日本マス・コミュニケーション学会は、11月6日に2021年秋季大会をオンラインで開催した。このうち、テレビ・ドキュメンタリーをテーマにしたワークショップ「テレビ・ドキュメンタリーに未来はあるか?――世代、地域、メディアを越えて」では、次世代に開かれたテレビ・ドキュメンタリーの新たな形について討論が行われた。
はじめに、七沢潔氏(NHK放送文化研究所)が問題提起した。NHKでディレクターとしてチェルノブイリ原発事故や東海村JCO臨界事故、東京電力福島第一原発事故などを取材してきた七沢氏。これまでの経験を踏まえ、テレビ・ドキュメンタリーが直面する外部からの危機の要因として、「政治の介入」「自主・自律の喪失」「やらせ批判」「ネット・SNS時代における若者のテレビ離れ」を挙げた。「若者はYouTubeやTikTokを見ることがベースとなっており、短小なコンテンツや早回し視聴に慣れている。(長尺の)テレビ・ドキュメンタリーを観られないのでは」と指摘した。それに加えて、制作側の内部的な危機も指摘。放送時間が深夜から夜明けになることが多くなったことや、実験的な番組が少なくなり定型化が進んだこと、さらに重要な現場(戦場や原発事故、新型コロナ)に取材で立ち入らなくなったことを例示した。「重要な現場への取材がテレビの面白さの条件だが、それを放棄してしまっている」と七沢氏は問題視した。
ゲストスピーカーとして、ドキュメンタリー制作者のコミュニティ「BUG」の共同代表である松井至氏が登場。まず、松井氏が取り組むSNSを中心に発信する独立メディア「DocuMeme(ドキュミーム)」について、そこでの連載を番組化した『東京リトルネロ』(NHK「BS1スペシャル」)などを例に紹介した。DocuMemeの狙いとして、「NPOの活動や世間に知られていないこと、寄付の呼びかけなど、大手メディアがやっていないような役に立つことを取り上げ、行動を促すメディアになろうとした」と説明。また、ドキュメンタリーをとおして社会問題の当事者が自身の物語を語るドキュメンタリー祭「ドキュ・メメント」についても解説した。松井氏が主催している古民家や居酒屋、カフェを借りて登壇者がドキュメンタリーを上映するイベントだ。制作者だけでなく、その被写体が登壇することについて、「ディレクターが取材中に被写体の物語を体験するのと同じように、観る人にも感じてもらうために登壇してもらっている。被写体の人物から物語を取り出し外在化することで、人との出会い方を変えることがドキュメンタリーだと思う」とその意義を語った。
続いて、主に中国の社会問題をテーマにドキュメンタリーを制作している房満満氏(テムジン・ディレクター)もゲストスピーカーとして報告。ディレクターを務めたNHK BS1スペシャル『封鎖都市・武漢~76日間 市民の記録~』で第20回「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」の「草の根民主主義部門 奨励賞」を受賞している房氏は、日本を活動の拠点とする理由として「NHKを見て初めて自国・中国を客観的に見ることができた。新しい価値観・世界に触れたいと思い、今の仕事をしている。中国では難しい」と説明。また、武漢のニュースについて、「日本では中身の薄いニュースが流れていた。武漢の人がどのような思いで生きているか、背後にあるものを取り上げたかった」と話した。テレビでドキュメンタリーを制作するにあたっては、日中関係への配慮が重視されてしまうことがあると指摘。さらに「過去の事件・事故を取り上げようとすると既視感をよく指摘されるが、以前やったからといってやらないというのは違う」と事件・事故の風化について言及した。
制作者たちの取り組みの報告などを受けて、過去の番組や放送後の番組へのアクセスの課題などを指摘する声も挙がった。七沢氏は「テレビ側はこれまでの作品を歴史として抱え、視聴者に観てもらい、さらにどう観られているかを身近に感じられるよう努めるべき」と締めた。