テレビスポットの"今そこにある危機" Part 1「データが語る放送のはなし」㉞

木村 幹夫
テレビスポットの"今そこにある危機" Part 1「データが語る放送のはなし」㉞

9月初頭以来、ほぼ4カ月ぶりの連載です。
この間、国内外でさまざまな出来事がありましたが、日本経済は物価が持続的に上昇するという、久しく見られなかった形(これが正常な景気拡大の姿なのですが......)で拡大基調を概ね維持しています。円安効果もあり企業収益も概ね堅調です。当初の円安の恩恵が高い製造業中心の回復から、コロナ後の社会・経済活動の正常化もあってか、非製造業にも収益回復の波が及んでいるようです。ゼロ金利政策はなお維持されており、日経平均がバブル後最高値を更新するなか、投資や企業の資金調達環境にも(海外は別として日本国内に限定すれば)大きな変化はありません。

こうした経済・企業収益の環境下、テレビ、ラジオの営業収入、特にテレビ広告収入は、経済環境とは無縁かのように低迷を続けています。なぜなのでしょうか? 今回はテレビスポットを中心に、放送広告収入が現在の景気、企業収益と全く連動していない状況について、3回に分けて、やや掘り下げて探ってみるとともに、その打開策の方向性についても、可能な範囲で検討してみたいと思います。

2023年度上期はテレビ広告収入が特に低迷、
その他事業収入は大幅増

まずは、大きな状況をデータで確認しておきます。地上波民放の2023年度中間決算では、テレビ放送事業収入(テレビ社の営業収入合計から放送以外の事業からの収入である"その他事業収入"を除く部分。大部分がタイム、スポット収入)は全体で3%を超えるマイナス、ラジオ放送事業収入(同)も全体で2%を超えるマイナスです。ただし、テレビ、ラジオともその他事業収入が大幅に増加している(テレビ社、ラジオ社とも全体で20%前後増加)ため、営業収入全体では、テレビ単営社は全体として微減程度、ラジオ単営社は全体としてはプラスになっています。

23年度上期のその他事業収入は、ラジオでは中波社、テレビでは東阪名、ローカルともに伸び率が大きかったという特徴がありました。その他事業収入の大幅増加の背景は、①コロナ禍後の社会・経済活動の正常化に伴うイベント等の復活、②テレビ社(特に在京社)でのコンテンツ事業からの収入増、が主な要因と考えられます。加えて、タイム、スポットの低迷が続く中、イベントやコンテンツ事業に限らず、大部分の社で放送以外の事業の拡充が図られているようです。

下期については、現段階で確定的なことは言えないのですが、放送事業収入について見れば、テレビ、ラジオとも、上期よりはマイナスの幅が小さくなりそうです。これは前年度(22年度)の下期より、テレビ、ラジオとも放送事業収入がマイナス転換ないしはマイナス幅が大きく拡大したことの影響があります。加えてテレビスポットには、10月以降、プラスには至らないまでもやや下げ止まり感が出ています。上期に低迷していた業種の一部(飲料や化粧品・トイレタリー、自動車など)には復活の兆しもあるようです。

23年度通期では、ラジオは全体としてプラスの期待があります。テレビについては、放送事業収入はマイナスが確実視されますが、その他事業収入がさらに大きく伸びれば、営業収入全体としては、全社で微増程度の水準になる可能性が出てきています。もっともプラスになるのは、売上に占めるその他事業収入の構成比が大きい在京社と一部の社に限定され、大半のローカル局はマイナスから抜け出せない可能性もあります。

いずれにしても、テレビ、ラジオの23年度営業収入の最終的な予測(というか見込み)値と24年度の第一次予測値については、現在、集計・予測作業を行っている最中であり、24年1月30日に正式に公表する予定です。

1年半以上マイナスが続いている
大都市テレビスポット

次に、テレビスポットについて現状を確認します。図表1-1にコロナ禍真っ最中の2020年夏から23年10月までの東阪名(15社)と北海道・福岡(10社)の月次テレビスポット収入の前年同月比増減率(%)をお示ししました。

34-1-1.jpg

      *公表データより民放連研究所で作成。

<図表1-1. 大都市圏月次テレビスポット収入の推移>

東阪名、北海道・福岡(凡例では札福)とも、コロナ禍後のV字回復局面を経て、22年初より22年夏の一時期を除いて1年半以上にわたってマイナス基調を続けていることがわかります。この間、日本経済はプラス成長を継続しており(四半期の名目・実質GDP前年同期比)、企業収益はほぼ一貫して増収増益です(金融を除く全産業。法人企業統計)。

インターネット広告費だけプラス推移

図表1-1は5地区のテレビスポットだけですので、同じ期間のマス4媒体(テレビ、ラジオ、新聞、雑誌)とインターネット広告の月次推移も確認しておきます。図表1-2は、全国の広告業(広告会社)の媒体別月次売上高の統計です(経産省「特定サービス産業動態統計調査」)。インターネット広告(赤線)のみプラスで推移し、ラジオはほぼ一貫してマイナス、マス4媒体合計とテレビは大都市スポット同様、2022年初よりマイナスでの推移です。マス4媒体合計に占めるテレビのシェアは、この統計では80%を超えていますので4媒体の動きとテレビの動きはほぼ同一になります。ちなみに新聞、雑誌も22年初以降、ほぼ一貫してマイナスです。

さすがにインターネット広告費だけはプラス基調ですね。4媒体はマイナスでインターネットがプラス。広告費全体でややプラスという推移になっています。ただし、この統計で把握されているインターネット広告費は全体の半分未満と推定されます。この統計は比較的大手の日本の広告会社だけの扱い金額を集計したものですので、「日本の広告費」(電通ベース)に比べれば、テレビは75%近くの水準になりますが、ラジオは3割程度、インターネット広告では50%未満でしかない水準です。ラジオ広告、インターネット広告ともに広告会社を通さない直取引や調査対象外の広告会社の扱いが多いためと推測されます。

とはいえ、インターネット広告だけがプラス推移で4媒体広告費はマイナス基調というのは、間違いのないところでしょう。

34-1-2.jpg

       *経済産業省「特定サービス産業動態統計調査」より作成。

<図表1-2. 広告業月次売上高の推移>

インターネット広告費が増えれば
マス媒体広告費が減る構造

以前、筆者が行った計量モデルによる分析では、①インターネット広告費はテレビ広告にマイナスの影響を与えていること、②インターネット広告費とテレビ広告費の関係は2012年頃に変化し、2012年頃以降、インターネットがテレビに及ぼすマイナス影響がより強まったこと、などを検証できました(「日本におけるテレビ広告費とインターネット広告費の関係」、『デジタル変革時代の放送メディア』、勁草書房、2022年)。もちろん、コロナ禍直後の時期のように、景気や企業収益が大きく回復すれば、インターネット広告費、マス媒体広告費(特にテレビですが)ともにプラスになる可能性はありますが、通常の景気回復局面ではインターネット広告だけがプラスでマス媒体は全てマイナスというのが現在の出稿構造です。

筆者の別の分析では、インターネット広告費がマス媒体に及ぼすマイナスの影響は、雑誌→新聞→ラジオ→テレビの順に顕在化し、与えている影響の度合いも概ねその順番に大きいと推定されます。また、雑誌、新聞、ラジオへのマイナス影響の度合いは、既に平準化している(その度合いがあまり変化していない)と推定されますが、最後に顕在化したテレビへのマイナス影響の度合いは、まだ変化している(強まっている?)段階とも考えています。

次回(Part2)では、テレビ視聴とテレビスポットに焦点を当てて、インターネット利用とインターネット広告との関係で、現在の低迷状況の構造をやや詳しく掘り下げて分析してみることにします。

最新記事