【2021年民放連賞 テレビグランプリ受賞のことば】ゆっくり築いた関係が持続可能な取材を開く

鈴木 祐司
【2021年民放連賞 テレビグランプリ受賞のことば】ゆっくり築いた関係が持続可能な取材を開く

愛知県豊橋市に「久遠(くおん)チョコレート」という手作りの専門店があります。代表は、夏目浩次さん(44歳)。「チョコレートな人々」は、その夏目さんの17年間を追った番組です。

2002年、豊橋の寂れゆくシャッター商店街で夏目青年に出会いました。障がいのあるスタッフ3人とパン屋を始めようと空き店舗に入ってきたのです。夏目さんは大学時代、バリアフリー建築を学んでいる時に、月収が4,000円程度という障がい者雇用の実態に驚き、最低賃金を超える給料の職場を作ろうと考えました。夏目青年が理想と現実の狭間でもがく姿は、『あきないの人々』(04年放送)で描きました。番組の放送後、夏目さんは、印刷、清掃、カフェ、食堂と仕事場を作っては、障がい者スタッフを雇い続けました。私は、「日本の福祉を大きく変える人になるかもしれない」と思い、夏目さんをホームビデオで記録し続けました。

2016年、夏目さんからの連絡。「チョコレート専門店を始めますよ......」。そこからは、店舗の開店、工場の建設、イベントの開催などを夕方の『ニュースone』で伝えることになりました。

「チョコレートは失敗しても溶かせばやり直せる」「重い障がいのある人も働ける、チョコレートは夢のような食材です」夏目さんの言葉と行動に、私は魅了されていました。

経験を重ねることの大切さ

福祉と働き方の実態を福祉施設で取材してみると、自動車部品のネジにボルトをはめたり、駄菓子をビニール袋に詰めたり、内職作業ばかりで、1つ仕上げて数銭~10円。月給にすると数千円という安さでした。景気の悪い時は仕事がなくなり、手動のシュレッダーで紙を細かくしたり、賃金なしの時間つぶしで1日を過ごします。施設長は「みんな仕事をしたがるんです」と障がい者の労働意欲を話しますが、働き手として「場」を作ろうとしない日本社会の差別性が透けて見えます。数字で言うなら、支援学校(高等部)を卒業しても障がい者が一般企業に就職できるのは25%。福祉施設からだと1~5%。経験を積めば、できることが増えるのに、「持続可能な社会」とはほど遠い実態でした。

2020年10月、チョコレート事業で大きく飛躍していく夏目さんの日常を番組化しようと、本格的な取材を始めました。迷ったり、愚痴ったり、失敗したりする姿も、夏目さんはオープンに見せてくれます。これまで福祉と社会のあり方について時間をかけて意見交換してきた関係が、生身をカメラの前でも晒してくれるのだと思いました。

テレビ局の収支構造が変化する中で、「はやい・やすい・うまい」ファストフードのような取材が求められる昨今ですが、取材者と取材対象の本物の関係は、一朝一夕ではできません。夏目さんを見ていると、私たちテレビマンは、人のためにどれだけ多様な「場」を作れるか、それを呼びかけるのが大事な仕事だと再認識させられます。自分たちの方向性を確認しながら、地域の人たちにしっかりとした番組を提供し続けたいと思うのです。

2021年11月現在、「久遠チョコレート」は北海道から九州まで店舗と工場は51拠点。働くスタッフ約550人で、そのうち約350人は心や体に障がいがある人、そして約100人は子育て中のシングルマザー、LGBTQ、引きこもり、不登校の経験者などです。個性溢れるスタッフが、それぞれ得意なことでチョコレートづくりにかかわり、東名阪デパートのバレンタイン催事の人気商品にまでなりました。

私が通っていた小学校は、心や体に障がいのある児童が一緒の校舎で学んでいました。偏見と差別が充満していることに、私は怒りとやるせない気持ちを抱いていました。そんな社会を変えたい。テレビマンを目指した理由です。純度100パーセント、自分の気持ちをまっすぐに貫けたのが、今回の番組です。民放連賞グランプリになったことで全国に放送されます。東海テレビではゴールデンタイムの放送です。こつこつゆっくり積み上げてきたことが、多くの人に伝わる......。いま、喜びで胸がいっぱいです。


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