【メディア時評】ドラマ史変える"怪作"の試み 原作活かした映像化/SNS・配信との融合 「グルメドラマ」が独自の発展――2021年夏クール

成馬 零一
【メディア時評】ドラマ史変える"怪作"の試み 原作活かした映像化/SNS・配信との融合 「グルメドラマ」が独自の発展――2021年夏クール

2021年夏(7~9月)クールのテレビドラマは、東京オリンピック・パラリンピックの開催期間と重なっていたこともあってか、話題作が少なく全体的に低調だった。だが、不作だったかというと決してそんなことはなく、意外な良作・怪作が多かった。

中でも一番楽しめたのが「ハコヅメ~たたかう!交番女子」(日本テレビ系)。本作は交番勤務となった新人警官・川合麻依(永野芽郁)が、元エースの刑事だった藤聖子(戸田恵梨香)の薫陶を受けて成長していく姿を描いたコメディテイストのドラマだ。原作漫画『ハコヅメ~交番女子の逆襲』(講談社)の良さを活かしつつ、一話完結のドラマならではの時間の流れを構成した根本ノンジの脚本が秀逸で、警察内部の人間模様をコミカルに描いた場面が実に楽しかった。戸田恵梨香やムロツヨシといったコメディセンスのある俳優の掛け合いが、その面白さを倍増させていたが、二人と対峙しても全く見劣りしない永野芽郁のコメディエンヌとしての演技力に光るものを感じた。大きな事件をメインに添えるのではなく、警察官の日常を描いたコメディという姿勢を最後まで崩さなかったことが成功の要因だろう。印象としては、90年代の名作刑事ドラマ「踊る大捜査線」(フジテレビ系)の現代版と言え、地味だが刑事ドラマの最新形となっていた。

同じく地味だが、現代的なテーマを扱っていたのが「#家族募集します」(TBS系)だ。シェアハウスで暮らすことになった男女の青春ドラマは、今では一ジャンルとして定着した感があるが、本作が画期的だったのはシェアハウスに集うのがシングルで子どものいる男女だったことだ。タイトルの「#家族募集します」とは入居者を募集する際にSNSに投稿されたハッシュタグのことで、ネットを介して集まった家族が支え合いながら生きていく展開は、新しいホームドラマの可能性を見せた。残念ながら、題材の新しさを最後まで活かし切れたとは言えず、結末は凡庸だったが、新しい家族のロールモデルを示してくれたように感じた。

深夜ドラマ枠では「孤独のグルメ」(テレビ東京系)の第9シーズンが放送された。コロナ禍の現状が反映されており、井之頭五郎(松重豊)や、彼が通う飲食店が全てマスク着用となっていたことに改めて衝撃を受けた。本作が確立した、主人公が好きなものについて延々と考える姿を描く「グルメドラマ」のスタイルは、今や飲食というジャンルを離れて独自の発展を遂げている。

同じくテレビ東京系列で放送された「お耳に合いましたら。」は、音声配信アプリ・Spotifyで配信されるポッドキャストでチェンメシ(チェーン店で出される料理)について熱く語る高村美園(伊藤万里華)が主人公の物語だ。松屋、餃子の王将、富士そばといった飲食チェーン店の料理について高村が熱弁し、毎話、ゲストに有名なラジオパーソナリティが登場する異色のドラマ。実在する店名や業界の著名人が続々登場するのも、このジャンルの強みだ。今や「なんでもあり」となったグルメドラマだが、この異常進化は今後も続いていくことだろう。

そして、極北と言えるのがWOWOWで放送された「グラップラー刃牙はBLではないかと考え続けた乙女の記録ッッ」。本作は人気格闘漫画『グラップラー刃牙』(秋田書店)を、男性同士の恋愛を題材としたBL(ボーイズラブ)として読めるのではないか? という妄想にとりつかれた児島あかね(松本穂香)が延々と『刃牙』とBLについての妄想を垂れ流すドラマだ。原案はBL研究家・金田淳子の評論エッセイ「『グラップラー刃牙』はBLではないかと1日30時間300日考えた乙女の記録ッッ」(河出書房新社)で、劇中で語られる『刃牙』やBLに関する解説は本書を底本としている。エッセイ調とはいえ、評論がドラマ化されるという珍しい事例だが、原作にあったBL妄想が暴走していく際の疾走感のある文体が見事に映像化されていた。

バッティングセンターを舞台にした「八月は夜のバッティングセンターで。」(テレビ東京系)も、「野球レジェンド」と呼ばれる元プロ野球選手が本人役で登場する場面が大きな見せ場となっていた。ドラマ史を塗り替える怪作は、このような試みから生まれるのかもしれない。

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