【インタビュー 須賀久彌・TVer取締役】放送コンテンツの視聴量を増やすために、あらゆることに取り組む

編集広報部
【インタビュー 須賀久彌・TVer取締役】放送コンテンツの視聴量を増やすために、あらゆることに取り組む

在京民放キー5局が中心となって、2015年にサービスを開始したTVer。テレビ番組の見逃し配信だけでなく、昨年からはリアルタイム配信やTVer IDによるログイン機能等を開始したほか、この1月にはZホールディングスグループとの業務連携も発表し、事業は継続して成長している。このほど、TVerの「今」と「これから」を、立ち上げから関わってきた須賀久彌取締役に聞いた。


――TVerの現状は
ドラマ『silent』が話題となったり、リアルタイム配信の開始にともなって日本シリーズなどのスポーツの視聴が増えたりしたこともあり、ありがたいことに、コロナが落ち着いて在宅率が減った現状でも、ユーザの数は増え続けています。1月には過去最高の2,700万MUB(月間ユニークブラウザ数)を記録するなど、好調に推移しています。

ローカル局を訪問して

――ローカル局を訪問されていますが、その目的は?
一昨年の9月から回り始めて、東阪名をのぞいた15エリア58局の本社に伺いました。ちょっと風呂敷を拡げすぎかも知れませんが、私は、TVerが放送界全体のDXを担う存在でありたいと思っています。しかし、立ち上げの経緯もあり、現状は、在京局、在阪局のコンテンツが中心ですし、ドラマとバラエティの見逃し配信中心です。必ずしもローカル局が参加しやすい環境とはなっていない。在京、在阪局経由での配信、という仕組みの問題もあるのですが、それ以上に、ローカル局が自社制作している番組の大半がニュースや情報番組などの生放送の番組で、現状のTVerでの見逃し配信には適していないということも大きいです。

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また、在京、在阪の全国ネットの番組の配信がさらに進むと、ローカル局は取り残されてしまうんじゃないか、という危機感を感じている方も多い。特にキー局が全国に向けてリアルタイム配信を行うと、ローカル局は存在意義が弱まると感じてしまう。BSが始まった頃の"炭焼き小屋論"の再燃ですね。BS開始の頃以上に影響が大きい感覚があり、危機感は強いのだろうと思います。また、インターネットとつながったコネクテッドTVの普及によりテレビ画面を動画配信事業者と取り合う状況になって、そこに放送コンテンツの存在感をどう出していくのか。今、各地の放送局を訪ねていますが、「ローカルvs東京」という対立軸ではなく、放送局以外の事業者が自分たちのテリトリーだった場所であるテレビ受像機の画面に進出してきているから、業界をあげてビジネスモデルを考えなくてはならないと提案しているところです。

この課題に対する答えを持ち合わせているわけではありませんが、ローカル局がそのエリアでどのような存在意義、存在価値を示すことができるかが大事だと思っています。イベントを開催して地域を活性化させたり、災害時などの報道機関としての役割もあります。地元の広告主との信頼関係や、自治体の情報を正しく伝える役割もあります。そういった日々の一つ一つの役割の積み重ねが、ローカル局への信頼感の醸成につながっているんだと思います。ただ、その機能が電波だけでは届きにくくなっているとするなら、その一部をTVerが担えるのではないか。ローカル局の皆さんと、そんな議論をしたいと思っています。

テレビのDX化に向けて担えること

――TVerがやりたいこととは
例えばテレビ全体のDX化をTVerが担いたいとして、もちろん全部をできるわけではないですが、ドラマは手応えを感じています。実はこの1年、ドラマの「予告編特集」を各クールの前に実施しています。最初は15秒の番宣スポットを30タイトルほど並べていただけだったのですが、前クールからは各ドラマの1分程度の番宣映像が揃っていますので、どれを見ようかと迷ったら、TVerに来ると全部のドラマの1分番宣を見て決められるのです。見たいと思ったドラマの"お気に入り登録"をしておけば、さらに便利です。そうなると「見逃したからTVerに来る」というだけでなく、クールの頭にどのドラマを選ぶか、そのタイミングからTVerが関われるようになってきている。

こんな形で、ドラマについてはある程度DXの取り組みが進んでいますが、バラエティはそうはいかない。なぜなら、バラエティは番組タイトルや出演者などの情報ではなく、ザッピングしていて「面白そうだな」と思って見始める番組も多いと思うのです。つまり、番組が棚にいっぱい並んでいてそこから面白いと思ったものを選んで再生し始めるという今のUIだと、再生までたどり着いてもらうのが難しい。見たいものがあるから見るというオンデマンドのUXではなく、なんとなくザッピングしながら番組を選ぶといった、多分、今のUIとかUXではない、UXが必要なのかもしれないですね。ニュースに関しても、番組まるごとキャッチアップで置いておくより、配信ではクリップにして文字化して並べてあげるほうが、ニュースに触れる機会が増えるのはここ数年の各系列の取り組みで分かってきたことなんだと思います。テレビをDX化すると一言でいっても、ドラマやバラエティ、報道、スポーツではそれぞれやり方が全然違っている。でも、アプローチの異なるさまざまなジャンルの番組をまとめて、いろんなものが載っているTVerができると、それがテレビ全体のDX化になるのではないか。

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そして、その中のひとつの要素として「地域情報」があるのではないでしょうか。そのヒントとして、情報番組で紹介したお店の情報などを地図上に表示するLocipoの「ロケマップ」や、ローカル局各社が個社で手がけているアプリによる地域情報の発信などがあると思うのです。各社の取り組みの中での成功事例のお話を伺って、TVerのアプリの中にそのような機能を組み込んだら、集客に結びつけることができるかもしれない。情報番組で紹介した翌日にケーキ屋さんに行列ができているなんてことが、実際によくありますよね。そんなテレビの影響力を目の当たりにしたスポンサーは、スポットCMを出そうと考えるかもしれない。また、地元のアナウンサーが紹介したら飛ぶように売れたという事例もあります。そういう事例を見た人たちは、何か商品を紹介するとき「影響力や信頼感のあるテレビで紹介してほしい」となります。全国各地を回っているのですが、その際に伺った話の1つに、愛媛のあいテレビが大分や高知の局と連携した通販番組で、相手の地域の商品を自社のアナウンサーが紹介するという事例があります。普段テレビで見知っている、地元のアナウンサーが紹介することがポイントなんだと伺いました。地域商社的な取り組みは各エリアで進んでいて、そこに配信を組み合わせたりしてうまく循環させたら、新規事業の種にならないかなと思います。

地域の人たちが求めているものを提供する

――ローカル局を含めたサービスのイメージは
 リアルタイム配信の将来像として、関東キー局の24時間が全国で見られるというだけでは不完全なんだと思っています。地方の方がテレビを見ていて、例えば地上波のゴールデンタイムの放送で、1時間に1回、関東地方の天気予報やローカルニュースが流れてきたら、イラッとすると思うんです、関係ないですから。視聴者のエリアに適した情報が24時間見られることが大切なんだと思います。もちろん、その適した情報には、全国ネットの番組も含まれる。それぞれの放送局が放送で当たり前のようにやられている自分のエリアにあわせた編成が、配信でも実現すると良いなと思います。その上で、エリア外の情報も知りたいと思うので、そこは追加で見られるようにすればいい。ただ、なにより大事なのは、地域情報や全国ネットの番組を編成して、エリアに最適化されていることだと思うのです。

全国の視聴データでランキングを取ると、ローカル局の番組はなかなか上位に入ってきません。ほとんどが全国ネットの番組になりますが、例えば広島県の人たちが見た番組のランキング30を出したら、25個は東京キー局の番組かもしれないけれど、4つ、5つくらいは広島の番組が入るかもしれませんよね。なぜなら、広島の人にとっては、ローカル番組も別にローカル番組じゃなくて、人気ドラマと同じように普通にテレビで放送している番組だからです。TVerは利用者の郵便番号のデータを取得していますので、その郵便番号に合わせてデフォルトのエリアを変えて、ランキングを地域別に出す、みたいなことも、ユーザビリティを上げることにつながるかも知れない。もちろん、それはエリアだけじゃ無く、性別や年代別でも切り分けるとさらに良くなるかも知れない。エリアという要素をどこまで組み込んでTVerがサービスを構築していくのか、そしてそれによってローカル局がどう変化するのか。逆のケースでは、広島の局がローカル枠としてカープ戦を19時から放送する場合、多くの人は野球を見たいでしょうが、いつも見ている全国ネットの番組を見たい人だっているはずです。そういった細かな配慮も必要でしょう。地域の人たちが何を求めているのかを探りながら、放送業界全体で配信サービスの将来像を考えなければならないし、TVerが放送業界全体のDXと言うなら、それを担う覚悟を持たなくてはならないと思っています。

ユーザビリティを向上

――今後の展開は
いろんな方から「各社のSVODを全部まとめて、TVerプレミアムみたいな有料サービスはやらないのか」と聞かれます。できるならしたほうがいいと思いますが、この数年でSVOD各社の資本構成もすごく複雑になりましたし、そう簡単ではないですよね。でも、例えばSVODのメタデータをTVerに提供してもらえれば、SVODのコンテンツもTVerで探せるようになりますし、辿り着けるようにもなる。テレビ番組で「あれが見たかったんだよな」と思ったら、とにかくTVerに来れば、過去のものも探せるようになります。TVerの中で広告つきで見られるものはそこで見ればいいし、各社のSVODにあるものであればリンクが出てくるから、クリックすればそこにに行ける。そのようなユーザビリティの仕組みを作れば、本を探すときにアマゾンで検索するのと同じように、「テレビ番組ならTVerで探すのが一番楽だし、辿り着ける」となります。もちろん、SVODとAVODが一緒になったサービスとして完成したほうがいいとは思いますが、別々だったとしても、ユーザビリティを向上させることはできると思っています。

最近、オリジナル番組を2つ(『最強の時間割』『褒めゴロ試合』)配信しましたし、地上波ドラマのエピソードゼロやスピンオフ企画なども配信しています。そうやって話題性を高めたり、届けたいところへ届けるために何か仕掛けをつくることは大切です。TVerを知ってもらうきっかけ作りのために、TVerだけで見られるコンテンツを用意する。ただ、やはり基本はテレビ局の番組を揃えることだと思っています。そのためにも、ローカル局が番組を提供しやすいようサポートできる仕組みが作れないかと模索しているところです。

また、スポンサーに「放送だけだとリーチが届かない」という声があるなら、ローカル局が放送とTVerの配信をセットにして商品にするというのは、可能性があるのではないかと思います。データの話でいうと、デバイスをまたぐということがすごく増えています。TVerがスタートした当初はPCとスマホでしか見ることができませんでしたが、その頃はどちらかのデバイスで見ていて、複数で見ている人はほとんどいなかった。しかし、コネクテッドTVなどが普及して、複数のデバイスを使う人が増えてきた。そうすると、レジュームの機能だって、お気に入り登録だって、別々に登録しなきゃいけないと不便なので、紐づいた方が便利だとなります。ログインすることで、このスマホとあのテレビは同じ人なんだとつながれば、この人の行動データとテレビで見たデータをつなげることができる。広告セールス上、同じ人が見ているというデータはすごく重要なので、まずはユーザビリティを改善し、それをどうやってセールスにつなげていくかということを考えています。

2015年10月のサービス開始から7年あまりが経ちました。先日発表になった電通の日本の広告費によると、2015年に1兆8,000億円あまりだった地上波テレビ広告費は7年で1,300億円減少しました。一方でTVerやABEMAなどのテレビメディアデジタルに占める動画広告の売上は2022年で350億円。この1年では、テレビ広告費が400億円減って、動画広告が100億円増えたとのこと。単体だけを見ると順調に成長しているように感じますが、この成長ペースには危機感を抱いています。2025年の10周年までに、どんな手を打って、どこへ辿り着けるのか。TVerがきっかけで放送を見る人が増えてもいいし、TVerを通じて放送を見る人が増えても構わない。放送コンテンツの視聴そのものの総量を増やすために、あらゆることに取り組みたいと思っています。

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(TVer社内にて/取材・構成=「民放online」編集長・古賀靖典

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