「テレビ番組には、放送局や制作会社のみならず、出演者・原作者・脚本家・作詞家・作曲家・レコード会社など多くの方の権利(著作権・著作隣接権など)が含まれており、テレビ番組を許諾無くインターネット上にアップロードし公開することは、これらすべての権利を侵害する行為です。」
これは、民放連の「放送番組の違法配信撲滅キャンペーン」ウェブサイトに掲載されているキャンペーンの紹介の一部です。ここに書かれているように、番組を無断で動画投稿サイトなどにアップロードすることは権利侵害=著作権法違反になります(著作権法の権利制限規定に該当する場合等を除く)。このキャンペーンを開始した2014年当時も、動画投稿サイトには無断アップロードされた放送番組の動画が多くありました。面白い番組だからみんなにみてほしい、そんな気持ちで悪気なくアップロードしている人、そしてその動画を視聴している人に対し、無断アップロードが違法行為であること自体を知ってもらうため、最初の5年間は俳優の遠藤憲一さんが刑事や先生の役を演じる啓発スポットCMを放送・配信などの取り組みから始めました。
2019年からは、「違法だよ!あげるくん」のアニメCMを放送・配信しています。本作は"なんでもかんでもネットにアップロードするのが趣味の16さい(オフィシャルサイト「キャラクター紹介」より)"のあげるくんが、友達のトメ吉(中型犬)にたしなめられるシリーズCMです。あげるくんは、"みんなのために"とか"おもしろい番組だから"と放送番組を無断アップロードしようとします。そのたびにトメ吉が「つかまるよ、マジで。」というフレーズで注意します。2022年1月からの新作CMには、「本気で」「大量に」アップロードするキャラクター、「あげ杉さん」や「未来からきた・あげるくん」が新たに登場します。民放テレビ各社での放送や配信のほか、民放連のオフィシャルサイトにも掲載していますので、ぜひご覧ください。
この「違法だよ!あげるくん」の新作を機に、違法配信と本キャンペーンに関し、放送業界以外の方にも知ってほしい2つのことを書かせていただきます。ひとつめは、なぜ放送局が違法配信撲滅にこれほど注力するのか、ということです。従来、無断アップロードについては、こんな声がありました。「WOWOWなど有料放送の番組は無断アップロードされたら困るだろうけど、広告放送は無料だから、放送後に番組がYouTubeに無断アップロードされたって損害はないのでは」、「違法動画では放送時に流れたCMが見てもらえないと言うけど、もし、その動画がなくても放送を見るとは限らないのでは」。
この指摘について、以前、民放連で検討したことがあります。結局、対外的な公表はしませんでしたが、その時に整理した考え方の概要をご紹介したいと思います。
広告放送ではCMを出している広告主から収入を得ています。無料広告放送をはじめとする広告モデルのビジネスでは、「媒体の価値」によって広告料が決定され、取引指標としている"視聴率"が広告収入に繋がっています。そして、その収入をもとに放送番組に関わってくれる方々(出演者や原作者、脚本家、作曲家など)にも出演料や著作権等使用料を支払うことで還元しています。
ところが、動画サイトに無断アップロードの放送番組が掲載されることが常態化してしまったら、視聴者は"放送を見なくても、無断アップロードされた番組を見ればいい"と考えるでしょう。総体として、視聴者が番組と広告を視聴する機会や意欲が減ってしまうことになり、視聴率とともに放送の「媒体価値」が下がってしまいます。そうなれば広告料が下がり、収入が減り、権利者への還元も十分に行えなくなります。少々回りくどいですが、CMが視聴されないという直接的な問題の先にある、総体としての「媒体価値」が損なわれるということが無料広告放送においては深刻な問題となり得るため、放送局はその対策に注力するのです。もちろん、TVerなどの配信事業にとっても、違法動画の存在が媒体価値の低下につながるという理屈は共通です(ほかにも海外展開への悪影響などいろいろな理由がありますが、ここでは割愛します)。
ふたつめは、このキャンペーンCMの訴求対象についてです。これまでのCMは、「アップロード」に焦点を当て続けています。動画投稿サイトに無断アップロードされた動画、インターネットを通じて世界中のテレビ番組が見られる違法セットトップボックスなど、放送に関わるインターネット上での海賊版にはいくつかの形がありますが、いずれも違法な「アップロード」が始まりです。誰かが日本で放送波を受信して、番組をインターネットに無断でアップロードし、それを適法・違法のプラットフォームや事業者が世界中のユーザーに提供しています。つまり、違法アップローダーはインターネット上の海賊行為において悪い意味で重要な役割を担っていることになります。
しかし、このキャンペーンの訴求対象は違法アップローダーだけではなく、「違法アップロードされた動画を配信する事業者」、「それをダウンロードや視聴するユーザー」なども含まれています。事業者やユーザーのそれぞれの違法性はケースバイケースで、前提条件によって違法になる場合とならない場合があります。しかし、「自分はアップロードしないから関係ない」ではなく、例えば動画を見る時には「この動画も違法アップロードされたものかも」と立ち止まり、視聴するかどうかを判断してもらえるとうれしいです。
民放各社も放送の媒体価値を維持し、関係権利者への適切な還元を続けるため、放送番組の違法動画を削除したり、正規配信する番組を増やすなどして違法配信の撲滅に向けた努力を続けています。いつかこのキャンペーンのような取り組みを行う必要がなくなる時が来ることを期待します。