今回と次回の2回に分けて、英国の放送事業者によるネット配信事業"BVOD"(Broadcaster VOD)についてお話しします。英国の放送事業者によるネット配信といえば、BBCのiPlayerがあまりにも有名ですが、それだけではありません。
BVODってそもそもなに?
"BVOD"という言葉は、日本ではあまりなじみがありませんが、要するに放送事業者が行うVODサービスのうち、もっぱら広告型のサービス(AVOD)のことを、欧米の多くの国では特にBVODと呼んでいます。米国ではパラマウント(ViacomCBS)のPluto TVやNBCUniversalのPeacockのほかに、有料が基本のHulu(+Live TV版)やSling TV(Dish Network=有料衛星放送の配信版)などが相当するようです。
英国で、"BVOD"と呼ばれるサービスには、iPlayer (BBC)、ITVX (ITV)、ALL4 (Channel4)、My5 (Channel5)のPSBs(公共サービス放送事業者)のサービスのほかに、UKTV play (UKTV:地上波商業テレビ)と、Skyの加入者向け付加サービスであるSky Goも含まれるようです。
キチンと確立した定義があるわけではなく、放送事業者が行う広告付きのネット配信なら大抵は"BVOD"と呼んでいるようです(iPlayerに広告は入っていませんが......)。
BVODではなにが見られるの?
BVODは全て、見逃し視聴(キャッチアップ)を含むビデオ・オンデマンドとライブ配信(放送の常時同時配信を含む)の組み合わせです。英国のPSBsのBVODでは、自分たちの主要なチャンネルの常時同時配信を行っています。よく知られているように、BBCは2007年から、iPlayerでVODと常時同時配信の両方を(英国内限定で)完全無料で提供しており、ほかの放送事業者もそれに倣う形で、VODと常時同時配信を無料で提供しています(ただし民放には、ITVX Premiumのように、広告を表示させず、オンデマンドのコンテンツを充実させた有料サービスを提供する事業者もあります)。
iPlayerはBBCにとって、特許状に記載されている(日本流に言えば)必須業務です。そのための特別な受信料や財源はなく、BBC全体の収入から上限の定めなく支出することが可能です。iPlayerのサービスを利用するには、BBCアカウントと呼ばれるTVライセンスと紐づいたユーザーIDが必要です。これはNHKプラスとよく似た仕組みですね。iPlayerでは、地上波と同じチャンネルがライブ配信されるとともに、最長で過去1年間に放送した番組のVODサービスもあります(全ての番組ではありませんが)。VODは当初は7日間、それが1カ月になり、最近になって1年に拡大されました。民放のBVODの配信期間もこれに準じています。
BBCは若者(16-34歳)向けのチャンネルであるBBC Threeを2016年にネット配信だけのチャンネル(デジタル・オンリーチャンネル)に移行させましたが、2022年には再び放送波も再開しました。どうもネット配信だけでは思ったほど視聴者数が伸びなかったようです。
これは、民放についても同様ですが、BVODの視聴の中心はキャッチアップを含むオンデマンド視聴であり、同時配信が始まって15年以上が経過したといっても、ネット上でのライブ視聴はまだかなりの少数派なのです(iPlayerアクセス数の約85%は、現在でもオンデマンドと言われています)。もっとも、英国の視聴率調査機関BARBが行うレイティング調査では、ネット上のライブ視聴も放送のライブ視聴も区別なく測定し合算しますし、英国ではEU諸国同様、ネット配信でもリニア型のストリーミング・サービス(ライブ)は制度上、"放送"の範疇ですから、ライブ視聴のネット経由か放送経由かの内訳が問題にされること自体、あまりありません(これは英国で地上波放送のインフラをブロードバンドに移行させる話が、現実感を持って語られる要因でもあります)。
BVODに特別な規制はあるの?
iPlayerのサービスについては、放送と同じくThe Ofcom Broadcasting Code (The Code)が適用されます。それ以外のITVXやALL4などのBVODには放送用のコードは適用されず、VOD全般に適用されるコードが適用されることになります。とはいえ、BVODで提供される番組のほとんどは放送と同じですから、違いは数少ないBVOD限定番組に放送コードであるThe Codeが適用されるかどうかになります。
ほかにBVODに固有の規制は、これは本来、BVODへの規制ではなくPSBsへの規制ですが、ライブ配信の電子番組ガイド(EPG)でのPSBsのプロミネンス(="目立たせる"こと)くらいでしょうか。衛星放送やケーブルテレビのEPGあるいはFreeviewのEPG画面での規制の延長線上で、PSBsのライブ配信を行うネット配信プラットフォーム(Sky GoやVirgin Mediaのブロードバンド・バージョンなど)で、PSBsのチャンネルは、地上波でのチャンネルの並び順通り、BBC One, BBC Two, Channel3 (ITV/STV), Channnel4, Channel5の順番にEPGのチャンネルラインナップ冒頭に配置しなければならないようです。
また、VODだけのプラットフォームでも、PSBsのプレイヤーを搭載する場合は、iPlayer、ITVX/STV Player、ALL4、My5の順番に、一番目立つ場所に配置するような規制の導入が2023年3月末に文化・メディア・スポーツ省から公表されたメディア法案(Media Bill)の草案に盛り込まれています。この法案では、VOD向けのコードをBroadcasting Codeに近づけるための規制強化策も盛り込まれています。さらに、対象となるVODサービスを現在の英国内に拠点を置くサービスから、英国を対象とし英国から収益を上げている事業へと拡大することも意図しているようです。ちなみに、現在のVOD規制はNetflixやAmazon Primeにはかかっておらず、実効性と公平性が問題視されていました。Disney+にはかかっているのですが......
非放送事業者が行うVODにはなく、BVODだけにかかる固有の規制は、現時点ではこれだけです。決して多いとは言えませんし、その内容はもっぱらPSBs のサービスを"目立たせること"です。BVODを縛るのではなく、視聴者をBVODへと誘導することを目的としています。
BVODには統一プラットフォームがあるの?
結論から言うと、英国の放送事業者が行うネット配信に統一プラットフォームはありません。BBCと主要な民放やChannel4の配信サービスが統合されたプラットフォームはおろか、日本のTVerのように主要な民放だけ統合されたプラットフォームもありません。BVODの基本は各放送事業者のプレイヤー/アプリ単位です。なんでも水平統合する英国の放送では、この分野は例外かもしれません。
これには明確な理由があります。iPlayerが立ち上がった直後(2007年)、BBC(BBC Worldwide)とITV、Channel4の3者による"プロジェクト・カンガルー"というジョイントベンチャーが発足しました。3者でネット配信のための統一プラットフォームを作り、共同で運営しようというものです。これには当時台頭しつつあったHuluなどの米国の配信サービスへの対抗という意図があったようです。しかし、英国の公正取引委員会に当たる競争委員会(Competition Commission)は2009年初頭にこれを認めない決定をしました。この強力な3者がジョイントすれば、まだ黎明期だった英国のVOD市場の今後の競争が阻害されるという理由です。その後、米国の巨大配信プラットフォームが英国のVOD市場を席捲したわけですから、この時の競争委員会の判断は今になってみれば、事業者間の競争確保には貢献したかもしれませんが、英国の放送事業者が米国のプラットフォームに対抗する有力な手段のひとつを失ったという意味で、功罪半ばする判断だったように思えます。しかし、欧州では、例えばドイツの公取に当たる機関も同様の判断をしており、ドイツでも放送事業者による統一配信プラットフォームは違法とされます。欧州の競争法の観点からは、そういう判断になるのでしょう。
"Freeview Play"ってなに?
じゃあよく聞く地上デジタルテレビ(DTT)の統一プラットフォームFreeviewの"Freeview Play"ってなんなの?と思われたあなた!鋭いですね。そうです。Freeview Playは、視聴者から見れば、ほぼ地上波放送の配信統一プラットフォームです。
Freeview Playには大きく分けて2種類あります。ひとつはSTBやスマートテレビ、あるいはAmazon Fire TVやRokuなどのストリーミングデバイスにプリインストールされているもので、ネットにつながったコネクテッドテレビとして視聴する場合に使用するものです。もうひとつはPC/タブレット、スマートフォンに自分でインストールするアプリです。
Freeview Playでは基本的に、ライブは地上波ないしは衛星経由で視聴し、キャッチアップ・オンデマンドはブロードバンド経由で視聴することを前提にしています。要するに、地上波放送の統一プラットフォームFreeviewについて、放送と配信を結合したハイブリッド視聴環境を提供するものです。
図表1にFreeview Playでライブ視聴する画面を示しました。先ほど触れた順で縦にチャンネルが並んでいます。表示されていませんがその下にはPSBsのセカンドチャンネル以下やUKTVや米国系のチャンネル、ショップチャンネルなどが続いています。上の目立つ部分には各PSBsのプレイヤーが、これも先ほどお話しした順に並んでいますね。Freeview PlayのEPGはその日の分以外に、過去、未来ともに7日分表示されます。過去分は、EPG上の番組を選べば配信のキャッチアップ視聴として、(シームレスではなく)各プレイヤーに飛んで行くことで視聴します。未来分は視聴予約が可能です。いわゆる"タイムマシン"型のサービスです。
図表1. Freeview PlayのEPG画面
*https://www.expertreviews.co.uk/tvs/1404805/what-is-freeview-play-we-run-you-through-the-popular-catch-up-tv-serviceより。
過去7日以前の番組、あるいはEPGからではなく、VODのようにジャンルから選びたい場合はどうするのでしょうか?図表2にオンデマンド視聴の画面をお示しします。
図表2. Freeview PlayのVODサービスの画面
*https://www.expertreviews.co.uk/tvs/1404805/what-is-freeview-play-we-run-you-through-the-popular-catch-up-tv-serviceより。
NetflixやAmazon Primeによく似た画面ですね。プレイリストの作成もできるそうです。
なぜ配信の"統一プラットフォーム"とは言えないの?
Freeview Playは地上波のプラットフォームFreeviewに参加している放送事業者による配信の疑似的な統一プラットフォームです。EPGの過去分、オンデマンドの部分で番組を選べば、各放送事業者が提供しているiPlayerやITVX、ALL4などのプレイヤーに飛んで行って視聴するスタイルです。要するにユーザーインターフェイスだけをFreeviewに統合して、あとは各事業者個別のプレイヤーに任せているサービスです。当然のことながら、配信のためのコンテンツ・デリバリー・ネットワーク(CDN)は各事業者が用意し、番組・CMサーバーなども各事業者が別々に構築して運営しています(CMセールスももちろん個別です)。従って視聴者は、FreeviewのIDに加えて、各事業者のプレイヤー単位のIDも持つ必要があります。
でもこれは視聴者から見れば、"ほぼ統一プラットフォーム"に見えます。ですので、英国では、いまさらコストと手間をかけて、"本物の"ネット配信統合プラットフォームを作ろうという動きが再燃しないのではないでしょうか。
ちなみに、Freeview、Freeview Playのプラットフォームを運営しているのは、Digital UK(通称Everyone TV)というBBC、ITV、Channel4、Channel5のPSBsによるジョイントベンチャーです。EPGプロバイダーとしてOfcomからライセンスを受けています。地上波、衛星(Freesat)、配信のプラットフォーム業務を行い、放送・配信の技術に関することだけでなく、マーケティング・プロモーションや対応STBのメーカーとの共同開発、アプリの開発とスマートテレビ、ストリーミングデバイスへのFreeview Play搭載のための交渉、さまざまな規制に関する政府・Ofcomとの交渉などを行います。
テレビ放送を見られない人がFreeview Playを見るには?
ここで、疑問に思うことはありませんか?地上波ないしFreesat (無料衛星放送)のアンテナやケーブルテレビに接続されていない家の場合、あるいはPCやスマホ/タブレットの場合、Freeview Playでどうやってライブの放送を見るのでしょうか?キャッチアップ・オンデマンドしか見られないのでしょうか?
答えは、「空中波・ケーブルがなくてもライブは見られます!」。ただし、「ライブで配信されているチャンネルだけです」。Freeviewが提供している80を超えるチャンネルのうち、常時同時配信を行っているのは、PSBsの主要なチャンネルを中心に一部にとどまります。
前述のように、Freeview Playではライブ視聴は放送受信が基本ですが、放送波がない場合は、デジタルデバイス、スマートテレビ、ストリーミングデバイスが接続されたテレビでライブの放送を配信から視聴することが可能です。ただし、この場合は、放送波のようにシームレスに視聴できるわけではなく、キャッチアップ視聴のように、EPGから各プレイヤーにいちいち飛ぶわけですから、やや煩雑に思うかもしれません。
今回はここまでです。後編では、BVODの視聴・利用の状況や、民放BVODの気になるマネタイズの状況についてお話しすることにします。