正が決定しました。運用が開始される23年4月1日にあわせて、通称「2023年改正」と呼んでいます。

「民放連 放送基準」は1951年、民放連が設立された直後にラジオの放送基準が制定され、58年にはテレビの放送基準が制定されました。70年にラジオとテレビの放送基準を統合して現在の形となり、その後、おおむね5年ごとに見直しを行い、半世紀の間に11回の改正を行ってきました(今回の改正が12回目となります)。

今回決定した新たな放送基準は、現行152条文のうち45条文を改正するほか、2条文を削除することに伴って条文番号が変更となるなど、これまでの11回に比べても大きな改正となりました。一部には、「令和の大改正」「50年ぶりの大改正」と呼ぶ声もあるようです。

今回の見直しは2019年度から検討を開始しました。ただ、当初から、これほどの規模の改正になるとは考えていませんでした。検討を重ねる中で、社会の変化、特に人権意識の一層の高まりや、価値観の多様化が急速に進んでいることから、多くの条文で古くなった文言を改めたり、文言を追加したりする必要が出てきたため、結果としてこれだけの大改正になりました。

「民放連 放送基準」について

「民放連 放送基準」の全体像は、最初に放送基準の理念を示した「前文」があります。そのあと、第1章から12章までが「主に番組に関する章」で、13章から18章までが「主に広告に関する章」となります。"主に"としたのは、放送基準の前文に「基準は、ラジオ・テレビの番組および広告などすべての放送に適用する」とあり、番組に関する条文であっても、その基本的な考え方は広告に適用され、広告に関する条文であっても、その基本的な考え方は番組に適用されるためです。

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「民放連 放送基準」とは何かと聞かれた場合、いろいろな答え方があると思いますが、私は、"放送事業者が社会の一員として、放送番組が一定のレベルを確保するために考えておかなければならない当然のことを確認するための自主的な基準"だと答えています。ここで大事なことは、「社会の一員」というところで、社会の中に放送があり、社会や時代が変われば判断も変わってくるということです。また、放送基準は、先輩たちの数々の教訓、つまり、失敗事例からの反省の積み重ねで確立されてきたものとも考えます。そのため、定期的に見直しを行って、その時々の社会の価値観などを採り入れるとともに、同じ過ちを繰り返さないという狙いのもと、放送基準を改正する必要があるのだと思います。

「民放連 放送基準」は全部で150条文ありますが、これを貫く基本的な精神は、▷人権の尊重▷法令・公序良俗の尊重▷真実であること▷明確であること▷公正であること――の5つで、さらにその土台となる考え方は「視聴者・リスナーの利益」です。この視点で各条文が成り立っています。

最近、インターネットやSNSの普及によって特に感じることは、インターネットは「アテンション・エコノミー」と呼ばれる、嘘でも炎上商法でも人々の関心や注目を集めれば収入になる世界ですが、私たちの放送はそうではないということです。「視聴者・リスナーからの信頼」があるからこそ、番組を見て、聴いていただき、その結果、広告主からCMを出稿してもらっています。「放送基準」を遵守し、視聴者・リスナーの信頼を得られなければビジネス面も含めた放送事業が成り立たなくなってしまうのではないかと思います。

また、インターネットやSNS上の情報は玉石混交で、偽情報や誹謗中傷の問題もよく耳にします。そうした中で、放送が放送基準に基づいて、これまでどおり信頼できる情報を送り続けていくことがネットメディアなどとの競争を勝ち抜く"武器"になるのではないか、と考えます。

「民放連 放送基準」と
民放連会員社の「番組基準」との関係

放送法第5条で、放送事業者は「番組基準」を定めることが義務付けられています。一方、民放連で作成しているのは「放送基準」です。この両者ですが、ほとんどの民放連会員社は、何らかの形で「民放連 放送基準」を自社の番組基準に自主的に採り入れている、という関係にあります。

採り入れ方としては、「民放連 放送基準」と同一のものを自社の番組基準として規定するかたちや、自社独自の基準を何カ条か規定した後に「この基準に定めるもののほか、細目については、民放連 放送基準を準用する」といったかたちがあります。このほど調べたところでは、後者の採り入れ方のほうが多いことがわかりました。

このため、「民放連 放送基準」は会員各社の番組基準であり、今回の「民放連 放送基準」改正は、各社の番組基準の改正と言えると思います。

「民放連 放送基準」2023年改正のポイント

前回、「民放連 放送基準」の全体的な見直しを行ったのは2014年でした。そこから約8年間の社会の変化や教訓を、今回の2023年改正で盛り込みました。そのポイントを紹介します。

①差別・人権問題への一層の注意喚起

「差別」に関する放送基準5条に、今回新たに「民族」という用語を追加し、「性別」を「性」に改めました。「民族」を追加したのは2021年3月に情報番組内でアイヌ民族への不適切な表現が放送された事案を踏まえたものです。また、「性別」という生物学的な男女の違いだけなく、「性自認」や「性的指向」といった、いわゆる"心の性"を含めて差別的に取り扱わないとする内容にしました。

そして、放送において差別を助長することや人権侵害があってはならない、との趣旨をより明確化するため、「取り扱いを差別しない」から「差別的な取り扱いをしない」に改めました。

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②児童・青少年への配慮の拡充

「児童・青少年への配慮」も放送基準に通底する概念です。今回の改正では、16条で児童向け番組に関し「児童の心身の健全な成長にふさわしくない言葉や表現」を避けることを明確化しました。現行条文は「品性を損なうような言葉や表現」とありましたが、「いじめを助長するもの」「暴力的なものを避ける」といったことへの対応も重要であることから、これらをすべて含む表現にしました。

また、19条では、青少年が惹かれやすい「タトゥー、ボディーピアス」などを念頭に、これらを「社会的に賛否のある事柄」として、取り上げる場合には青少年への影響を考慮するよう改めました。「社会的に賛否のある事柄」とは、平たく言うと"ワルっぽい""不良っぽい"物事や人物といったイメージです。

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③「価値観の多様化」を踏まえた表現上の配慮

現行23条は「家庭生活を尊重し、これを乱すような思想を肯定的に取り扱わない」、同24条は「結婚制度を破壊するような思想を肯定的に取り扱わない」という条文でした。これらは「結婚」という形の家庭生活を唯一のものとして肯定するかのようなニュアンスで、いまの価値観とは合わなくなっていると考えました。そこで、いまの枠組みも可能な限り維持しつつ、「家庭生活については、これを尊重するとともに、多様な価値観を踏まえ一面的な取り上げ方にならないよう注意する」と、23条、24条を統合しました。

また、性に関する表現では、現行73条の「視聴者の困惑・嫌悪」という視聴者目線だけでなく、取り上げられる側(当事者など)にも配慮する意味も込めて、「性に関する表現は、過度な興味本位に陥ったり、露骨になり過ぎたりしないよう、取り扱いに注意する」と全面的に改めました。

関連して、現行111条は、生理用品や避妊具などを想定した広告に関する条文ですが、「家庭内の話題として不適当なもの」と、これらをタブー視するように読める表現となっていましたので、こちらも全面的に条文を改めました。

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④報道に関する規定の明確化

現行32条は、主語が「ニュースは」とあり、「事実に基づいて公正でなければならない」と続きますので、ニュースに限るような条文となっていました。ただ、この原則はニュース番組に限ったものではなく、あらゆる報道活動、例えば、ノンフィクションのドキュメンタリーや情報番組など、"事実に依拠する"番組にも適用されますので、主語を「報道活動は」と改めました。

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⑤宗教に関する規定の整備

新38条に「信仰の強要につながったりするような表現は取り扱わない」という一文を追加しました。従来から、宗教番組や宗教団体のCMの取り扱いについて、「信教の自由には信じない自由もある」との考え方のもと、各局で判断してきましたが、そうした信じない方々への配慮がより明確になるよう改正しました。

なお、取り扱わないのは「信仰の強要につながったりするような表現」ですので、宗教を取り扱うこと自体や、現に編成されている「宗教番組」を否定するものではありません。

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⑥「自殺」を取り上げる際の配慮

放送基準は第1章を「人権」として、人命の尊重を最優先にしています。そうした中で昨今、著名人の自殺と、その報道を見た方々に与える影響が大きな問題となりました。こうした状況も踏まえ、複数の条文にわたって「自殺の誘引」を避けるための配慮を盛り込みました。放送基準の条文にこの趣旨を反映させたのは新48条の1ヵ所だけですが、そのほかは、各放送局が誤解なく放送基準を運用するために条文の解釈を示した「解説文」を見直すことで対応しました。

具体的には、1条「人命を軽視するような取り扱いはしない」の解説文に、「自殺を取り上げる場合は、視聴者に対する影響を考慮し、報道であってもフィクションであっても慎重に取り扱う」との総論的な一文を追加しました。

また、"自殺報道"における配慮として、新35条「事実の報道であっても、陰惨な場面の細かい表現は避けなければならない」の解説文に、「自殺について報道する場合は、他の自殺を誘発する危険性が指摘されていることを常に意識し、注意を払う必要がある。自殺を防ぐための支援策や相談先を示すことも有効な方策のひとつであると考えられる。特に、著名人の場合は視聴者への影響が大きいので、より一層取り上げ方に留意する」との内容を盛り込みました。

そして、現行49条は古典と芸術作品だけを対象としているような印象の条文でしたが、ドラマなどのフィクションであっても、自殺を慎重に取り扱うべきであるとの従来からの趣旨を明確化しました。

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⑦その他の表現上の配慮

ここでは、「その他の表現の配慮」として5つ紹介します。

まず、新44条は、これまで方言のみを対象にした注意喚起だったところ、地域の文化や、風習も含めて「尊重する」ことに改めました。

新55条は、これまで「障害」に悩む人のみを対象としていた条文を改め、「病気」に悩む人々の感情への配慮を新たに盛り込みました。

新56条は、医療や健康情報についてですが、視聴者・リスナーが「適切な医療を受ける機会が失われることのないよう十分に配慮する」と書き加えました。これは、新型コロナウイルス関連の情報発信の教訓も踏まえ、人の命にかかることで不確かな情報を取り上げ、それを信じた視聴者が結果的に不利益にならないようにすべきであるという意味での注意喚起です。

新68条は「薬物」に関する条文で、もともとは、「魅力的に取り扱ってはならない」というところまででしたが、依存症の問題を抱える視聴者・リスナーもいることから、一歩踏み込んで「慎重に取り扱う」と改正しました。

最後に、新74条は、性犯罪などの表現について、従来からの「過度に刺激的であってはならない」ということに加えて、被害者の心情にも配慮するよう改めました。

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⑧広告放送・コマーシャルに関する考え方の整理

まず、現行の92条について説明します。そもそも放送法12条で「放送事業者は、対価を得て広告放送を行う場合には、その放送を受信する者が、その放送が広告放送であることを明らかに識別することができるようにしなければならない」とされており、視聴者・リスナーが"ここは広告"と分かるようにすることが求められています。そして、この放送基準92条で、放送法でいう「広告放送」は、「コマーシャル」(CM)で行うということを取り決めています。

放送法12条とセットで見れば理解いただけると思いますが、初見で現行92条だけを見てしまうと、"民間放送はコマーシャルを入れることで成り立つ"などとも読めてしまうため、改正条文では「広告放送はコマーシャルとして放送することによって、広告放送であることを明らかにしなければならない」と「コマーシャルとして放送する」として、誤解を生じないよう表現を改めました。

もう一つ、考え方を整理したのは現行144条です。現時点において、タイムCM*¹ でもスポットCM*² でもない、いわゆる「第3のCM」というものは存在していませんが、将来的にこうした新たなCM形態が出てきた際にも放送基準が対応できるように、「コマーシャルの種類はタイムCM、スポットCMを基本とする」と、「基本」を追加しました。

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*¹タイムCM=番組と一体で売買されるCM枠で放送されるCM
*²スポットCM=テレビ局が定めたCM時間枠に放送されるCM
(参考:民放連営業委員会作成『テレビ営業の基礎知識』)

最後に

以上が今回の「民放連 放送基準」2023年改正のポイントとなります。

今回の見直しでは、「視聴者・リスナーの利益は何か」という視点で全条文をチェックし、3年をかけて改正条文を取りまとめました。さらに、検討を通じて、「視聴者・リスナー」だけでなく、取り上げられる側の「番組の出演者」や、同じように苦しんでいる「当事者」への配慮が複数の条文に盛り込まれたことも今回の特徴と考えます。

冒頭、「社会や時代が変われば判断も内容も変わる」と書きましたが、いま考えていることも古くなれば、新しい基準や考え方を作り出していく必要があります。今回、この約8年間の社会の変化や、先輩たちの教訓を放送基準のかたちにして、バトンを引き継げたのではないかと感じています。そして、この先、いまの若い世代の方々の感覚なども盛り込んで、さらに基準をアップデートし、時代に即したよりよい放送を築き上げていく。そのような好循環がこれから先も続いてほしいと思います。

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